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九
「———……」
「……やっぱ、厳しいよな」
アランにセナの状態を聞かれ、俺はそのまま答えた。
「……黒い瞳、で覚悟はしていたけど」
額を押さえて、アランがため息をつく。
「とりあえずさ、魔力を使えないようにできる?」
「封じるのか」
「そう」
血って、なかなか落ちないんだよね。汚されるのは、ちょっと困るし。
てへ、と おちゃめに舌を出すアランに、今度は俺がため息をついた。
「理由、そっちかよ」
「館の管理者として、当然の感情だと思うけど」
その言いながら立ち上がり、部屋の窓から庭を覗く。アランが管理している庭だ。
今は真冬なので、花も葉もない。ただ枝ばかりとなった木が立っているだけだった。
花壇にも何もないが、ちゃんと地面の下で根を張っているだろうか。種はちゃんと越冬できるだろうか。
「……アラン」
俺も立ち上がり、アランと同じように窓の前に立った。
ガラス張りの窓に、自分の顔が映る。———黄金色の瞳。
このガラスに、セナの瞳はどのように映るんだろう。
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「ここは……?」
「俺行きつけの店。」
セナの具合がいいときを見計らって、アランに言われて俺はセナを外に連れ出した。場所は、例の珍妙な雑貨屋。
珍しく店長がおらず、二人で店内を物色していた。
「……何か気に入ったものでもあるか?」
聞いてはみたが、セナは俯いて首を振るのみだった。
……会話にならない。自分もそんなに喋るのが得意なほうではないので、大変困った。沈黙が痛い。
アランだったら、もっと上手くやれたのかもな。
そんなことを思った矢先、
「いらっしゃ……あれ、レオさんじゃあないですかい!」
相変わらず変な掛け声が飛んできた。店長だ。
「珍しいですね、こんなに次の来訪が早いだなんて。明日は|雹《ひょう》でも降って……ありゃ?」
そこでようやく、セナの存在に気づいたようだった。
「おお、珍しいですね、レオさんが女の子を連れてくるだなんて。明日は槍でも……あ痛っ!」
そして相変わらず失礼な物言いに、俺は何も言わずにその脳天に手刀を落とした。
彼は頭を押さえて、大げさに痛がるような素振りを見せる。
「手が早いですねぇ、そんなんじゃ嫌われちゃ——」
「裏でお話ししようか」
そこまで突っ込んで、背後に置き去りにしていたセナを思い出した。
振り向くと、とても困惑したような顔で立っている。
「あー。すまん、セナ」
慌てて謝ると、セナは困惑したような顔をそのままに首を振った。
「おー、セナさんって言うんですかい? それはそれは綺麗な名前ですねぇ。そうだ、記念すべきレオさんの初彼女ですか——」
再び手刀を入れた。ゴン、と良い音が鳴る。
「何するんですか!」
「当たり前だろ」
言いながら、片手を顔の前で合わせて軽くセナに謝る。
「ま、まあ、とりあえず。何か良いものがありましたら、持っていってくださって構いませんよ。お代は取りません」
二度も手刀を入れられた頭のてっぺんを撫でながら、店長はにこにことセナに話しかけた。
「……セナ?」
しばらくして、呼びかけた。おかしい。反応がない。
突っ立って、ぼうっと空中の一点を見つめている。
これはまずい、と思う前に、セナは胸の辺りを押さえて膝から崩れ落ちた。
「セナ!」
駆け寄って、体を支える。床についた手指が恐ろしいほどまでに青白かった。
ぎゅっと目を瞑る。苦しげに顔が歪む。は、は、と浅く速い呼吸音だけが聞こえてきた。
「大丈夫か、おい」
答える気配はない。そんな余裕も、きっとないのだろう。
ふっ、と目が開かれた。漆黒の瞳から、何筋も涙が流れ落ちる。
「セナ、」
彼女の唇が動いたのが見えた。聞きもらすまいと、口を閉じる。
最初は両端を横に伸ばして。そしてその形のまま縦に伸びて。さらに、少しだけ大きく口を開いて。
最後にまた、唇の両端を横に伸ばした。
き、え、た、い。
彼女はそう呟いた。