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耳順の空手道⑤
ハイリスクレッド
耳順の空手道 ❨ じじゅんのからてみち ❩
Episode 野試合・形
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戦わない空手、闘う空手道
☆
60歳から始めよう、戦わない空手、闘う空手道。
60 or older Club
❨ シックスティ・オア・オールダー・クラブ ❩
※
耳順(じじゅん)
六十而耳順・論語
六十にして耳順い、六十歳にもなれば何を聞いても表、裏や真相、本質が自然に理解できるようになると言う。
☆
晴沢 秋桜 (ハルサワ トキオ) 当年62歳。
現在、信州の美ヶ原高原の里の辺りに暮らしています。
ただいま、無色(無職)透明、所属も役職も競り合いもしがらみも無しの日々を過ごしています。
やることは、美味い野菜を食うためと良く寝るための日々の散歩と公園道場での健康空手道であります。(週2回は正式道場で少々)
60 or older Club
❨ シックスティ・オア・オールダー・クラブ ❩のメンバーとしてもそろそろ一年と八ヶ月くらいになります。
それに加えて正式道場で空手着を着ているおかげか、最近はさらに野菜の美味さが増してきている。
☆
真夏の暑さも落ち着いて、そろそろ秋の気配を感じたく思い始めた頃。
信州の暑さもなかなか暑いです、昼間は…それでも夜は都心や街中とは違い、熱帯夜が無い!夜中のエアコンの稼働が無い!
いつも通り、30分の散歩から公園道場での健康空手道を終えてそれぞれに労いの言葉を掛けながら帰り支度を始めた時、何やら大きな声を出しながら近づいてくる70歳前後の男性がいた。
リーダー役の善治郎さんと傍らに美代子さんが、その男性の話しを聞いて、説明をし始めた。
その様子になんとなく帰りそびれた私と由紀子さんと江名子さん。すると美代子さんがトコトコと駆け足で私たちの所までやって来て話し始めた。
あの男性と善治郎さんが言い争っていて、何だかマズそうな事になる雰囲気なのよ。
はい〜どう言う事? 三人同時に声が出た。
んとね、あの男性が何してるって聞いてきて、善治郎さんが空手だって言ったら、あの男性があんなちんたらな空手が何の役に立つって、善治郎さんが健康の為に役立つ健康空手道だって言ったら、あの男性が善治郎さんに、あんたが先生か?って聞いて、違うリーダー役なだけだって言ったら、黒帯の何段だって、弐段だって言ったら、ワシも弐段だって言って善治郎さんに三段を受けた事はって聞いて、無いって言ったら、ワシはある、ならワシの方が上だからワシが新しいリーダーになってやるって言って善治郎さんが2週間に1度、三段の若先生が指導に来てくれてるって言ったら、その先生のいない時はワシが指導してやるって、そんなのいらないって善治郎さんが断わったら、やかましいワシの方が上なんだから言う事聞けって、聞かんって善治郎さんが断わったら、あの男性が、なら勝負や、組手か?形か?って、組手は約束組手だけで自由組手はやって無いって善治郎さんが言って、男性が形は何やってるって聞いてきて、基本1の形と2の形だって言ったら、なら形で勝負やって、勝った方が上、リーダーだって、そしたら善治郎さんが、おぅ受けてやるって…どうしましょ?
どう言うながれ?って言うかあの男性は何処の誰なのよ?
江名子さんが問う。
なんでも、そこの温泉地の入口の分譲地に家建てて引っ越してきて3ヶ月くらいなんだって。
美代子さんが答える。
で、何故ここへ? 江名子さんが問う。
周辺散策散歩中にここの公園を見つけたら私たちが空手してたから気になっていたらしわ。
美代子さんが答える。
そんなこんなの解説を聞いている間にあの男性は居なくなっていた。
鼻息荒く、ノシノシの雰囲気で善治郎さんが私たちの所までやって来た。
善治郎さんどうするのよ?問う、美代子さん。
どうもこうも無い、やるしかない!
息巻く、善治郎さん。
もやもやと地団駄をふむ、美代子さんと江名子さん。
何とかならないの秋桜さん?
空手道仲間のスタンスで由紀子さんが聞いてくる。
ん〜、まず、勝負やって言っても何を持って勝ち負けを決めるのか?
たぶん勝つつもりだろうから何かのカラクリがあるかも?
あとは、基本の1と2の形しか出来ないからと高を括ってるか?
と思考を口にしてみる私。
で?いつ勝負にくるのあの男性は?
問う、美代子さん。
来来週の金曜日って言うたわ。
答える、善治郎さん。
え〜二週間後じゃないのよ〜
声を上げる、江名子さん。
特訓するとか?どう秋桜さん?
問いかけてくる、美代子さん。
正式道場へ行ってみます?
問いかけてくる、由紀子さん。
いや〜2週間程じゃ正式道場に行っても変らないかと、それよりココでしっかり練習した方がいいかもね。勝負はココでやるって感じでしょ?
私も、思案はしたもののやはり善治郎さんを特訓するしかないと思い、また明日にしましょうとその場は散開とした。
帰りの道すがら、由紀子さんが善治郎さん大丈夫かしらと聞いてくる。
あの男性が何を考えているのかわからないけど、私から善治郎さんに勝負って言うか試合形式の形の打ち方、コツを教えてあげて後は善治郎さんの気持ち次第かなと、それと若先生にはお知らせしときましょう。
うん、そうね。同意の相槌をうち私の腕に寄り添ってくる由紀子さん。
別れ際に、ディープな口吻をし、お疲れ様、また明日。と手を振り合う由紀子さんと私。
☆
翌日、昨日の曰くと経緯を知ったメンバー達が私と善治郎さんの周りを心配顔で囲む。
私は善治郎さんに形は1と2とどちらが気持ち良く打てるのかを尋ねた。
ん~~2の形かのぉ?
思案顔で答える善治郎さん。
なるほど~じゃ2の形を打ってみてください。
と私は促した。
善治郎さんは、
おぃす、と囲みの真ん中で用意の足幅になりチカラを込めて形を打ち始める。
ホイ、ホイ、ホイのホイ、ホイ、ホイのホ〜イ、ホイ!ホイ、ホイ、ホイ!そんな感じで全ての挙動が終わり元の位置よりまぁまぁズレて用意の足幅で立っていたが、やむ得ないかなと思う。
では、改めてお手本と言えるほどではありませんが、ご参考になればと思います。
そう前置きをして善治郎さんに代わり私が囲みの真ん中へ立つ。
まずチカラを入れ過ぎず、爪先と膝、拳・指先と肘を意識して的確に動かす。
用意の足幅からリキまず、爪先、膝、拳、肘を同時に動かします。
スッ、パッシパッシ、スッ、パッシパッシ、腰と上半身を意識して、スッ、パッシ、バッツ、バッツ、バッツ、バァッツ!挙動の止め極めだけを意識して的確に動かし全ての挙動が終わり元の位置に始まりと同じ位置に戻る。
ぅおぉ~と囲んだメンバー達から拍手が起こる。
俺等と同じ形を打ってるとは思えんなぁ〜と感心の声が誰からか聞こえてくる。
いやいやと手を振りながら私は、善治郎さんと立ち位置を代わりもう一度、形を打ってもらう。
ローマは一日にして成らず、根気よく繰り返し繰り返しが積み重なりチカラに成る。
己の諦めない気持ちが積み重なりチカラに成る。
闘う空手道の本筋だ。
次の日、正式道場での練習を終えた私と由紀子さんは若先生に先日の善治郎さんの件をお知らせした。直子さんも心配顔で並んで聞いている。
わかりました、善治郎さんへのアドバイスは秋桜さんにお任せします。金曜日の日には様子を見に行きます。
と若先生と直子さんが約束をしてくれた。
正式道場からの帰り道、由紀子さんの自宅の少し手前で一旦愛車を止め口吻を深く交わし合ってから改めて自宅前まで送り届ける。
全身をリキまずチカラを止め極めに意識してをアドバイスしてから一週間、繰り返してきた善治郎さんへ次のステップアップをアドバイスする。
リズムを取る、間を取る、気持ちを込めて声に出す。
スッ、が1、パッシパッシ、が2、スッ、が3、パッシパッシ、が、4として、10個に分解して声に出してリズムと間の意識を刻む。
私が体現して形を打ち、善治郎さんに影追いで体で覚えてもらう。
良くも悪くも、来来週と言われた金曜日の、当日としてやって来た。
☆
善治郎さんは、いつも通りに白い上下のスウェットに黒帯をギュッと絞めて精神統一をする。
後方には、60 or older Clubのメンバー、私と善治郎さんを除いた15人が並んでいる。
そこへあの男性が現れる。丸め体格にぱつぱつの空手着に少し短め黒帯を絞めて、後方に若い男子と女子が付き添っていた。
形試合対応用に整えたスペースの手前まで美代子さんが小走りに駆け寄り男性を誘導する。
試合係員役を買って出てくれた直子さんがサポート、進行してくれる。
ふんぞり返った男性に、名前を問い合わせにいく。
わたしは、正式道場からサポートに参りました、山佐 直子と申します。お名前をお願いします。
うむ、ワシは、岩谷 益男、黒帯弐段だ。一度、三段受審で惜しくも受からんかった。
あ…はい、では、ご紹介致します。今回の審判をお願いしました正式道場の若 浩一先生、三段と…
その紹介の言葉に男性が、さん…ウゥゥと唸る。
続けて、若 浩一先生が御指導していただいています、晴沢 秋桜先生、五段です。
さらにその紹介の言葉に男性が後ずさり、ご…ウゥゥわぁぁと唸る。
では、岩谷 益男さん、流井 善治郎さん、演武する順番を決めます。では、コイントスで決めます。どちらが表、どちらが裏を決めて下さい。コイントスしてわたしの手のひらで示された方が先に演武していただきます。
二人が頷くのを確認し直子さんが二人にコインを見せてから、右手でトスをし空中でキャッチして手のひらを閉じたまま差し出した。
すかさず、岩谷益男さんがコールした、表!
続けて静かに善治郎さんがコールする、裏。
ゆっくりと直子さんの手のひらが開かれる。
表です、岩谷益男さん先に演武、善治郎さんは後で演武です。
はい!とはっきりとした声で善治郎さんが返事をし一旦演武スペースから出る。
それでは、岩谷益男さん、先に演武をお願いします。
おっす、と今だにふんぞり返り、礼節もおざなりに斜めに横切る様に足を進めスペースの真ん中に立った。
おどおどと、礼をし演武形名をコールした、〇〇〇!
ん?何?なんて言ったの…と、60 or older Clubメンバー達がザワザワする。すかさず直子さんが、しぃ~と人差し指を自分の口に当てる。
その様子を見止めた、岩谷に付き添っていた男子が、くすくすっと笑い隣いる女子にボソボソっと呟く。
〇〇〇、知らねぇんだ。
しかし、形名をコールしたまま岩谷益男はジッと動かないでいた。
ん、と私と若先生が同時に気づき若先生があわてて右手を上げ、スッと前へ突き出した。
途端に岩谷益男は、ズズッ〜ジワッ、と両腕を前へ差し出し、ホイさと前蹴りをしてドスンと着地した、それを反対側へも繰り返し、正面に体を向き変えズン、ズン、ズンと進む、ズンズンズンの調子で演武をし終えた。
岩谷益男の付き添っいの女子男子が勢いよく拍手をし、それに合わせる様に60 or older Clubのメンバー達が、ぱたぱたと拍手をする。
ん~~ハァハァと息が上がったまま礼もそこそこに岩谷益男は演武スペースから出ていく。
次、流井 善治郎さん、演武、お願いします。
直子さんの呼び出しがかかる。
はい!しっかりとはっきりと返事をする。
気をつけの姿勢から対戦相手に礼をし、演武スペースの端に合わせ足を進め、中央辺りで45度体を向けなおし、正面に礼をし演武スペース中央まで足を進め気をつけで立つ。
静かに息を吸い、演武する形名をコールする。
基本形、第2!
そのコールに岩谷益男と付き添っいの女子がプッと吹き出す。男子が、マジか?と天を仰ぎ、こりゃ楽勝だなじっちゃん、と呟いた。
すかさず直子さんが睨みつけると、フンと岩谷益男がふんぞり返る。
用意の位置まで足幅をとり、一呼吸して善治郎さんの体が挙動した。
タン、タンタン! タン、タンタン! スッ、パァン、パッシ、パッシパッシパッシ!!
キレ、極め、呼気と間、渾身の気合が響き、息乱れること無く全ての挙動を終え、用意の足幅に戻った。
※
形試合で『始め』と審判から声は掛からない、右手を上げ合図する場合は選手が二人並んで同時に演武する場合でひとり一人での演武の場合は始まりは選手自身のタイミングにお任せが通常である。
※
60 or older Clubのメンバー達が勢いよく拍手をする、岩谷益男と付き添いの女子男子は息を呑み黙り込む。
善治郎さんが礼をし演武スペース後方端に移動し気をつけで待つ。
岩谷さん、こちらへお並び下さい。
直子さんが呼び込み、左に善治郎さん、右に岩谷益男が並び立つ。
直子さんがコールする。
それでは、判定をお願いします。判定ぃ!
若先生と私の左手が同時上がる。
左、流井善治郎さんの勝ち!
直子さんのコールが響く。
シャアー!!歓喜と拍手が60 or older Clubメンバー達から響いた。
同時に岩谷益男と付き添いの男子が抗議の声を出した。女子は息を殺し俯き唇を噛んでいた。
岩谷益男から、〇〇〇と基本形で何で〇〇〇が負ける?男子から、あんたらグルだろうと。
その抗議に、若先生が一歩前に出て苦言を呈した。
何の形とかどんな形とかでは無く、形を活かすキレ、極め、呼気と間を正しく演武出来ていたか?否かです。それからキミ、と男子を指差しながら審判に対してグルだろとは無礼ですよ言葉を慎みなさい。
いかがですか?と私に若先生から評価を求められた、気分的にはやれやれと嫌な感じだったが、それでは一言だけ、と私も一歩前に出て苦言を呈した。
岩谷益男さん、男子さん女子さん、空手道とは、からてみち、とも読みます、みちとは人の道です、礼に始まり礼で終わる、礼節を持って互いをリスペクトして認め合いの心を持つと言う事です。
勝ち負けよりも握手して終わりにしませんか?
私の言葉に、先に善治郎さんが一歩前へ動き右手を差し出した。
岩谷益男はその右手を睨みつけるとさらに悪態をついた。
なぁにお~五段だからって偉そうにしやがって!
ほとほと話しにならない男だなと思いながらも、一応、説法として説いておく。
段位に偉そうにはありませんし、他の者にひけらかす為でも、他の者と比べる為でも無く、段位とは己が求める道に対して探究し鍛錬して稽古を重ねて行った結果の道標です。段位を取得するとはその時その時の己の魂を満足させ次へ次へと進める為であり探究と鍛錬に終わりはありません。
もう少しゆったりと謙虚に考えてみませんか?
すると、女子が一歩前に出てきて、ペコリと頭を下げ、「お騒がせして申し訳ありませんでした。そして、本日は、祖父の為に、この様な場を作りいただき、ありがとうございました」と素直に気持ちを伝えてくれた。
☆
日常の五心
一、「はい」という素直な心
一、「すみません」という反省の心
一、「私がします」という奉仕の心
一、「おかげさま」という謙虚な心
一、「ありがとう」という感謝の心
お騒がせ試合の以降も変わらず60 or older Clubの皆さんは、ワン・フォー・オール・オール・フォー・ワンの健康空手道を楽しんでいます。
終。