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第5話:日常の亀裂
--- 10年後 ---
4人を裏社会の伝説的な存在へと押し上げていた。彼らの仕事ぶりは完璧で、「ファントム」の組織の中でも一目置かれる存在となっていた。後処理や動きに無駄がなく、もはや何者にもその存在を「読めず、見えず」の状態だった。
任務が終わり、彼らが唯一「安全地帯」と呼べる隠れ家に戻ってきた。豪華だが無機質なその部屋だけが、彼らが唯一感情を許せる場所だった。
「今回の報酬で、雷牙が欲しがってた双眼鏡、買えるんじゃない?」
玲華がタブレットを見ながら呟く。彼女の口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
雷牙は、少し驚いた表情を見せたが、すぐに無表情に戻した。
「余計なものを買う必要はない。任務に集中しろ」
「はいはい、お兄ちゃん」
玲華は、血は繋がっていないが、兄妹のように育った雷牙を揶揄うのが好きだった。このやり取りだけが、彼らに残された数少ない「日常」だった。
白藍は、静かに紅茶を淹れていた。彼は仄の方を見た。仄は窓の外をじっと見つめていた。
「仄、疲れているのか?」
白藍が優しく尋ねる。
仄はハッとして振り返る。
「ううん、大丈夫。ただ、空が綺麗だなって」
彼女の目は、任務中の冷たい色とは違い、少し潤んでいた。白藍は、そんな仄の様子に胸が締め付けられる思いがした。10年間、彼らは感情のスイッチを切って生きてきた。だが、お互いの前では、そのスイッチが緩むことがあった。
白藍と仄は、お互いに惹かれ合っていたが、その感情を素直に言葉にすることはできなかった。「愛」や「恋愛」といった感情は、この非情な世界では贅沢品だった。まして、幼い頃から殺意を抱えて生きてきた自分たちが、誰かを愛していいのかという葛藤もあった。
玲華は、そんな二人の様子に気づいていた。彼女は雷牙に肘打ちをする。
「見てる?」
雷牙はため息をつく。
「勝手にさせとけ」と言いつつも、二人の関係を少し微笑ましく思っているようだった。
--- ある日 ---
仄の誕生日が巡ってきた(3月3日)。任務の予定はなかった。
白藍は、街に出て小さな花屋を見つけた。本来なら、裏社会の人間が不用意に外出するのは危険だが、彼は衝動を抑えきれなかった。彼は、仄のイメージに合う、可憐な白い花束を買った。
隠れ家に戻ると、仄は驚いた顔をした。
「白藍くん……これ、私の?」
「誕生日だろう? 任務以外で外に出たのは久しぶりだ」
白藍は少し照れながら花束を差し出す。
仄は花を受け取り、涙を浮かべた。
「ありがとう、嬉しい……」
その光景を見ていた雷牙と玲華は、少しだけ温かい気持ちになった。このささやかな日常こそが、彼らにとっての「本当の幸せ」の片鱗だったのかもしれない。
しかし、その穏やかな時間は、ファントムからの新たな連絡によって打ち破られる。
『次のターゲットの情報だ。準備しろ』
メッセージを見た瞬間、4人の表情から温かさは消え失せ、再び冷徹な暗殺者の顔に戻った。花束はテーブルの上に残されたまま、彼らは任務の準備に取り掛かった。
(この仕事を終わらせれば、また楽園に戻れる)
彼らは、偽りの希望を胸に、感情のスイッチを再び「オフ」にした。しかし、花束の存在は、彼らの中にまだ人間性が残っていることを静かに示していた。
🔚