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お返し必須の想い
男子の一人称まじでこまる。「俺」「僕」はなんとなくしっくりこない。でもそれ以外のポピュラーなやつ浮かんでこない。
2025/10/04 お返し必須の想い
「バレンタイン、チョコくれない? 僕に。」夕暮れの道を並んで歩いて帰っていると、唐突に言われ、私は思わず足を止めた。数秒ほど黙ったあと、は?と声を漏らせば、発言した張本人である綾人はやっちまったという顔を浮かべた。
「あーだめならいい。」
そう言って再び歩き出す綾人の背中を追いながら、私は口を開いた。「いや、なんで? なんで私に頼んでくるわけ?」綾人が私のことを好きなわけはないだろうと思う。私と綾人はただの幼なじみであるし、そのような素振りも見受けられない。
綾人は気まずそうに口をもごもごと動かし、やがてつぶやくように言った。
「バレンタインのチョコ、どれだけもらったかって言うのがあるから。」
「は?」何を言っているんだと思った。「何それ? 競うわけ? 友達同士で?」私が眉間に皺をぎゅっと寄せながら訊ねると、目の前のこいつは、まあうん、なんて曖昧に頷いた。もう中3なのに男子達は何をやっているんだろうと、呆れすら感じた。
「それで綾人はモテないから、私にっていうことか。」ため息を吐きながら言うと、綾人は図星を突かれた時特有のうっという声を出した。
「で、作ってくれるの、くれないの?」綾人は少し大きな声を出し、話を戻した。私は自身のポニーテールの毛先を撫でながらあっさりと答えた。
「別にいいよ。お返しさえちゃんとしてくれるなら!」
今度は私が綾人に、現金だなーと呆れられた。そりゃあお返しさえしてくれるならなんでも良いものである。1週間後のバレンタイン、綾人に渡すチョコはどんなのにしようかと思考をめぐらせた。ブラックサンダーひとつでいいだろうか。いや、流石にバレンタイン感が無さすぎるかもしれない。溶かして型に流し込んで固めるだけの、超簡単チョコにでいいか。型は家にあったはずだ。ミルクチョコレートを買わなきゃいけないな。考えている私の足取りが自然と軽やかになっていたことに気がついて、少し悔しい。
1週間がたった、バレンタイン当日。私は作ったチョコレートを通学カバンに忍ばせ家を出た。と言って綾人にだけあげるのではなく、友達へ渡すものもいくつか入っている。綾人のチョコレートだけが特別綺麗に包装されている、なんてことも当然ない。そんなの、とうとう私が綾人のことを好きみたいじゃないか。
教室に入ると、教室はいつもよりも盛り上がっていた。チョコあげるー、ありがとー、私もこれ作ってきたんだー、なんて会話があちこちで交わされている。一応お菓子を持ってくるのは校則で禁止されているのだが、この日は例外という不思議な空気感に包まれていて、先生もこの日だけは軽く注意するだけなのだ。
私はすでに登校している友人たちにチョコを渡した。小さいチョコレートが2、3個ずつ包装されているような、ザ・友チョコ、という見た目のやつだ。市販のを溶かして型に入れて固めただけなのですごく簡単に作れる。綾人の姿も探したが、まだ来ていないようだった。
HR開始を知らせるチャイムが鳴っているときに、滑り込むような形で綾人は教室に入ってきた。腰を低くしながら席に着く綾人の頬は、恥ずかしさからか赤く染まっていた。
結局、私が綾人にチョコを渡すことができたのは、下校している時だった。チョコを受け取りながら、綾人はどこか信じられないような顔をしていた。
「何、私があげないと思ってたの?」
心外だと頬を膨らませると、綾人はゆるく首を横に振った。
「いや、そうじゃなくてさ、あの…。」
数秒の沈黙の後、いつもよりも小さく、少し低い声がその口から出てきた。
「今日の朝、チョコもらったんだ、その、多分、本命っていうか、それっぽくて、多分だけど。」
自分で言いながらどんどん動揺していく綾人を落ち着かせながら、私は内心で、勘違いだろうなと思っていた。ほとんど確信のようなものだった。だって綾人が告白されたとか、綾人のことが好きな子がいるとか、そんな話は私のこの15年間の人生で1度たりとも聞いたことがないのだ。
「そのチョコ、見せてみ。私が判断してあげる。」
胸を張って言うと、綾人は自身のカバンに手を突っ込んだ。中から出てきたチョコを見て、私は目を見開いた。
ハートの形をチョコだった。可愛らしいピンク色のリボンも着いている。大きさはそこそこあり、熱量が感じられるようだった。正直、誰が見ても本命だと認識できる。綾人の勘違いではなかったのかと衝撃を受けながら、私は口を開いた。
「本命…だなあ。」
「やっぱりそうだよなあ、ど、どうしよう、え、どうしよう。」
あわあわと視線を迷わせる綾人に、心臓が音を鳴らしているのを感じながら言う。
「告白されてないんなら、別にいいんじゃない。」できるだけ平静を装ってみせたが、上手くいったかは分からない。目の前の頼りなさげな男子は私の意見に少し冷静になったらしかった。
「ああ、たしかに、告白されてない、か、うん、されてないか…!」
まだ混乱しつつ、それでも納得したように頷く綾人の言葉になんだか安心して、私はほっと息をついた。
「ていうか、チョコ貰えたなら、私のいらないじゃん。」ふとそう思って綾人の手からチョコを奪おうとしたが、ひょいと避けられた。心底疑問だという表情で、綾人は首を傾げた。
「え、なんで? これはこれで欲しいんだけど…。」
「…ふーん。ならいいよ…あ、お返しはちゃんとね!!」
釘を刺すように言った。口を不機嫌そうにへの字に曲げたのは、にやけてしまうのをこらえるため。
来年は、綾人には友チョコよりももっと良いものをあげよう。特別なものを。もちろん、お返しは必須で。
意味不明で草