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君は君のために生きて良い (雨音さんへ)
萌黄
To Mr. 雨音 届きますように。
「フツウって何だっけ?」
震えた声が無音の部屋に響く
そしてひびが入り、割れ欠けた鏡に
鏡の破片が散乱した床に佇む「 僕 」が写る
しとしとと降る霧雨の音を聞きながら「 僕 」は自らの柔らかい手を見た。
「…おはよう」
おずおずと告げたその言葉への返事はない
僕の目には荒れ切った汚部屋の中で、冷たい態度で僕を見る母が写った。
(そりゃそうか)
僕は心の中で諦めを呟く
昨夜の出来事はこれからの人生の中でもトップに入るくらいの修羅場だった。
学校が終わり、部活もなく、学校から帰ってきた僕は
必死でためたお小遣いで買った、男性用ウィッグをいきいきと被った。
男の子みたいな服を着て、鏡を見る。
「…わぁ…」
思わず感嘆の声が漏れる。
僕の理想の姿。
いつかこうなりたい、夢が現実になったとき人はだれしも喜ぶものだ。
自分の姿に惚れ惚れとしているときだった。
「花~?入るわよ~?」
お母さんの声だった。
「まっ…!!!」
僕が阻止する前に、部屋のドアは大きな音を立てて開いた。
「…は、な?」
お母さんが硬直する
僕も硬直する
「お、かあ、さん…違うんだ…これは…!」
僕が必死に弁解しようとした時だった。
「いい加減になさい!!」
お母さんの怒号と共に頬に強烈な痛みが走る。
「…え?僕はただ…」
僕が口を開くと母は重ねるように
「前から変だと思ってたのよ!こそこそ部屋にこもったり、男の子みたいな服を買ってきたり…!せっかくかわいい女の子に育ててあげたのに!!僕なんて変なこと言って!!気持ち悪い…今すぐ捨てなさい!!」
ショックだった。
そんな感情に気づく前に母は僕のウィッグと服を取り上げ
目の前でびりびりに引き裂いた。
「は…?」
僕は起こった出来事が整理できなかった。
ばれたこと
叩かれたこと
変だといわれたこと
気持ち悪いといわれたこと
大事なウィッグと服をやぶられたこと
全部何もかもが事実なんだと告げるように、頬がじんじんと痛む。
人は本当にショックを受けた時、少しでも現実から逃げたいのか知らないけど
何の感情もなくなるのは本当なんだと気づいた。
そして数秒の沈黙があった。
数秒経つと僕の頭にどんどんと血が上っていくのがわかる
耳があつくなる
顔があかくなる
力がつよくなる
僕はアイツを見て思いっきり叫んだ
「 黙れ!!!!!!! 」
叫んだ声が響く。
熱くなった体から熱がそそくさと逃げていく。
そして凍る。寒暖差で風邪をひきそうだ。
そして僕はアイツを見て しまった と思った
アイツがわなわなと肩を震わせる
震える手は、勢いよくそばにあったガラスのコップへと伸びる
止める暇どころか覚悟をする暇も無く、
その手は真横にあった鏡へとぶつけられた
鈍く、重く、鋭い音が銃声のように鳴り響く
その音に思わず目をつむり、あとずさる
「いっ…」
あとずさった足に破片が刺さる
その痛みに呼び覚まされるように、今起きていることが現実だと思い知らされる
周りを見渡すと大小さまざまな破片で床が埋まっている
安易に動けなくなった僕は恐る恐るアイツを見た。
まだ怒りは収まらない様子で形相で僕を見ている。
「あんたって子はいつも…!!」
アイツが息を吸う。
あの一息で僕の心にいくつ傷をつけるつもりだろうか
怖くなった僕は、アイツが言葉を発しようとした瞬間
押しのけて外へと走り出した。
足に破片が刺さって痛い
心に言葉が刺さって痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
くるしい、
そうして夜な夜なこっそりと帰ってきて
今に至る。
あれからアイツは相当暴れたらしく部屋が大惨事だった。
もちろんこれまで買った、ウィッグも服も全部全部全部全部
消えていた
朝ご飯も食べず、制服に袖を通し
無言で家を出る。
学校に向かう道がいつもより長く感じた。
学校に向かう足がいつもより遅く感じた。
僕は進まないことに腹が立った
どうしようもできなかった
もどかしかった
くるしかった
いたかった
がまんしてたのに
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
誰か…大丈夫?ってきいてよ…
そう頭の中の僕が叫んで
現実の僕がしゃがみこんだ時だった。
「 だいじょうぶ? 」
雨のように頭の上から降ってきた言葉。
同情でもない
嘘でもない
演技でもない
嫌々でもない
外面でもない
純粋な心配。
人間が心配されたがるのは「承認欲求」からなんだそうだ。
認めてほしい。そう思ってるんだ。
人見知りでコミュ障な僕。
それなのに見ず知らずの女の子の差し出した手を
気づかないうちに握っていた。
僕がその手をつかむと女の子は控えめながらも
嬉しそうに微笑み走り出した。
彼女は魔法使いのようだった。
彼女が走った道はこれまでになく輝いて見える
彼女の言葉はどんなものよりも特別に見える
そうやって生きていることを忘れる感覚と共に走り着いた。
ふと彼女の後ろに目を向けると奇麗な草原だった
僕はやっと初めて
「…あなたは?」
と声を発した。
彼女はふわりとほほ笑んで少し考えるふりをした。
そして応えた
「…蝶。だって蝶は花に集まるでしょ?」
いたずらっぽく笑う蝶に僕は言葉を紡いだ。
「本当の名前は教えてくれないんだね。ってなんでぼ…私の名前を知ってるのよ?」
危うく言いかけた一人称を慌てて言い直しつっこむ。
彼女はすとんと草原に座った。
まるで 秘密 と言っているように。
そして彼女はぽつりとつぶやいた
「少し…お話ししよう」
僕はゆっくりとうなずき言った。
「うん」
「 花はどうしてさっき僕って言いかけたの?」
「それは…」
「 大丈夫」
迷いのない蝶の一言で僕は決心をした。
「僕は、見ての通り体は女なんだ。でも僕は女であることに違和感を感じていたんだ。ただ、完璧な男性になりたいっていうより、なんだろう。その…」
うまく言えないもどかしさに僕がうつむくと
「 うん。大丈夫。急かさないから。」
と蝶が優しく僕を見つめる
「僕は…」
しばらくの沈黙を破って
僕はゆっくりと大事に言葉を声に乗せた。
「 ぼくでありたいんだ 」
そういうと蝶はくすっと笑った。
「やっと認めたのね。これまで花は怖くて逃げてたんでしょう?ちゃんと向き合えてよかったわね。貴方が貴方を肯定してあげなきゃ、何も始まらない。何も受け入れられない。だからどんなものより自分を、自分の心を大事にしてあげて。貴方の声は、あなたにしか聞こえない。」
蝶の言の葉がすーっと僕の耳に溶ける。
さわさわと露草が揺れる。
「性別なんて気にしなくていい。貴方は貴方でいいのよ。正にあなたが出した答えね。」
ほほ笑む蝶に僕は堂々と言った
「フツウなんてないんだよね。それぞれ価値観も基準もないんだから。周りより少し違うと浮いてしまう。ただ浮いてたからなんだ!自分の人生楽しんだもん勝ちだ!
僕はもう周りのために合わせて生きる僕じゃない。
僕のために生きる僕だ!」
不思議と力が湧いてくる
自然と顔が前を向く
蝶は頬に一筋の涙を流した。
蝶はここに残るといった。
そして
「さよなら」
といった
僕は蝶よりもっと大きい声で叫んだ
「またね!」
チャイムが鳴る。
短く切った髪がさらりと揺れる。
揺れるスカートなんて履いてない。
「僕は僕のままで。僕のために生きる。」
合言葉のように小さくつぶやく。
それに応えるように、
窓の外の 蝶 が
堂々と前を向く花の上で
くるりと羽をひるがえした。
Fin.
最後まで読んでくださってありがとうございました。
雨音さんへ
私は、あなたの「救われた」という言葉に救われました。
どうかあなたのそばに蝶が居ますように。
あなたらしく居られますように。心からそう思います。
私はまだ中学一年生の子供です。
しかし私は性同一性障害で周りと違います。
それを+にとらえて「私だからこそ」届けられるものを届けました。
救いたいものを救おうとしました。
一緒に頑張りましょう。