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耳順の空手道②
ハイリスクレッド
耳順の空手道 ❨ じじゅんのからてみち ❩
Episode 演武会
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戦わない空手、闘う空手道
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60歳から始めよう、戦わない空手、闘う空手道。
60 or older Club
❨ シックスティ・オア・オールダー・クラブ ❩
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耳順(じじゅん)
六十而耳順・論語
六十にして耳順い、六十歳にもなれば何を聞いても表、裏や真相、本質が自然に理解できるようになると言う。
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晴沢 秋桜 (ハルサワ トキオ) 当年61歳。
現在、信州の美ヶ原高原の里の辺りに暮らしています。
この地にやって来てそろそろ1年と半年が経とうとしています。
ただいま、無色(無職)透明、所属も役職も競り合いもしがらみも無しの日々を過ごしています。
やることは、美味い野菜を食うためと良く寝るための日々の散歩と公園道場での健康空手道であります。
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日々平穏無事に月日は経っていきこの年の師走を迎え、20日の日にこの年の練習納めとなりました。
いつもの練習を半分メニューにして終えて、温かいお茶と大福で宴を囲んでいた、16人と私と若先生。
徐ろに若先生からご挨拶とお話しが始まった。
「皆さん、1年間お疲れ様でした。また来年、新年からもゆっくりとガンバッテ参りましょう」
若先生もお疲れ様でした。ありがとう御座いました。と皆んなで口を揃える。
「それでですね、実は来年の卯月で正式道場が開設されて60周年になるんですよ」
おぉ~と皆んな拍手で盛り上がる。
「で、60周年記念の演武会をやろうっと正式道場の師範が発案されまして、皆さんにも御参加をお願いしたいと思います」
えぇ?なんと?と言うか何をするのか?皆さんクェッションマークの羅列であった。
「まぁ簡単に言えば、日頃の練習の成果を披露するって事です」
そ、そんな、人様には見せられんよわしらは…と皆さんは尻込みの意を表す。
それでも、善治郎さんから一応と内容について問いかけが出た。
「基本的には、皆さん全員参加出来る内容が良いと思います」
そう言うと若先生は私に顔を向けて、どうですか?と呟いてきた。
ならば、ベタな内容ですが、団体形と約束組手をやるしかないですかね?と私は返事をした。
団体形とはなに?と誰からか問われる。
団体形とは、5人か3人で息を合わせて同時に形をうつという事です。
でも、形は、二つしか知らんぞよ。の言葉に皆んなでうん、うんと頷く。
ならば、1の形を5人で、2の形を5人で10人として約束組手は2人一組の3組にすれば、16人が参加出来ますよ。
おぉ~と声を出すも、ひとり足りんぞ、メンバーは17人ぞい?そうそうと皆んなで頷く。
「それなんですが、自分も参加させてもらいます」
と若先生から一言有り、さらに説明がなされた。
「誠に不躾ではありますが、秋桜さんに自分からお願いしたい次第です」
わ、私にですか?と思わず声が出た。
「詳細については、正式道場の師範ともお話しをして頂きたいのです」
はぁ、師範ともお話しですか?
「明日が正式道場の練習納めなのでその後に師範とお話しをお願いしたいのです」
はぁ、まぁ、お世話になっておりますし、ご挨拶と言う事で、僭越ですが皆さんの代表としてお伺いしますね。
と、とりあえずその場を納め、新年の10日の日から練習初めと確認し合って皆さん散開となった。
翌日、正式道場の練習納め後に私は師範にご挨拶をして若先生を交え話し合いへと移った。
師範いわく、私の以前に学んでいた流派の申し合わせ組手を拝見したいと。
私の以前学んでいた流派については、ポンコツ若者達と善治郎さんの騒ぎの際の警察の事情聴取時に若先生の知るところになって師範へと伝わっていたのでした。
申し合わせ組手とは、正式名称を、神技 ・本組手(しんぎほんくみて)と言う。
この神技・本組手は単純に言うと、30パターン以上がありその中で私が、お目にかかった事のあるは、18パターンくらい、そして確実に体現を出来るのは10パターンくらいである。
一応、組手なので相手が必要となりますが?と私は問い返した。
そこは、若先生を相手として御指導をよろしくお願いします、可能ならば60周年記念演武会にて披露していただきたい。と返答された。
若先生からも、よろしくと頭を下げられやむを得ず私は了承する事になった。
おかげで何となくもやもやの気持ちで年末を過ごし新年を迎えたのでありました。
☆
新年、8日の日から練習初めとして私は正式道場へご挨拶の為に向かい若先生と60周年記念演武会への打ち合わせ始めた。
新年、10日の日には、60 or older Club
❨ シックスティ・オア・オールダー・クラブ❩の練習初めに参加して、皆さんと正式道場60周年記念演武会への準備を始めた。
先ずは皆さんの希望を確認し団体形の5人と5人のメンバーを決めて、約束組手は残りの6人で2人一組の3組が決められた。
メンバーが決まれば後はしばらくはそれぞれにおまかせしてワイワイぼちぼちと繰り返し繰り返しである。
私からは、ほんの少しだけアドバイスをするだけだった。
正式道場では、先ず私から若先生へ見本となる動作をお見せする事から始めた。
転位、転体、転技の体捌き受け突き崩し投げ関節取り絞め極めまで攻守それぞれである。
しかしこれらの動作を体得するのは困難でした。若先生が既に身に付けた流派との違いが困難の元になったのです。
組手である以上、攻守互いに同じ動作が必然となるためさらに難しくなります。
しばらく練習を繰り返した後に、攻に徹し、守に徹すれば何とかなるのではないかと一考し、奥の手を私は若先生に提案した。
神技・本組手、短刀取り。
攻は、短刀の扱いのみ、守は徒手空拳にて対する、後は若先生と私、どちらが短刀でどちらが徒手空拳か?であった。
そんなこんなで、如月になってから相対しての練習となりました。私と若先生に、新たにサポート係に直子さんが参加してくれて動画撮影をしていただき動画を見返し確認を繰り返し繰り返しの練習が週2回。
新たにサポート係として参加してくれた、直子さんは若先生のフィアンセです。
60 or older Clubの公園道場練習も盛り上がりを増してきたある日、誰からともなく記念演武会には空手着が必要なのか?の問い合わせがあがり、若先生からは、いつも通りいつものままでと返答がされたのですが何やら物足りない感じがすると不服意見が出たのです。
しかし、皆さんわざわざ空手着を購入する事にも及び腰の様だったので、私からひとつアドバイスをしまった。
お揃いのトレーナーとかジャージとかにするというのはいかがでしょうか?
おぉ~良い良いと賛同を得て、白地のジャージジャケットで背中に、60 or older Clubのロゴを、左胸にシンボルマークとして何故か?桜の花のワッペンを貼ると決めました。
そして当日は、黒色か紺色のズボンで揃えると決めました。1人だけ目立とうと赤色のズボンにするなよ!と笑いながら皆さん楽しく盛り上がって日々が過ぎて行きました。
☆
いよいよ、60周年記念演武会の日となりました。
卯月の25日、早朝から正式道場に人が溢れています。
幼年部に小学生の部、中学生の部に高校生に成人の部、そこに加えて60 or older Clubのメンバーがすし詰め状態で、60周年記念の式典が始まり師範からの御言葉もそこそこに記念演武会が始まりました。
先ずは、幼年部の基本移動の突き、蹴り、方向転換して突いて蹴るを繰り返し元の位置でOKです。
小学生の部は、5人の団体形を基本の3の形、4の形、5の形で流石の演武を披露した。
中学生と高校生は試合形式の模擬試合を3試合、成人の部の女子部が約束組手をおこない男子部が瓦、板、の複数試割りをおこないました。
いよいよ登場、ド緊張の60 or older Club。
メンバー達のお揃いのジャージジャケットで登場に見物の人々から感嘆が漏れ拍手で迎えられ、やや緊張も和らぎ無事に団体形、約束組手をやり遂げた。
約束組手に関しては受け手のパターンを組んだ相手と互いに受け技が異なるバリエーションに仕上げてあったので一段と拍手喝采でありました。
団体形メンバー表
基本形 第1
1 江名子
2 美代子
3 小百合
4 明夫
5 八郎
基本形第2
1 佳乃
2 文美
3 由紀子
4 太蔵
5 順次
基本約束組手
1 萬太郎 & 三郎
2 弥七 & 快治
3 新次郎 & 善治郎
ここで一拍間を取るため師範が挨拶がてらと話し始めた。
「本日は、誠にありがとう御座います。幼年部から小中高、成人の女子男子そして60歳以上の皆さんの日頃の練習の成果をしかと目にさせていただきました」
当日の朝、正式道場の控え室に行くと若先生と直子さんが既に待っておられ、私に紙袋を手渡してくれました。その紙袋の中には真っ白な空手着と真新しい黒帯が、黒帯の前垂れ部になる位置には晴沢 秋桜の名と五本の横線が金文字で刺繍されていたのです。
「不躾で無理難題のお願いにお付き合い頂きありがとう御座いました。我々2人と師範からの心尽くしです」 と若先生。
「是非、本日はこの空手着を着用して演武をお願いします」 と直子さん。
私は有り難すぎて感涙し御礼に頭を下げたまま顔を上げれませんでした。
十数年ぶりに新たな空手着をパリッと身につけ、新たな黒帯をギュッと絞め、2度3度と正拳突きを繰り返し極めを確かめる。
師範からの参加者全員への感謝の言葉が終わり、呼び出しが掛かる。
右手に白地の 60 or older Clubのジャージジャケットを持ち演武会の真ん中へ若先生と共に足を進め背筋を真っすぐに並び立つ。
「改めてまして、ご紹介します。当道場の若 浩一先生と、本日のサプライズをお願いした、60 or older Clubのメンバーである、晴沢 秋桜さんです。流派は違いますが五段位を取得されています」
と紹介され見物の方々も道場練習生達も、仲間であるメンバー達からも驚愕と感嘆の声が漏れた。
ト、トキオさんって、凄いんですね。由紀子さんが呟く。
ん〜やはりただ者では無いと思っとわい。善治郎さん唸る。
他のメンバー達も言葉を失って私を見つめていた。
私は右手に持っていたジャージジャケットの背中のロゴを見物の方々に向けてかざして見せ示した後、手近にいた女の子に由紀子さんを示して手渡しを言伝た。
ジャージジャケットを受け取り静かに胸に抱きしめ由紀子さんの頬が赤らむ。私は由紀子さんにうんと頷き改めて姿勢を正した。
静かに深呼吸をした若先生が演武内容を気合を込めて声に出した。
『神技・本組手、徒手空拳による短刀取り!』
は?えぇ?何をするのかと、一瞬会場の空気が止まる。
若先生の号令に合わせ、互いに礼をし結び立ちから臨戦態勢に相構える。
若先生の左足が一歩前へと同時に左手に握られていた白鞘から短刀が素早く抜かれ右手に握られ最上段に構えられた。
マジ?ヤバっ!?
ギラリと鈍く光る刃が見る者達の視線を集める。
ダッ!!若先生の烈帛の気合と共に鈍く光る刃が振られ斬りつけた。
ダンっと、若先生の右足が大きく踏み込まれる。
それに合わせ後ろへ引いていた右足を前の左足へ継ぎ足で前へ、同時に左手上段受けで短刀を持ち振られた右腕を受け止め空かさず脇腹肋骨へ正拳突きを当て込む、若先生の動きが止まった瞬間に右脚を前へ踏み込み受け止めていた右腕を腕絡みで極め若先生の右足を刈り込む。
私の背に乗った若先生の体が浮き後方へ一回転し床へ叩きつけられる。
うぅわぁ、エグっと誰からともなく声が漏れた。
それが、一本目、二本目は右腕を逆関節で後方へ倒す、三本目は水月につま先蹴りを当て込む、四本目は若先生の後方へ回り込み蹴込みを入れて引き倒す、五本目は短刀を持つ手を裏拳で弾き飛ばし後ろ回し蹴りで後頭部を蹴り込む。
以上の演武を終え互いに礼をし見物の方々一同に礼をした。
あまりに盛大な拍手喝采にやや照れてしまった。
短刀取り
徒手空拳 晴沢秋桜
短 刀 若浩一先生
サポート 山佐直子
何とか無事に?無難に演武会を終え、師範と挨拶を交わし、若先生と直子さんに感謝を伝えた。
師範と若先生と直子さんからは、皐月のゴールデンウィーク明けから引き続き、神技・本組手、徒手空拳短刀取りのご伝授をとお願いされた。
いつの日か、何かの機会に、若先生と直子さんのお二人で、徒手空拳短刀取りの演武を出来る事を目指すのだと。
ここまで御縁を頂いてお断りの理由もなく微力ながらもご協力をお約束をし、引き続き周2回の正式道場通いとなりました。
健康空手公園道場のメンバー16人と私の立場も相変わらずで皆さん良い事や不本意な事を乗り越え日々を過ごし、さらに互いを思いやり助け合い、各人それなりの自信と責任感が芽生え背筋をシャンとして、元気な声が響いています。
えぇーいゃ!!
最高齢、82歳、小百合さんの気合イッパツぅ~!
終。
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私が以前、主として学んでいた空手は古武術系の柔術空手道と称される流派です。
ココの道場の流派とされる近代空手の開祖の方が、唐より琉球へ伝えられた唐手と昔から存在した琉球武術・テーを複合させ整理整頓された武術が琉球空手であった。
琉球空手を体育系の武道(空手道)として拡める為に開祖の方が本土へ渡って来て柔術空手の流祖となる方と親交して柔術空手道が誕生したのです。
日本柔術の第一人者であった流祖となった方が柔術には当て身術があり、その当て身術に空手の突き、蹴りを複合させ整理整頓をされた武術が柔術空手となった。
故に、空手術なのに投げ術、絞め関節術がありその全てを体現して修得するために必要な鍛錬が、申し合わせ組手とされています。
申し合わせ組手の正式名称を、神技・本組手❨しんぎほんくみて❩という。
神技・本組手のパターンは、30パターン以上と云われ通常に道場練習だけでは全てにお目にかかる事はほぼ無いとされている。
稀に、全国技術講習会等々に参加すると、20パターンくらいにはお目にかかれる事もある。
突く、打つ、掴む、崩す、投げる、関節を絞める、極める。斬る、潰す、折る。素手対素手、棒対素手、刃物対素手、立ち組手、座・据組手等々が多様に組み合わせてある。
黒帯初段を取得するために、神技・本組手の3パターンの修得が必要で、弐段、三段で、5パターン、四段、五段で、7パターン、六段以上で、7パターン以上とされている。もちろん伝承の正確さと精度、質の高さも多分に求められる。
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