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七
「———あ?」
帰りの道中、妙なものを見つけた。人影があるのだ。場所は川にかかる橋の上。
———これはまずい。ものすごく良くない予感がする。
「おい!」
大声で呼びながら、走り出す。人影が、びくっと肩を震わせてこちらを振り向くのが同時だった。
「何してんだ!」
人影の腕を掴んで、ようやくその姿を見る。
少女だった。背中までの薄茶の髪、驚くほど細い指、腕。鎖骨がはっきりと見える首元。こんなに寒いのに、薄着だった。
ゆっくりと少女がこちらを見上げる。
泣いていたのか目元と鼻元は赤く腫れており———
鴉よりも黒い瞳が、長い前髪から覗いていた。
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羽織っていたコートを脱ぎ、彼女に着せる。体は驚くほど冷たかった。
ずっと目を伏せて泣いている。長い前髪から覗いていた黒い瞳を思い出し、心が痛んだ。
とりあえず、魔術室のところまで連れて行こう。もう日は暮れていて、辺りは真っ暗だった。
「……お前、名前は?」
他にかける言葉も思い当たらず、そう聞いてみた。
ひゅっと息を止めて数瞬、少女が唇を動かした。
セナ、と言った声は消え入るように小さく、掠れていた。
「ただいま」
少女——セナとともに、魔術室のある館に帰った。自分の部屋に行き、買ってきた壁掛けフックを机に置く。
セナをどこかに泊めなければいけない。まずは、館の主人——レオの上司——に話を取り付けるべきだろう。
「男の部屋でいいなら、そこで待っといて。くれぐれも妙なことはするなよ」
俺がそう声をかけると、セナは何も言わずに頷いた。ベッドに腰掛けて俯き、空中の一点を見つめていた。
「———女の子を飼いたいって?」
「『飼いたい』じゃねぇよ。面倒を見たいっつったんだよ。勝手に話を改悪するんじゃねぇ」
即突っ込むと、目の前の人間はケラケラと声を上げて笑った。目には涙が浮かんでいる。
そんなに面白いのか。若干イライラしてきた。
ゲラゲラと笑いながら自分の部屋の大ぶりなソファの上にどっさりと座り込んでいるのは、レオの上司であり、魔術室を抱えるこの館の主でもあるアランだ。
上司とはいえ、レオとアランは長い付き合いであり、仕事の場面でないときは こうやってタメ口で話している。
「どういう風の吹き回し? 魔法の研究以外は興味ありません、みたいな顔してるのに」
今日の外出だって、二ヶ月ぶりだろ。引きこもり最長記録だよ。
からかうような視線でレオを見て、アランはソファの背で頬杖をついた。
「たまたま会ったんだよ。———」
この先は、言うかどうか 少し|逡巡《しゅんじゅん》した。
「———真っ黒な瞳をしていたんだ。」
言い終わる前に、アランが大きく目を見開く。
その顔から笑みが消え、ふっと真剣な表情になった。