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目次
地底の青
捏造色強めの二次創作です。
少しグロテスクな表現もあり。
大丈夫な人のみ。
乱雑につまれた、灰色の住居が群青の瞳に反射する。
「かぁ~~」
青みがかった黒髪がなびく。優しく細められた瞳と同じ色のカーディガンが広がった。柔らかな淡い青に包まれたその姿の中で、ひときわ印象的な長い赤のマフラー。
霞がかった部屋に差し込む薄暗い光を抱くように、両手を広げ伸びをする男。この時代では絶滅危惧種である種族、青鬼の名を冠する一人の人外、らっだぁである。淀んだ埃っぽい空気に対照的な、澄んだ群青の瞳。眠たげな瞼の奥にあるそれは、明らかに異質なものであった。
「じゃーまぁ、…行きますか」
時計が淡々と夜明けを告げる。仕事の時間だ。早朝…地上ならば日の昇る時刻のようだが、日の届かないこの地下街にそんなもの関係ない。ここは地下街。途方もない大きさを誇る、球体の街である。らっだぁが住む、ここ第1111区は、街の中でもかなり外れの方らしいが、果てなど見たことがないどころか、どうなっているのかも知らないほどだ。地下街だというのも聞いた話で、実際のところは知らない。天のあるべき方を向いたところで、見えるのは青鬼の発達した視力をもってしても所狭しとつまれ密集したコンクリート製の住居の箱たちと、血脈のようにめちゃくちゃに繋がれた水管だけだ。下もまた然り、気の遠くなるほど続いている。
群青の瞳を隠すように、淡い青のニット帽を被ると、早速、らっだぁはひび割れた四畳半の家についた小さな扉を押し開け、薄暗い光を纏う灰色の街に足を踏み入れた。お気に入りの音楽を小さく口ずさみ、今日も足場の不安定な道を進む。ギュ、ガッ、とリズムに合わせてコンクリートが軋んだ。生きるためには、金がいる。らっだぁも生活のために、適当に人間様を演じてその日暮らしの金を稼ぐ生活をしていた。演じる、といっても普段の青鬼は、並外れた筋力や発達した五感以外、人間とあまり変わらない。ゆえに、普通にしていればバレることなどそう無いのである。
マフラーを上下に揺らしながら、軽やかな足取りで歩みを進める。このあたりは工場が立ち並んでいるのもあって、重たい匂いが満ちている。走って振り払おうとしても、灯油をゆっくりと飲み込んでいるかのように、体が微かに重くなっていくような、そんな湿気た匂いが立ち込める。慣れないうちは吐き気を催すものなのだろうが、らっだぁにとっては嗅ぎなれたものだった。人気のない通勤路だ、そんなことを考えていたとき。
「んだよ!聞こえねぇよ!!」
突如、横から怒鳴り声が響く。そのドスの利いた声に思わず足を止めるが、その矛先はらっだぁではなかった。植物の根のように別れた横に伸びる細い道の先、行き止まりの暗い路地の奥。ガラの悪そうな男と、小柄な子供がいた。
(あ~…やってんねぇ~…)
自分より力の劣る者から奪える物を奪う、しばしば見かける構図だ。男がガッと子供の衣服を掴み、更に声を張り上げた。子供は全く抵抗もせず持ち上げられ、体が宙に浮く。かなり危なそうな状況だが、ここで下手に面倒を起こせば、正体が暴かれかねない。そうなれば諸共らっだぁも殺されてしまうだろう。身を挺して庇う、ヒーローでもないわけだ。あんな子供助けても、何の利益もないだろう。可哀想だが、ここはスルーが身のためだ。速やかに目線をずらし、何も見ていないかのように再び歩みを進めようとする。
「何も持ってないなら、お前ごと売ればいいわけだ!臓器なんて、高く売れるからなぁ!」
その声とともに、シャキンと金属の音がした。ぎょっとして二人をもう一度見やる。微動だにしない子供に、男はナイフを取り出していた。赤黒い汚れ。生き物に使用した形跡がある。このあたりで体液の赤い生物といえば、人間しかいない。こいつは、人を殺している。それってつまり、あいつは本気であの子供を切り捌く気だ。
「マジで言ってる…??……あー、もう!」
数秒迷った後、らっだぁは向きを変え走り出していた。彼らの場所まで、距離は約20メートルと言ったところか。人間離れした脚力で、まばたきの一瞬で男に近づく。暗い路地の奥、屈強な男の右手に握られたナイフが意地悪にぎらぎらと笑う。少年の、生気を失った緑色の瞳、一切の動揺の色もない感情の無い表情。男の腕に手を伸ばそうとするらっだぁだが、無情にも、スピードさえ落とさずなめらかに、ナイフは少年の首に吸い込まれていくのが見えた。少年の細い首はいとも簡単に両断されていった。
「ちょーっと待ったー!!」
この場に相応しくない、ふわふわとした雰囲気を持つ間延びした声が、狭い路地に反響する。
「あ”ぁ?誰だお前!?」
「えーっとー」
飛び出したはいいが、既に目的の子供は仏になった。迷った数秒のせいだろう。男に睨まれ、らっだぁはへらっと笑う。困った。
「あーすいませんねー、えっとー…ちょっと忘れ物をしちゃってー」
「へぇこんなところに、何を忘れるって言うんだあ!?」
嘘モロバレの発言に、男がナイフを振りかざす。その瞬間。
「わぁーーーーっっ!!!」
さっきまでの通らないぼそぼそとしたこえと打って変わって、大絶叫が薄暗い路地に轟く。らっだぁは大声に一瞬ひるんだ男の腕を掴み、怪力で跳ね返す。信じられないと言うような表情で一歩、二歩とよろける男を避け、素早く、しゃがみ込んだ少年を抱える。そして地面を蹴り、青鬼の脚力であっという間に空高く跳んだ。ぐんと地面がはなれ、振り返り驚いた様子の男が左右を確認しているのが小さく見えた。しばらくして、体はゆるやかに落下し始める。久しぶりの感覚だ。スピードを取り戻し、青いニット帽を抑えながら急降下する体。風が強く吹き付け、呼吸がしづらい。このまま落ちるわけにもいかないので、何か障害物はないかと目を走らせると、近くに突き出たパイプを発見した。
「頼むっ!」
上手いことタイミングは合い、パイプに足が着き、体重が戻って来る。赤いマフラーが静かに下がった。もう一度あの路地に着地したなら、今度こそ人間ではないことがバレてしまっただろう。心臓がバクバク音をたてる。着地成功。危ねぇー、と安堵のため息をついた、そのとき。
「よし、え、あっ」
足場のパイプがぐらりと揺れた。驚きのあまり腕が緩み、脇に抱えた少年がするりと抜ける。落下する少年。声を出す暇もなく急いで両手をのばすが、かするようで届かない。ヤバい、なんて考えたとき、ありえないことが起きる。
「はっ…?」
少年がそれ以上落ちることはなかった。時間が静止したのかと錯覚する。少年は宙に浮いて動かない。ぴたりと止まったのだ。
「………ダレ」
「え…?」
「ダレ、人間じゃないデショ」
むくり、ゆっくりと宙に浮いたまま少年は体を起こす。そういえば、切り落とされたはずの首も、血の跡もなく、何もなかったかのようにつながっている。よくよく思い出してみれば、元から出血もなかった。たけの長いローブの下の足は裸足で、半透明だった。つまり、この少年は…。オーバーサイズの白いタートルネックのローブ、深緑の大きな魔女帽子、生気のない青白い肌、栗色の猫っ毛の下から覗くエメラルドに輝く目。その、瞼に半分隠された大きな丸い目は、気だるげながらもさっきの死んだ目とは打って変わって感情を示しらっだぁを捉えていた。まるで、始めて光を見るときのように、驚きと希望の入り混じった目だった。
「君は…?」
「………オレハ…"ゴースト"」
もごもごと、早口のカタコトで言う。長い袖で口元を隠し、じっと様子を伺うようにこちらを見る。ゴーストとは、未練や怨念が現世に残った状態で死んだとき、強い魔法の力を持つものがオバケとなって現世に残る、という伝承の化け物だ。
「ゴースト…?マジで?」
あまりの出来事に、まだ飲み込めずにいるらっだぁに、少年は淡々と問いかける。
「オマエハ、ダレ」
「え?ああ、俺は…青鬼で、らっだぁって呼ばれてるけど、好きに呼んで」
少し迷うが、明かすことにする。彼が人外であることに間違いは無いようだし、仲間となるなら、明かすことに損はない。
「ラッダァサン…?」
「おー、さん付けかー、あんま無いわ。ガハハ!」
「ジャアラダオ、とりあえずオリレバ?」
「えー…?」
時間をかけて、突起物をたどりながら元の場所に降りる。金属質な音が鳴った。少年は浮遊しながららっだぁに続いた。彼がゴーストであるという事実を、やっと納得しおえたらっだぁは、浮かんだ疑問をのんびりとした話し方で投げかける。
「そういえば、君は名前とか無いの?」
「ンー、忘レタ!」
あっけらかんと答える。
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
「好きにシテ」
なんとも無茶振りである。彼に似合う名前を考えてみる。少年を見やり、珍しい緑色の瞳が目に付いた。
「えーじゃあ、"緑色"とかどーよ。帽子も緑だし」
「緑色…ン。分かっタ」
先程の男は既に立ち去っており、誰もいない冷たい路地に再び足を着ける。よく見れば、らっだぁがジャンプしたときのひびが残っていた。
「ところでみどりはなんでああなってたの」
「アイツガつっかかってきたカラ、言い返したダケ」
「生意気なのはいいけど、今度から気をつけなよー。子供が独りでこういうとこ来ちゃ危ないからねー。もっと中央寄りだと、割と治安いいから…」
そう言うと、緑色はむっとしたようにらっだぁを睨む。
「テカ、多分アンマ年変ワラナイと思うケド。コンナ姿だけど、俺大人ダヨ。死んでカラ時間経ってるカラネ」
「うっそー」
聞けば、緑色の方が三歳差で年下のようだった。容姿は享年のまま変わっていないらしい。ゴーストとはそういうものなのだろう。
「それで、みどりはこれからどうすんの?普通に二十年以上生きてきたんなら、別に俺の助けとかいらないっしょ?」
「ンー…。ラダオにツイテク!」
「なはっ、そーですか」
当たり前のようにそう告げる緑色。緑色が人間に人外バレなどすれば、当然行動を共にするらっだぁも疑われる。承知の上だが、そんな危険性でさえらっだぁは受け入れることにした。持ち前の陰キャ気質で仲間がおらず、協力関係の友人がいないというのもある。影の薄いゴーストだから、ほぼ確実にバレないだろうというのもある。が、それよりも感覚的に本能的に、何故か拒絶が沸かなかった。しかし、小さな違和感はすぐに仕事というライフラインにかき消された。
「んじゃ、俺はそろそろ仕事に行くと思う」
「仕事?」
緑色は不思議そうに首をかしげた。緑色は仕事などやっていないのだろう。ゴーストって多分食べ物とかいらないし。
「うん。賞金稼ぎ」
らっだぁはいつものように、にへらっと優しげに笑う。
「ラダオくんにツイテク!」
「え?仕事も?」
「ムリ?」
「いや、いいけど…結構危険よ?アブナい人を捕まえるお仕事」
「ダイジョブ、オレツヨイ!」
「ほんとかぁ?」
自信満々と言った風に、みどりは長い袖に隠された両手を上げる。さっきの男に敵わなかった緑色が、極悪の犯罪者たちに太刀打ちできるのかは甚だ疑問だが、彼はゴーストだ。滅多なことがない限り死ぬことはないなら、連れていっても差し支えないだろう。
「今回はねー、まあまあな相手だよ」
羊皮紙に書かれた情報を、緑色と共有する。すべて話し終えると、時折聞いているのかいないのか分からない相槌をうち、ふわふわと浮いていたみどりがやっと口を開く。
「オレ、コイツ知ってル。1112区の方ニ住んでるヨ。詳しいコトは忘れたケド」
「…えぇ!?」
らっだぁが青鬼の力を持ってして、10日ほど探し続けているターゲットだ。そう簡単に見つかるはずがない。らっだぁは緑色に、怪訝そうに尋ねる。
「なんでお前が知ってんのよ」
「空を飛び回ってルカラ。今まで、いろんな場所ヲ移動シテ来たシ」
そうか、とらっだぁは思う。緑色は空が飛べる。定住せず、飛び回っていた分情報に強い。そうなれば、賞金稼ぎの仕事にも、相当役に立つカードだと言えよう。にやり、とらっだぁが笑うと、緑色は気味悪そうにらっだぁを睨む。それにしても、第1112区。近くで目撃情報が多いやつからターゲットを探してるから、遠くにはいないだろうと思っていたが、想定より大分近い。歩いてすぐじゃないか。
「ぉし、今すぐ出発しよう。ヤツが引っ越しして行方くらませないうちに、急いで探そ」
「ン!」