公開中
だけど、弱い III
ミルク🍼💚
…………ただひたすらに自分が苦しむだけだった。
午後七時、閉店の時間が近づくと、彼はまたやってくる。奈帆はこの時間に彼がいることを知っているのだろうか。奈帆のシフトはこの時間に入っていないから、きっと知らないのだろう。
私は少し罪悪感を覚えながらも、やはり話したいという気持ちが大きく、体は彼を待っている。今日も話しかけてもらいたい、話題はどうしようと、無意識に考えている。ダメだとわかっているのに、自分の欲には勝てなかった。そんな気持ちと葛藤している中、ガラッとした店内に鈴が鳴り響いた。
「こんばんは。ブラック一つ。」
彼はいつも朝に甘い紅茶ラテを飲み、夜に苦いブラックコーヒーを飲む。これを知っているのはきっと私だけ。
「かしこまりました。」
「ありがとう。」
そう言って笑顔を向けてくる彼の表情を見ていたら眩しくて直接太陽を眺めているようだった。
「今日は、何かあったの?」
「え…?」
「いや、朝に何か用事があるって言って、行っちゃったから。」
「あ…いえ、大したものでは…」
大したものではないというよりも何もしてないから、教えるものも何もない。
「そっか。ごめん、余計なお世話だった。迷惑だよね。」
「そんな、とんでもない。」
むしろ、私のことを気にかけてくれているのかと嬉しくなったくらいだ。けれどそんなこと信じているだけ無駄だ。後々傷つくのは私なのだから。
「葉堀さんって名前なんなの?ネームプレートには苗字しか書かれてないから。」
私たちのエプロンには名前がわかるように苗字が書かれているプレートを胸に付けている。名前を教えるのを少し躊躇って、ゆっくりと答えた。
「愛彩、と言います。愛に彩るで愛彩です。お客様は…?」
自分の名前を名乗ったはいいものの、彼の名前は今まで一文字も知らなかったため、気になり聞いてみた。
「愛彩、いい名前。俺は高倉直虎|《たかくらなおと》。直るに虎で直虎。よろしく。」
「高倉さん…これからも、ご来店お待ちしてますね。」
「下の名前で良いし、タメ口にしてよ。それに、また明日も来るよ。」
「下の名前は少し難しいかもです…店員とお客様の関係ですし…」
「まぁ気軽に呼んでよ。俺はなんで呼べば良いかな、呼び捨ては嫌?」
「いえ、全然…!」
「じゃあ、俺は愛彩って呼ぶ。よろしく愛彩。」
「よ、よろしく。なお…と、くん?」
「っ…!うん。ありがとう。」
彼は無邪気に笑いながらそう言った。彼の頬が赤く見えたのは店内の電球色の明かりのせいなのだろう。大好きな友達に隠れてコソコソと下の名前で呼び合っている私、最低だ。やめなければならならないのに体は彼を求めている。どうしようと、焦りながらも、この状況がずっと続いてほしいと思ってしまう。
「じゃあまたくる。」
「はい…。また。」
私、本当にこれでいいんだろうか。呼び捨てなんかで呼ばれていいんだっけ?私が彼と馴れ馴れしくしても、いいの?そんなの絶対……………
「…っ、ダメ!」