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耳順の空手道①
ハイリスクレッド
耳順の空手道 ❨ じじゅんのからてみち ❩
Episode 仲間入り
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戦わない空手、闘う空手道
☆
60歳から始めよう、戦わない空手、闘う空手道。
60 or older Club
❨ シックスティ・オア・オールダー・クラブ ❩
※
耳順(じじゅん)
六十而耳順・論語
六十にして耳順い、六十歳にもなれば何を聞いても表、裏や真相、本質が自然に理解できるようになると言う。
☆
晴沢 秋桜 (ハルサワ トキオ) 当年61歳。
現在、信州の美ヶ原高原の里の辺りに暮らしています。
この地にやって来てそろそろ1年が経とうとしています。
ただいま、無色(無職)透明、所属も役職も競り合いもしがらみも無しの日々を過ごしています。
やることは、美味い野菜を食うためと良く寝るための日々の散歩であります。
☆
薄川「すすきがわ」
昭和の名作ドラマ『白線流し』で話題有名になったこの川沿いの土手道を上り30分下り30分の散歩を日課としている。
今、暮らしている住宅から真っすぐに薄川の土手道まで、7〜8分でたどり着く、その途中の十字路がありそれを向って左へと行くとかなり良く整備された公園があるらしいのだが未だに足が向かない。
イメージとして、公園と言うと街中の公園などだとゲートボールやグランドゴルフ等々に勤しむ方々がいらしゃる事が多々あるからで、自分がそういうゲーム等々に興味も無く、勤しんでいる方々の気を散らしたくないと考えるとやはり足が向かないのである。
しかし、1年ちかくも経ったせいかふっとある日、足が向いたのである。
その公園は確かに良く整備されていた。
日影用の屋根にベンチも幾つかありひと休憩するにはいい感じに思えた。
その日影用屋根の下に数人のトレーニングウェアの高齢の男女が集まっている。
その中の上下白いスウェット姿の男性が集まっりから抜け出し声を出して指示を始めた。
すると他の高齢の男女がそろりそろりと輪になっていく。
輪になった頃を見計らい白いスウェットの男性が号令を掛け始めた。
何やら体操が始まった。おそらく柔軟体操だろうと見えた。
柔軟体操を終えると次の号令を掛ける。
「騎馬立ち〜正拳突き〜構えて〜」
おや、正拳突きとは、空手なのかな?
いち、オス、にぃ、オス、さん、オス、と二十回。
上段受け、中段受け、下段払い、前蹴りと二十回づつゆっくりと進んでゆきひと休み。
なるほど~中華の国の朝の太極拳の様なものなんだ、と私はその光景をぼんやりと見ていた。
その場基本の次は移動の基本、基本形を2種類おこなって、基本の約束組手を互いの相手を変えてひと回りすとそれぞれに労いの声を掛けて散開していった。
まぁお世辞にもビシバシって感じでは無いけれど健康体操にはなるのだろと微笑ましく拝見させていただき、私の足は帰路に向かった。
翌日の散歩は、いつも通り薄川の土手道を上り30分までいくと下りの途中から公園へ抜ける道を探し出しそのまま足を向けた。
今日も数人の高齢の男女数人が輪になって号令に合わせて健康空手をおこなっていた。
また次の日も同じ散歩コースで公園へと向かい微笑ましい健康空手を見物して帰宅した。
なんだか微笑ましい健康空手を見物するのがクセになってきたようだった。
4回目の見物をしていると、後ろに気配を感じ振り向いた。
高齢の女性が微笑みながら近づいてきて声を掛けられた。
「こんにちは、いかがですか、興味ありますか?」
その問いかけに少々戸惑いながら私は返事をした。
「こんにちは、皆さんは、どう言う集まりなのですか?」
「あのね、60歳から空手道を習おう。と言うシニア、シルバー世代の集まりなんですよ」
「それは、なかなか皆さんお元気でよろしいですね」
「失礼ですけど、60歳は越えていらしゃるの?」
「はぁ、61歳ですね」
まぁとその女性は1オクターブ高く声を出すと、どうぞご一緒にと数人の男女の元へと私は肩を押され引き込まれてしまった。
見物されていたので、お誘いしました、新しい仲間にお迎えいたしましょう。
その女性の言葉にその場の男女全員が拍手をしながら自己紹介を始めてしまった。
やむを得ず私も自己紹介をし事の詳細を皆さんから伺った。
集まりの正式な名称は、60 or older Club
❨ シックスティ・オア・オールダー・クラブ ❩
あはは、何だか、カッコよ〜!名称だけは…
正式なメンバーは、16人で、私を入れると、17人になると。
リーダー役は、上下白いスウェットの男性、善治郎 (ゼンジロウ)さん当年76歳。
40年前に、黒帯、二段を取得しているという。
そして、月に2度程、正式な道場から三段の若先生が手ほどきに来てくれる。らしい…
正式な道場に会員登録すれば、昇級試験を受けれるし大会にも出られる。らしい…
正式な道場には空手着の着用が必要だが、公園道場ならスウェット、トレーニングウェアで構わないの事。
ちなみに、私に声掛けをしてきた女性は、由紀子(ユキコ)さん当年65歳、同じ60代って…
まぁそんなこんな感じで、翌日から薄川の土手道を上り30分して下りは公園道場で健康空手道参加、経由で帰宅する日々に変化したのです。
☆
健康空手道公園道場へ参加して1週間、正式道場から若先生が手ほどきにやってこられた。
とは言え、号令は代わらずリーダー役の善治郎さんがかけ声を出していた。
やはり正式道場から若先生が来ているとあって16人全員が幾らか緊張感を持って声を出している。
皆さんが緊張感を持って集中している間に私は若先生と呼ばれている方へ挨拶がてら事情説明する事にしました。
「はじめまして、今週から皆さんの仲間って感じで参加させてもらっています、晴沢 秋桜(ハルサワ トキオ)と申します。実はですね皆さんにはお話ししては無いのですが、私、高校の部活動からの流れで30年間程、空手道をやっていました、ただこの10年程は離れていますけど…」
「なるほど、道理で無駄な力みも無くスムーズだなとお見受けしていました、なら段位を取得されてもいるんですよね?」
「あぁえっと、ですね、五段位を取得させてもらっています」
えっ!
「師範ではないですか?自分などおよびませんよ」
「いやいや、10年程離れていますし、流派もまったく違いますし、皆さんと同じ様に見ていただきたく申し上げました、よろしくお願いします」
「なるほど、お気遣いは承知いたしました、では、しかるべくです」
そう言う事で若先生と私の間で話をつけ、後は2人の暗黙の了解となりました。
☆
そうして、日々が過ぎ、幾週かが過ぎ、月々が過ぎて3ヵ月程経った頃でした。
私は、通常通りに土手道を30分散歩をし公園道場へと着いた時いつもと違う雰囲気を感じました。
日影用屋根の下に数人がかたまりおどおどとしていました。
そのかたまりから少し離れた所には、善治郎さんが、そして善治郎さんの向こう側に数人の若者達が、そばには改造変形したバイクが数台止まっています。
私は、静かに足を進め日影用屋根の下にいる皆さんへ近づいて行きました。
すると、1人の若者が、善治郎さんに向かって嘲笑いながら小馬鹿にした言葉を吐きかけたのが聞こえきました。
「よぉ、ジジィ何だよその腰の紐は?」
「紐じゃ無い、黒帯じゃ!」
善治郎さんが言い返す。
そう1月程前から善治郎さんは上下白いスウェット姿の腰に黒帯を締め始めていたのです。
健康空手道公園道場のリーダー役としての印だと新調し自分の姓名も刺繍して仕上た黒帯です。
「はぁ〜、嘘だろてめぇみてぇなジジィが黒帯って笑えるぜ、じゃ強いのかジジィ?」
「もちろん、強い、黒帯は弱い己の心と身体を支えるものじゃからな」
「あ、あんだよそれ?じゃオレよりジジィが強いのかよ?」
「いや、君とか誰かとかよりの強い弱いは関係ない、己の心身のためだ」
「ちぇっ、めんどくせぇぜ」と呟くと突然、若者が善治郎さんに殴りかかった。
が、ギリギリなんとか善治郎さんはそのパンチを躱す。
おぉ~やるじゃんジジィ、独り言を呟き若者が善治郎さんの正面に立ちキックボクシングスタイルのファイティングポーズをとる。
やむおえん、善治郎さんも呟き前屈立ちに左手を前拳に右手を中段鳩尾前の中段に構えた。
なんだ、やる気あるんじゃん、とニヤけ顔で若者がフットワークを始め間合いを計りだす。
しかし、善治郎さんは微動だにしない、と言うか出来ないのではないかと、私は思った。
何故ならここの健康空手道公園道場ではフリー組手をおこなった事は無く健康の為には不要だからだ。
基本の約束組手で集中力と胆気を養えれば良いからである。
仮に一か八か、善治郎さんの正拳突きが当たっても若者を止める事、倒す事には無理がある。
止めなければ、辞めさせなければと思った瞬間若者のローキックが善治郎さんの左脚の膝裏にヒットした。
うがぁ!聞いたこともない善治郎さんの呻き声がした。
善治郎さんの態勢が揺らぎ上半身が無防備になる。
無防備な胸元に、右、左、右とパンチが連打された。
善治郎さんは呻きもせずその場に崩れ落ちた。
ヤバい、私は駆け出していた。善治郎さんの元へ駆け寄り声を掛け脈をとる。
息はある、胸への衝撃で発作的に心臓が止まってはないかと心配したからだ、私は善治郎さんを抱え上げ日影用屋根の下へ運んだ。
「由紀子さん、警察へ110番をして救急車をお願いして今の状況を説明してください」
は、はい…由紀子さんの返事とらくらくホンを取り出すのを確認すると私は善治郎さんを傷めた若者とその後ろでふやけた顔で屯している若者達に向かって足を進め問いかけた。
「キミはカラテをやってるのか?」
「あぁ、だったらなんなんだ?」
「後ろで屯ってるキミ達もか?」
あぁそだよ、全員同じ道場の連れだよ。と誰ともなく返事が返ってくる。
「そうか、よほどポンコツな道場なんだ」
そう言い返しておく。
やろぉ、フザケやがって!と吐きながら善治郎さんを傷めた若者が掴み掛かってきた。
掴み掛かってきた右手首を掴み体を入れ換え背に乗せ投げ飛ばす。
残念ながらこう言う輩に限らずだがカラテだけをトレーニングする者達は、受け身の技術がない者が多い。
強かに背中から地面に叩きつけた若者が呻き声を出す。
あんだよそれ?カラテじゃねぇのかよ!?と誰ともなくクレームを付けてくる。
私は、若者達に向き合い語りかけた。
「無知と言うか、視野が狭いと言うか、伝統空手四大流派のひとつには投げも関節技も技術として昔から伝わっている」
は?へ?ほ?伝統空手って?
ぶつぶつと呟く若者達…
するとその中の1人が進み出てきた。
「なんだっていいんだよ、強けりゃよ、ジジィ、ヤッてやんよ」
私はその進み出てきた若者に問いかけた。
「そっか、じゃキミは強いのか?」
あぁ〜、と何故かふんぞり返ると若者は自ら名乗りを上げた。
「強拳会館カラテ、黒帯、東関東地区チャンピオンだ」
「ほぉ~、キョウケンカンカンの黒チャンなんだ…」
とボケて返しておく。
このボケに完全にキレた若者がキックボクシングスタイルのファイティングポーズで近づいてくる、ゆさゆさと上半身を上下に揺すりリズムを取りながら近づいてくる。
私は、上半身を脱力し両腕を胸の前に開手で構え僅かに腰を落とし両膝に余裕を持たせ、体内でリズムを刻む。
不用意に近づいてくる若者に対して既に私からの攻めの間合いには入っていた、だが敢えて若者の間合いに合わせて攻めを待ってみる。
若者は上下揺すりのリズムで右のローキックで蹴ってくる。
私は左脚を僅かに外へ開きローキックをカットする。
ローキックをカットされた事にまさかと一瞬動きが止まる若者、それでも強引に続けて右、左、右とパンチを打ち込んでくる。
3連発のパンチを右の掌で躱す左の掌で往なし右足を右斜め後ろに捌く、と一旦間合いを大きく外す。
間合いを大きく外した事で若者のパンチ、キックが自然と届かなくなり無理やり接近を試みる態勢になる事で若者の顎が上がり左耳の下に隙ができ、首筋の頸動脈が露わになった。
刹那、飛び込みの右順突きで正拳を頸動脈に当て込む。
当て込まれた衝撃で動きが止まる、止まって仰け反った喉元に左の逆突きで中高一本拳を打ち込む。瞬間、若者の息は詰まりその場に崩れ落ちた。
崩れ落ちた若者を目にした後方にいた残りの若者達がたじろぎ色めき立った時、サイレンの音が間近に聞こえ、パトカーと救急車のサイレンの音が混じり合い公園内に鳴り響いた。
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善治郎さんを介抱していた男女が口々に救急隊員を呼びつける。
その周りを取り巻いていた男女が口々に警察官を呼びつける。
高齢者の方々独特な口調で救急隊員を警察官をまくしたてている。
ほっとひと息ついた時、私の傍らに若先生がやって来て労いの言葉を掛けてくれ、警察官への事情聴取にも同行してくれた。
おかげで?私の行動については正当防衛って事でキツメの口頭注意で納めていただけた。
とりあえず、騒ぎはひと段落つき善治郎さんは全治2週間と診断され、それにともなって公園道場の練習会も先ずは、1週間の休止をするとメンバー同士で話し合い決められた。
そして、1週間後の60 or older Club
❨ シックスティ・オア・オールダー・クラブ ❩
健康空手道公園道場再開に、療養中の善治郎さんを除いた15人と私、若先生も駆けつけてくれました。
さぁ始めよう!誰からともなく声出し号令が始まり我も我もと声出しが伝染してゆき互いを思う連帯感が増した気がしました。
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戦わない空手道
『空手に先手無し』と言う言葉がある。
本来の空手と言う武術、武道は護る為にあるもの、いわゆる護身術である。
先ずは己を護り、己の大切な人、人々を護り、有形無形な大切を護る術であった。
故に、自らの力を示したり威圧したり戦いを仕掛けるものではなく、まして単に競い合うスポーツでも無く単純な格闘技でも無い。
徒手空拳の術という文化なのである。
※
闘う空手道
『心・技・体』と表される。
空手と言う武術、武道の術、技をひとつひとつ繰り返し繰り返し積み上げ身につける事により、忍耐力や諦めない気持ちが心の中で芽生える、心の中が整えば健康な体を養える。
己の敵は己にあり、その敵と向き合い闘う道が空手道なのである。
さらに1週間後、善治郎さん復帰の日がやって来ました。
あの日、善治郎さんは、やむを得ず戦わない空手道の護身の心で皆んなを護る為に皆んなの集える場所を護る為にリーダー役として黒帯取得者の矜持を掛けて前面に立ってくれたのでした。
60 or older Club
❨ シックスティ・オア・オールダー・クラブ ❩のメンバー達から拍手で迎えられ照れながらも気持ちも新たにと、腰の黒帯をギュッと締め直し号令を発してくれました。
全員が揃い輪になって順番に声を出し、その場の基本に移動の基本を一通りこなし、小休止となる。
タオルを顔に当て汗を拭き取っていると、由紀子さんがミネラルウォーターを右手に左手に1本づつ持ち歩み寄って来て左手のミネラルウォーターを私に差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
私は微笑みながら受けとった。
「秋桜さん、かっこよかったですよ、先日は」
由紀子さんの言葉に、いやいやと私は左手と頭を左右に振る。
「アタクし、久しぶりにココがドキドキしちゃったです」
由紀子さんが自分の胸を右手で押さえながら言葉を続けた。
「ココの奥が、キュンとしてポッと熱くなっちゃたです」
由紀子さんが自分の胸をぐいっと突き出して見せてきたのでした。
あ…あぁ…はは、それは…と苦笑いしか返せなかった私でした。
終。