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《らっだぁ視点》
登山道の入り口の山小屋で、俺は祭具を渡され説明を受けた。
豊穣の神への儀式はこうだ。
1、生贄が1人登山道を登る。生贄は鬼と呼ばれる家系の者の子供しか選ぶことはできない。また、できる限り女子が喜ばしい。
2、登山道の4番目の案内看板の右手側にある獣道を進む。本来この山は登山で有名な山だ。だから、案内看板など人が迷わない工夫がされている。
勿論、その中にはこの儀式の隠匿の意もあるのだが。
3、やがて見えてくる洞窟の前にある窪んだ石に日本酒を注ぎ、その前に3つの勾玉を置く。こうすることで洞窟の先の「神さま」の住まいへ行けるのだとか。
「よいか。豊穣ノ神の前では決して無礼のないように。お前1人が、この近くの山に住む者たちの糧に繋がるのだぞ。」
「はい。」
俺は祭具を持ち深々とお辞儀をすると、歩き出した。
生贄として捧げられることは、俺にとって全く苦ではない。だって、人間いつかは死ぬ。どうせ死ぬなら人の役に立つ死に方が1番いいんだ。
(何されるのかな…とって食われたりするのかな…痛いのはやだな…)
こんな現代にこんな儀式をしているこの里は相当ヤバい里なんだろう。それでもネットの世界に都市伝説が1つも出てこないのは、流石なのかな。
なんて今から死ぬとは到底思えないことを考えながら歩き続けると、ようやく4番目の案内看板が見えてきた。
(獣道…これか。)
これは…獣道というだけあって、ほぼ道なき道だ。こんなところを進むと思うと…めんどくさいな。
だが、これも儀式のためだ。今頃家では俺は死んだとして扱われているんだろう。それなら尚更、帰る場所なんてないさ。
俺はぜぇぜぇと息を吐きながら、山道を歩き続けた。
やがて、ようやくその洞窟が見えてきた。想像よりも大きな洞窟だ。
直径30mはあるくらいの円形の入り口は、上部からツタが枝垂れていて、倒木には白色のキノコも生えている。きっと長いことこうなのだろう。
そして、真ん中には小さな川ができている。
(窪んだ石…あっ、これか。)
入り口の光がギリギリ当たっているところに、見るからに人工的な丸い窪んだ石が置いてある。それも相当滑らかだ。
俺は手に持っていた日本酒を注ぎ、里の人数分の勾玉を置くと手を合わせた。
(実りある年になりますように…と。これであと100年は安泰なんだよね。)
さて、次はいよいよ中に入るわけだ。腰につけていた懐中電灯を手に、試しに中を照らしてみる。
長そうな横穴がある。しかしそれは川の上流へと続いているようだ。ここを通るとなると…
「あーもーしゃーねぇなぁ…」
洞窟に入る前に、ちらりと最後のお天道様を見て、俺は中へと足を踏み入れた。
洞窟に入って何分経っただろうか。水たまりはだんだんと大きくなり、今や膝上まで浸かってしまっている。ズボンが貼り付いて仕方がない。暖かい日にやる理由がわかった気がする。
今日は歩き疲れた。本当なら筋肉痛を心配するレベルだ。まぁ、生贄だからいいんだけど。
「まだかな…そろそろいいでしょ…ん?」
ふと、黄金色の光に目を奪われた。
それは洞窟の壁にポツポツと現れており、それが増えるにつれ横穴も狭くなっている。
(金山ではなかったはずだよな…?)
そう思いながら狭い横穴の出口から顔を覗かせて、思わず息を飲んだ。
その先は開けた場所だった。ビルくらいの高さの広い天井を、先程の黄金色の鉱石が彩っている。
地面は驚くほど平らに整備されており、ところどころに人工物らしきものも散見される。
その奥には壁からこんこんと水が湧き出しており、それが先程の横穴に流れ込んでいるようだ。
そして、その前には1つの影があった。
恐る恐る近づいてみると、その姿ははっきりとしていく。
何というか…想像していたよりも小さな背中だった。
目が痛くなるほど綺麗な黄色い影が見える。首には赤いマフラーをつけていて、何か胡座をかいて作業をしているようだ。
「神さま」が溜息を吐き、俺は驚いて立ち止まった。
「はぁ…今年は男か。男は小さいとギャーギャー泣いてうるさいから嫌なんだよなぁ…」
「神さま」は立ち上がり、こちらに振り向く。
柳色の髪から覗く真紅の目と俺の視線があった。
「君、名前は?」
「…らっだぁ、です…」
「あっそ。じゃあらっだぁ、今から君が考えていることを当ててあげよう。『このヒト、神さまらしくないな。』」
「…なんでわかるの」
「僕は神さまだからね、人間の考えることなんてお見通し。」
「って、嘘…。はぁ。勘弁してよ…」
神さまは驚いたように俺を上から下まで見ると、なんと宙を飛んで俺のすぐ近くまできた。神さまはじっと俺を見つめる。
「…な、何。」
「…まぁ、前任は使えなかったからなぁ…ロクな収穫がなかったってわけだな。」
「なんの話?」
「君の身体、細すぎない?何食べてたらそんな身体になるの?」
神さまは、こちらの顔をばっと覗き込んで聞いてきた。
「母さんにはもっと食べろって言われてたけど…」
「はぁ…こいつ、めんどくさ…。」
なんだかこの神さま、ムカつくなぁ。俺のことを見下しているみたいに話して。まぁ実際相手は神さまだけど。
「てことで君はこれから、君の命が尽きるまで僕に従事してもらうから。」
「…はぁ?」
「はぁとはなんだはぁとは。」
「別にー、神さまの癖にワガママの多いやつだなって思っただけー。」
「へぇ、いい度胸してんじゃん?そもそもこの儀式だって僕が雑用係が欲しいって言ったらニンゲンどもが勝手に始めただけだけどね???」
「ムカつく…」
じゃあこれから俺はこの神さま(笑)と一生暮らさなきゃいけないわけなのか。生き地獄とはまさにこのことだ。
「…」
神さまをじっと見つめた。
「何?まだ文句でもあるの?」
むすっとしたままの神さまに聞いてみる。
「君、名前とかあるの?」
「神さまに向かって君って何だよ。……名前…豊穣ノ神?」
「それは呼びにくいじゃん。俺みたいな名前ないの?」
「名前……『おいよ』かな。」
「へぇ。よろしく、おいよさん!」
ぐっと右手を前に出すと、おいよさんは戸惑いながら俺を見た。
「…もしかして、握手知らないの!?」
「大体のやつは反抗的か恐れおののいてたからね。」
「これはね、友情の印!握手仕返せば友達になったって認められるの!」
「神さまと友達なんて誰がなりたいんだよ。」
「えー!?しようよ!」
「まぁいつかは考えといてやるよ。」
「なーんだ、優しいところもあるんじゃん。」
「はぁ」
心なしか顔を赤く染めるおいよさんに人間らしさを感じながら、ニヤリと笑った。
さて、これからこの神さま(笑)と暮らすのか。
「はぁ……」
「あ?」
「『生贄』って神さまの世話しなきゃいけないの??こんなのに雑用にされるくらいなら食われた方がマシなんだけど…」
「食われたいなら食ってやるけど」
「どうぞどうぞ」
「生贄のくせに…。」
「生贄だから言ってるんだもーん」
「はぁ…」
それから神さまは黙ってなんかをし始めた。
特にすることもないので、神さまがなんかしてるのをただただ見ていた。
「…」
照れて焦っているのか、やや伏し目になっていた。やっぱり神さまにも可愛いところはあるんだな…
「五月蝿い」
「なんも喋ってないんだけど…」
「うるせぇ」
「理不尽…」
結局その豊穣神はらっだぁのことを気に入ったそう。
…!
「らっだぁ?」
という声が、露骨な大きな声でもないのに、この広い空間に響き始める。
暗闇を震わせるこだまが、彼の声と同調して、洞窟の隅々に行き渡った。
それは勿論、俺の耳に流れるように入る。
「らっだぁ!」
と揃って呼ぶ声たちに、応えるように振り返った。
そこには運営の姿があった。
俺のために来てくれたらしい。ちょっと嬉しい。
でも神さまはこれっぽっちも興味なさそうだ。
「こいつに会いにきたわけか。
馬鹿だなぁ…そもそもこんなほっそいやつ食っても食った気しねーよ」
「失礼だな!!」
「まぁ別に、こいつに会いたいなら入って来ればいいんじゃない?」
こうして、意外とあっさり立ち入りが許可された。
外はもう日が落ちている。
「もうそろそろ帰ったら?また明日来なよ。」
「じゃあね、おいよさん」
「あ?」
「え?帰っていいんでしょ?」
「ダメに決まってるだろ。お前は生贄なんだぞ」
「えぇー…」