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『評価』
これらは全てフィクションであります。
こちらは、匿名帳でございます。
どうぞ、お手をお取りくださいませんか。こちらに、一つの帳面がございます。表紙には、なんの変哲もない、どこにでもあるオフィスの風景が描かれておりますね。今日は、この帳面の、とある一ページをめくってみましょう。
ここに綴られているのは、とある企業で起きた、ごく些細な、しかし誰の心の底にも巣くう「評価」という名の怪物の物語でございます。
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高坂賢也は「人材価値測定士」だ。かつて「人事」と呼ばれていた職種は、あらゆる人間性を数値に変換するこの職能へと昇華した。社員はもはや「人」ではない。歩く「人的資源」だ。男はそう信じていた。
「生産性85.3。同調性41.2。改善余地大だな」
デスクに映るのは、顔のないプロフィールと変動する数値の羅列。社内カフェの消費額までが「帰属意識」の指標として計上される。全てがデータ。全てが管理可能。これこそが進化の形だ。
しかし、ひとつだけ異物が混じる。
『橘美穂:場の雰囲気最適化能力 ― 計測不能』
男は唇を歪めた。“またか”と。この「人間臭い」要素だけが、いつまで経っても数値化できない。社内SNSには「美穂さんがいるから職場が楽しい」という声が並ぶ。しかし、それは数値ではない。言葉に過ぎない。データこそが真実だ。
“非効率な因子は排除せよ”
そう思った男はその項目を「0」で上書きした。システムが健全さを取り戻し完璧な形となる。これでいい。男は満足げに微笑んだ。
その後、変化は劇的だった。
部署内の「雑談効率」が97%減少。「創造性指標」が急落。代わりに「個別生産性」は微増した。賢也は報告書に「不要なコミュニケーションの排除に成功」と記入する。
そして今日、男は現実を見る。
デスクに向かった瞬間、視界が歪んだ。無理矢理目を開け焦点を合わせると、同僚の顔が、数字の集合体に変貌していた。額には「今月の売上」。頬には「SNS好感度」。まぶたの裏側にさえ「潜在退職リスク」がちらつく。
「これは…新機能か?」
最初は驚きも、すぐに好奇心に変わった。これこそが完全なる「客観視」ではないか。男はむしろ興奮した。
「おい、君の『時間厳守度』が83から82に下がっているぞ」
無意識に口をついた言葉。同僚の―いや、歩くデータの―顔が歪む。その反応がまた、新たな数値「ストレス耐性」として表示される。
廊下を歩く。部下とすれ違う。瞬時に「評価ポイント」が算出され、改善すべき数値が目に飛び込む。
「君の『発言貢献度』は低すぎる。もっと…」
説教を始めようとしたその時だ。ふとガラスの扉に映った自分を見て、男は凍り付いた。
そこに映っていたのは、巨大な一つの数字だった。
『人間性: 0.1』
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…さて、いかがでしたでしょうか。
高坂賢也という男が、自身で求め続けた「完全なる評価」という檻に、ついにご自身が囚われてしまった、ごく些細な物語でございます。
この帳面をそっと閉じて、ふと貴方のスマートフォンやタブレットなどをご覧になってみてください。
そこに表示されているのは、果たして「誰か」の温もりでしょうか。それとも…高坂賢也の見たような、冷たい数字の亡霊が、そっと微笑みかけているのでしょうか。
こちらは、匿名帳でございました。