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任務、雨、二人
冷たい雨が、アスファルトを叩きつけていた。高層ビルの屋上から降りてきた俺たちは、ずぶ濡れになりながら人気のない裏通りを歩いている。傘などない。いや、最初から用意するつもりもなかった。任務の邪魔になる。先に歩いていた彼は、フードを深く被り直した。その声は、雨音にかき消されそうになっている。隣を歩く俺は、無言で彼の横顔を見つめた。俺の前髪からも、雨水が滴り落ちている。メイクは完全に崩れているはずだが、今はそんなことを気にする余裕も、気にする価値もなかった。
「…煙草の火ちょうだい」
「あほ、雨降りよるけぇ無理じゃ」
「傘持ってきたらよかった」
常に最低限だったはずの会話は、今日だけは長引いた。足元には、汚れた雨水が小さな川を作って流れている。街灯の光が水面に反射し、歪んだオレンジ色の縞模様を描いていた。周囲の建物から漏れる明かりは少なく、この裏通りはまるで世界の片隅に取り残されたように薄暗い。俺がふと空を見上げると鉛色の雲が厚く垂れ込め、雨脚はさらに強くなっている。
「煙草」
俺がぽつりと言うと、彼が少しだけ口角を上げたように見えた。
「どんだけ煙草好きなんじゃ」
彼らの感情は、この冷たい雨のように無機質で、任務の後の高揚感も、罪悪感もなかった。ただ、濡れた服の不快感と、早く拠点へ戻りたいという現実的な欲求だけが、二人の中に存在している。雨音だけが、彼らの帰路に付き従っていた。