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海月は淡い木漏れ日に包まれて。Ⅳ
ドキドキしながらロビーへ向かう。海月はまだ人が怖いだろうからできるだけ人の少ない端の方で待っていた。しかし、昨日のドレス姿の海月は普段も可愛いけれど、さらに一斤染めのドレスを着ることで可愛さが増していた。きっと彼女は気づいていないだろうけど、今日はせっかくいいチャンスなんだ。海月が僕の事を特別に思ってくれるように、僕と最初に仲良くしてくれた人。僕は、彼女が好きだから。誰にも渡したくない気持ちがずっと心に秘めている。誰も受け入れてくれなかった僕を変えたのは、海月、君だけだ。
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ロビーに着くと端で窓を見ながら、壁に背中をもたれている王子様、想生くんが居た。その姿は何か神秘的で、木漏れ日に照らされているのがまるで天使とお喋りをしているみたい。光のような想生くんは今何を考えているのだろう。もう少しその姿を眺めていたかったが、先に想生くんが私に気づいて近づいてきた。
「その髪型、すごく似合ってるよ。」
想生くんはそう言うと、サラっと私の毛先を手のひらで流れるように触った。私は少しドキッとしたが、気を取り直して褒め返した。想生くんは「じゃあお互い準備万端だね」と言い、私の手を掴んで外へ歩き出した。想生くんの手は手袋からだけど、とても温かく、大きい。私の手をすっぽり埋めている。とうとう外に出るんだと思い、病院の入り口を出た。すると、一気に眩しい輝きが空から降ってきた。そして、空気がとても美味しい。部屋の中でも窓は開けているが、やっぱり自分から外にいた方がよっぽど心地よい。昔感じていた外の世界と全く正反対だ。以前は世界そのものが暗闇で、光なんて病院の個室しかなかった。けれど、今外に出て光を浴びている。それが何よりも開放感があった。
「舞踏会場はあそこだよ。」
想生くんはそう言って役所のような所に指をさした。早歩きでそこに向かうと、沢山の大人の《《人》》や子供がいた。みんな色々な《《仮面》》を付けている。豪華なドレスや自分で作ったような服の人もいる。初めての感覚に私は胸をときめかせ、はわわ~っと声が出てしまった。それを見たのか想生くんはすぐに私の手を握ったまま、スーツを着た男性に招待状を見せ、中に入った。中はシャンデリアが照らし、豪華な食事が匂いを漂せ、美しいピアノの音楽が雰囲気を明るくさせた。勿論、会話も丁寧だ。
「す、すごい…全部豪華だ…」
「僕も、こういう所は初めてだよ。あ、そこに僕たちぐらいの年っぽい子がいるよ。話しかけてみる?」
「う、うん…」
今日は仮面を付けているから、いつも嫌なことが今日は勇気を出せた。
「ご機嫌用。貴女たちは中学生でしょうか?」
「えぇ。私が中学3年の真由美で、この2人が中学1年の麗と千紘よ。貴方も?」
「はい。僕が中学2年の想生で彼女は僕のひとつ下の海月です。」
目の前にいる人たちは派手な色でボリュームのあるドレスを着ている。漫画でよくある悪役キャラのような印象だ。センスで口を隠し、偉そうな腕組をしている。関わったらめんどくさそうと勝手な想像をしていた。
「あら、彼女さんなの?」
「いえ。彼女は恋愛に鈍感なもので。」
前に猫子さんに言われたのと同じ事を言っている。そんなに私が何かおかしいのだろうか?
「まぁ、では昼食の後にあるダンス、私と踊っていただけないでしょうか?」
偉そうに言う女の人。
「…わかりました。一曲だけなら。」
ダンス…つまりそれは私がずっと練習してきたやつだ。この人達に想生くんを取られたくない。すると、モヤっとした気持ちが心の奥に現れた。けれど、まだ人との関わりに馴染めていないため、声に出すことができない。…ってあれ?このモヤっとする気持ち、一体何?そう考えていながら、想生くんと過ごして、いつの間にか昼食になっていた。
「ねぇ、さっきから大丈夫?返事が浅いけど…」
想生くんは心配そうにこっちを見てきているが、このモヤっとした感じがどうも嫌で、中々ほかの事に集中できない。机の上にある、温かいシチューやパンケーキ、冷たい炭酸やアイスだって味の感覚がわからなかった。
「何でもない。」
少し不機嫌なように私は言うと、想生くんは勘づいたかのように訪ねてきた。
「もしかして、僕が真由美さんのダンスの返事を受けたから怒ってるの?」
「⁈」
その言葉で、ハッとした。そうなのだろうか?私は想生くんが他の人に取られたくなかったから?モヤっとする気持ちはこれだったのか。私は…嫉妬してる…?想生くんに対して?
「ごめん。私、想生くんが他の人に取られたらって想像しちゃって。もし取られちゃったら、一生想生くんは、私に話しかけてこないで…楽しい時間が無くなっちゃうと思って。ずっとモヤモヤしてたの。」
そう伝えると、想生くんは黙って立ち上がり、私の腕を掴んで外に出た。そして、建物の裏側に行き、想生くんは私を挟んで壁に手を当てた。
「なっ何⁈」
「ねぇ、僕が他の女を好きになると思ったの?…そんなわけないじゃん。君は気づいていないようだけど、僕はこれでも君の事をずっと想ってるんだから。」
「じゃあ、なんで受けたの?」
「そんなの、断ったらなんかあるでしょ。あの人なら特に。悪口言ったりする人っぽいしね。」
「嘘。」
私がそういうと想生くんは少し黙ってから、こう言った。
「じゃあこれでも嘘と言える?」
その瞬間、想生くんは私の前で初めて《《仮面》》と取った。そして私の背中を手で支えて、唇にゆっくりとキスをした。
優しく、複雑な思いが伝わってくる紅掛空色の瞳で私を見つめながら。
作者はこの展開を待っていた。語彙力無くてすまぬ。