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年越し明け星
「何か、困ったことがあったら俺に言うんだよ。まだ19歳でしょ、絶対に力になるから」
昔と変わらず頼りになる従兄がそう言った。
その誘いを有り難く貰いつつ、未だに子供扱いされていることに少しだけ気分に落ち込んだ。
「…あのさ、|涼兄《りょうにい》。確かにまだ19歳ではあるけど一応これでも自動車の運転とか、契約とか結べるんだよ。煙草やお酒が飲めないだけで…」
「|一護《いちご》は免許取りたての初心者の車に乗りたい?」
「…いや…事故とか、怖いし…」
「そうだね。そういうことだから、《《今は》》任せてよ」
「…分かった」
言いくるめられたような気がしなくもないものの、人からの好意は素直に受け取るものだ。
窓を見れば、雪がクリスマスに次いで降り続けている。
降り続けて積もった雪を白兎が楽しそうに踏みしめては遊び続ける。
今年の干支は確か、午年だったはずだ。アルバイトをしているスーパーを飾りに馬の飾りが大量にあったことを他人事のように思い出した。
ふと、従兄である|和戸《わと》涼の方を見ると携帯をみて時間を確認している。
釣られるようにこちらもまた確認すると今年を越すまで、残り1時間を切っていた。
「…参拝、行こうか?」
そんな従兄の提案に俺は首を縦に振った。
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沈まなかった神社の境内の中で、暖かみのある白く細い手を握った。
角ばった朱色の角を撫でて額と唇が触れ合った。
「ねぇ」
不意に呼ばれて、互いの清い水色のイヤリングが重なり硝子質の音を立てる。
ほんのりと欲情したような醒めた瞳が交差して、額と触れた唇が更に本命へと行き届いた。
ずっと求めていたものに溶けるような甘さと満たされていく幸福感を感じた。
外はしんしんと雪が振り、見るだけでも寒く感じる。
「外ばかり見てないでよ」
「ああ……ごめん」
頬をやや紅潮させ、待つ姿がなんとも愛らしい。
小さく脆い花を丁寧に扱うようにゆっくりと愛撫した。
自分の身体の下で微笑む彼女に幸せを噛みしめた。
---
頭の中に騒音が響いた。
死に際の静かさとは違う騒音に生きている感覚があった。
目の前には赤黒い髪の男が5つほどの画面に分けられたパソコンの前で一つの画面を見ながら大きな声で喋っている。
あまり趣味ではないが、“配信”というものをしているようだった。
音を拾うことがないように自分が息絶えたはずのベッドの上に腰を下ろし、どこからか入り込んでいた猫二匹を撫でた。
「_それじゃあ、良いお年を」
|楓《かえで》は画面の向こうへ挨拶をして、世界を切った。
そして、そのままこちらを見てあの時と同じ笑顔のまま、言葉で身体を撫でてきた。
「…クリスマスは、どうだった?」
「|修《おさむ》達と一緒だったよ、お前は配信だったんだろ」
「あぁ……見た?」
「アーカイブなら」
「手厳しいなぁ…やっぱり、興味ない?」
「興味ない、というよりは…恐い。悟られたら終わりなものしか知らない」
「…大丈夫だよ、今は守れる」
「守れてない。ずっと犯された記憶があるままだ」
「でも、今は?」
「それとこれとは、関係がない」
鬱陶しそうに言い放って、いやに熱に浮かされた瞳を見た。祖父や周りの大人と同じ瞳だが、どこか優しさを感じた。
「…なぁ……お前、俺が死んだ後に…」
「…うん……」
「……具合、良かったのか?」
「具合は……良かった。…申し訳ないとは、思ってる」
「…俺は道具じゃない」
「分かってる、分かってるんだよ…でも」
「抑えきれなかったって?イカれてるよ、まだ俺が生きている内なら許せたよ。けど、死んだ後にするやつがいるかよ…」
「…ごめん、|秋人《あきと》」
「……今、言ったってしないからな。謝ってもそうだ」
「…こんな日にやる気なんてない。僕はただ…勇気がなかった」
「世間に晒してるような奴が、楓が?」
「本当に、ごめん」
「…もう…いい……過ぎた話だ…」
仮に生きていたとしても、今すぐにでも破裂しそうな風船を抱えていたような男が隣にいたのだから、やることはやっていただろう。
隣の猫はすやすやと熟睡したまま、起きることはない。猫や鏡、白兎は何も知らない。
正面でしょげた酒木がいやに可笑しくなって、おかげで口元がひどく歪んだ。
「なんで笑ってんの」
恨ましげに見る瞳に欲情した様子はない。この哀れな男はよく知っている。
逆に自分に強気で押して、覆いかぶさってくるような男は知らない。
「いや…過去に、囚われたままだなと思って」
「…もう新しくなるのに?」
「ああ、そう言えばそうだな」
「……外…出る?」
「…そうだな」
提案を呑んで、パソコンの時間を見た。
今年を越すまでに30分を切っていた。
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肌寒い空気が背筋をなぞった。
雪が広がった地面の上で、仕事の|先輩《パートナー》が意気揚々と午の描かれた絵馬を飾っている。
「絵馬、なんて書いたんですか?」
「“事件の発生率が少なくなりますように”、と。無理でしょうね」
「初っ端からネガティブですね」
「いいえ?今年…正確には来年に、ポジティブになれば良いんですよ」
「……どういうことですか?」
「始めからポジティブな考え方をしていれば、願いが叶わずとも良い気分かと」
「…横暴です」
「そうですか。良い案だと思ったんですけれどね…」
|鴻ノ池《こうのいけ》|詩音《しおん》。とても良い上司で先輩かつパートナーだが、時たまに奇妙な言動をすることがある。
以前、飲みにいった友人からは“ミステリアス系美人”だとよく分からない返答が返ってきていた。
確かに綺麗な人ではあるが、不思議と男らしい感情というのは湧き上がらないものである。
そもそも職務中にそういった考えに踊らされていては、弱みが増えるだけなのだが。
「そういえば、|榊《さかき》さんはどちらへ?」
「後で来るそうですよ」
「なるほど。待つ間、何をしましょうか」
「残り15分ぐらいしかないですよ?」
「良いんですよ、|桐山《きりやま》。全て完璧じゃなくとも」
「…単に面倒なだけでは…」
「気のせいですよ」
そう笑った鴻ノ池の声に合わせて、携帯の通知がポケットの中で鳴った。
今年を越すまでに15分を切っていた。
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|懐かしい男《ルネ=ルイーズ》が孫のように親しいリュミエールと掃除をしているのを見ていた。
博物館内を箒で掃いたり、空拭きをしたりと全員が掃除し終え、自販機からオランジーナを三本を買ってはリュミエールと、ルネへ手渡した。
「有り難う」
「…有り難うございます」
蓋を開く良い音が鳴って、ルネの頭に手を伸ばした。
「……なんです?俺は、|アンタ《アムール》の孫じゃないですよ」
「いや…こうしてみると、生きているんだろうなと思って」
「|生きた屍《ゾンビ》でも見てるつもりなわけ?」
「そうじゃなくて…君がリュミエールと並んでいると、実感があるんだよ」
「…だってよ、リュミエール」
唐突に名前を呼ばれて、飲みきりにかかっていたリュミエールはいやに苛立ったように応えた。
「私がお前と|友人《パートナー》だって言いたいのか?冗談だろ、幽霊は苦手だ」
「へぇ、悲しいな。俺は今、生きてるんだけどな。勝手に殺されちゃ困るね」
「…一度、死んだくせにか?」
「痛いところを突くなよ。化けて出てやろうか?」
「それなら、聖水でも試してみるか。せっかく、アメリカ人のキリシタンが近くにいるんだから」
「アンタ、俺をなんだと思ってるんだ…」
「有能なくせしてクビを切られた悪霊」
「………悪霊じゃねぇよ」
ため息をついたルネに代わって、リュミエールが「|Bouh !《ばぁ!》」とケラケラと笑い出す。
隣でルネは鬱陶しそうに手に持った飲み物を飲み干して、私に向かって呟いた。
「…まぁ……アンタとまた、話ができるようになっただけ嬉しいよ。別れの言葉も言えなかったからな」
ルネ=ルイーズ・カロン。
アムールブロープルミュゼの元警備員であり、本編軸である|ユニバース《オリジナル》では死んだ男。
今は死体が蘇ったように当時のまま、笑っている。
たくさんの美術品を見てきたが、これほどまでに奇妙なものは初めてのことである。
当の本人は、何も分かっていない。
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「ジャパニーズおせちってやつだ、食えよ」
嘲笑うようによく分からない食べ物が入った大きな重箱を見せる|レイズ《金になった男》・シルバーと隣で先につまんだのか吐き戻しそうな|ヴィル《V》・ビジョンズ。
「……ジャパニーズ…おせち?…もっと綺麗なイメージだったんだけど、それ中に何が入ってるの?」
「ナイトシティの店で売ってた合成肉や合成野菜とか…」
「要は安物、なんだね」
「ああ…てめえにはそう見えるか。コスパが良い品物って言えよな」
「物凄い安物は味を保証しないからさ…V、どうだった?」
自慢気に金を節約したレイズに代わり、少し項垂れたままのVが首を横に振った。
つまりは、
「物凄く不味い」
そうVが答え、非常に不満気な表情を浮かべて机の上に置かれた酒を手にとって、コップへ注ぎ、軽く呷る。
口直しのような行為にレイズは「元エリート様のお口にも召さなかったか」と笑って、こちらへ重箱を差し出した。
それに対して、Vが話をレイズへ振った。
「お前、味音痴か何かか?一回食ってみたらどうだ?」
「一度食ってる、とっても美味かったぞ」
「…10年も■■■■されてたから、味覚にバグが起きてるんだな。接戦の腕より、正常な味覚を思い出した方がいい」
「それなら、|天下の美食家様《オリオンのイーオン》に決めて貰うか?一応、|故人《アルド》の息子なんだろ?」
「…同じ結果になるだけだ」
「どうだか。金持ちってのは変な奴が多いもんだからな」
お互いに話を区切った後、レイズが重箱のよく分からない食材をフォークで掴んでこちらの口元へやる直後にVが口を開いた。
僕も口元に近い食材から離れて小言を、兄弟喧嘩のように言い合った。
「親戚に甘やかされてる子供みたいだな、良かったな」
「…もう子供じゃない」
「まだ18だ。俺は28で、10歳も違う。ある意味、子供だろ」
「だとしたって、君よりは…」
「周りに流されるような若手社長に何かを言われる筋合いはない」
「それは君もだろ?!」
「さぁな。少なくともお前よりは流されにくいよ」
「そう変わらないよ!」
言い合いが続く内、痺れを切らしたのかやけに焦げて炭に近しい匂いのする何かが口の中に突っ込まれる。
苦味とひどい塩味、脂ぎった硬いものが口の中に広がった。
軽く咀嚼して喉へVに渡された水でそれを流し込み、一息ついた辺りで言葉を絞り出した。
「……これ…なに?………卵?」
「へぇ、てめえは分かるんだな。そこで酒を嗜もうとしてるVは揚げ物って言ったんだがな」
「…普通に揚げ物って言おうとしたよ。おせちでもこれ、どこの部分?」
「伊達巻らしいな。錦玉子とか、出汁巻き卵って呼びもあった。お味は?」
「信じられないくらい不味いね。流石、ナイトシティの|金《ゴールド》になった男だよ」
「……ああ…てめえら、下水でも呑んでるんじゃないのか?」
「まさか。うざったいくらい“高級”の枕言葉がついたものばかりだよ」
「はぁ、趣味悪いな。アルド・クソリオン同様に」
「アルド・オリオンね」
「どっちだっていい。クソはクソだ」
言い切ったレイズがおせち擬きを口に放おった。
少しだけ、咳き込んでいた。
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|女神の泉《聖杯》で珍しく酔いつつあるキアリーを見ながら、酒場のメニューにある“レイズ・シルバー”を暇に頼んだ。
隣で座る酔人は頬を紅潮させて年甲斐もなく、へらりと笑ってカウンターでコップを拭くラムに話しかけていた。
「なぁ、聞いてくれ。ラム、ラム・ラインブレット。
Vが最近、診察にすら来やしないんだ。あの一匹狼が頭から離れたからって言って安心だと思い込んでるんだ」
「……別にいいじゃないか。あのクソッタレとの同居生活が終わったんだろう?キアリー、医学的に何か問題があるのかい?」
「大有りだ、クルーラーで脳に多大なダメージが残ってるかもしれないんだ。Vがここに来たら、来るように言ってくれ」
「ああ…覚えておくよ」
心底、面倒くさそうに話を聞いて作業を続けるラムに僕も口を開いた。
「日本は新年らしいね。ここもそうだけど、パーティでもするの?」
「カウントダウンパーティのこと?さぁ、そこで酔い潰れてる男らが勝手にするだろうさ」
「ああ、ホームパーティじゃないんだ」
「|伝説《レジェンド》のおさがり中古はお気に召さないのかい?」
「…まさか。酒に全部流れて清々するね」
「へぇ、ようやくお立ち直りされたわけ?」
「ああ……本当に、ね…」
酒の席で容赦なく抉ってくる言葉から逃げるように液晶のニュースを見た。
ラーニ放送局が新年の前の挨拶をしている。
ただ、それだけだった。
[グッモーニング、次の|伝説《レジェンド》!
日本同様、セカンドニューヨークもナイトシティもネオワシントンも…
皆が皆、新年まで残り30秒!
飯は食ったか?トイレは済ませたか?ヤることはヤったか?
全部終わった奴等は“ラーニ”の前で、叫ぶんだな!
5、4、3、2、1……ようこそ、セカンドニューヨークへ!
そして…|Happy New Year《良いお年を》、|NEO USA of LEGENDS《新アメリカ合衆国の伝説達》!]
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しんしんと降って肉球を濡らす雪がぽふっと音を立てる。
雪の山の中に猫型の穴の中から|チャシャ猫《ブラザー》の尻尾がゆらゆらと揺れている。
遠くでは花火が打ち上がり、近くでせっせと雪を集めているひび割れの目立つ花柄のティーポットの貴婦人こと、ティーが身体を震わせた。
「|兄弟《ブラザー》、何か音が鳴った。花が大きく上がったような音だ」
「…ああ、|兄弟《ブラザー》…花火が上がったんだ、いつまで雪と雪の間に身体を挟み込んでいるんだ?」
「|兄弟《ブラザー》…いや、ダイナ……その、俺は……雪から離れられないんだ…」
「……埋まったのか?」
「そう、だな……すまないが、|助け手《`【アリス】`》を呼んでくれないか」
「`【アリス】`は鏡が割れていないから、呼ばないが…そもそも呼べないが、まぁ…掛け合ってみるよ」
「…頼む」
いつもの優雅さはどこへ行ったのか、雪の奥から弱々しい声がした。
その声にため息をつきながら再度、肉球が冷たい銀世界へ降ろされた。
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「あぁぁぁぁ………終わらない!」
白く染めた髪に凛々しい顔をした男性、|空知《そらち》|翔《しょう》がひどく疲れたような顔をして、上へ何も書かれていない紙を投げた。
その行動にすかさず、隣の黒髪の男性である|柳田《やなぎだ》|善《ぜん》が注意を入れる。
「ちょっと、翔…それ片付けてよ」
「ぅえ…もう5時間も福袋のセールで広告ポスター作りですよ!こんなの俺、おかしくなりそう!」
「元からおかしいから大丈夫でしょ」
「元から?!」
喚く空知と少し苛立った様子の柳田の手元には何十枚と重ねられたチラシの束が十個程あり、どれも似たような構図と文字が書かれている。
両方ともペンを持っているが、利き腕ではない方の手はインクが写って下が黒くなっていた。
「…喧しいな……」
二人の前に置かれた小さめなパソコンの横から、長い金髪に火傷の跡が目立つ男性、|上原《うえはら》|慶一《けいいち》が顔を出す。
顔色があまり良いと言えないほど目の下のくまが目立ち、青みのかかった顔をした彼はどことなく普段の覇気が感じられなかった。
そんな彼の一言に柳田が言葉を返した。
「喧しいと言われても、僕ではないですし…そもそも三人しか現在勤務していないのに、ポスターを千枚ほど作れとは……些か無謀ではありませんか?」
「……分かってる。けど、これは国が決めたことだ……年末年始の福袋目当てに多くの“消費者”が来るだろうから、宣伝ポスターを作れってな…。
俺だって、こんなところで従業員の野郎二人といるより、愛らしい妻子と年越しを過ごしたかったさ」
「…リア充……」
「今はそのリア充がお前らと一緒になって仕事してるがな…」
手を額にやって消耗した上原がそれ以上、柳田に何かを言うことはなかった。
上の人間ですら、そのような状態にあることに諦めたのか柳田は席に座り直した。
代わりに空知が手を動かしながら柳田へ問いを投げかけた。
「そういえば、一護君は?|松林《まつばやし》さんとか、|遥《はるか》さんとか…」
「一護君は和戸さんと。松林さんは春コミの原稿。遥さんはお兄さんの|修《おさむ》さんと、だよ」
「……とりあえず、僕より充実してそうなのは分かりました」
「全部の仕事が終わったら、遅い初詣にでも行こうか…」
苦笑いを浮かべた柳田の発言に、空知が目を輝かせた。
真正面の上原がその輝きに驚いてサングラスをかける程だった。
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明るい部屋の中でタブレットからペンが走る音と、煙管から火がぱちぱちと爆ぜる音が響いた。
タブレットには何やら青年漫画のキャラクターがモノクロで描かれている。
桃色の髪にサングラスの向こうの青い瞳が刺す女性、|宮本《みやもと》|亜里沙《ありさ》はタブレットに向かって手を動かし続ける姪、|松林《まつばやし》|葵《あおい》をサングラスの向こうで目視する。
亜里沙が松林のタブレットを不意に覗くように身体を動かし、口を開いた。
「もう終わりそう?年、明けたわよ」
「…終わると……思いますか…?冬コミが終わって、春イベントがきて…夏コミがきて、秋イベントがきて…また冬コミが来る…。
創作の同人から逃れられないんです…」
「…そんなの、貴方が悪いんでしょ。脱稿しろと何度も言ったもの」
「…手伝って下さい…」
「貸し一つね」
そう言い切った亜里沙は隣で動くプリンターの原稿用紙を一枚取って中身を確認する。
なんとも綺麗な線で描かれたそれは、黒髪の端正な顔つきの男性が拘束されているようなものだった。
亜里沙はその男が何かに似ているような気がして、松林に問いかけた。
「ねぇ、このキャラクター」
「はい」
「…涼にそっくりなんだけど?」
「ああ…綺麗な顔立ちをしていらっしゃいますよね」
「それはそうだけど…元カレそっくりのキャラが多分、あれでしょう?ちょっとピンクな感じの…」
「そうですね、掲載する短編の一つの中の魔王×勇者パロですから…」
「…訴えられても知らないわよ」
「涼さんなら、許してくれると思うんです。優しいじゃないですか」
「……勝手にして」
「はい!」
威勢よく返事した松林の手は更に速度を増していった。
このまま行けば書き切れるかもしれない。
そう思いながら、かつての彼氏の優しさを思い出しながら亜里沙は時計の針を瞳に映した。
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「あけましておめでとうございます…僕は、|八代《やしろ》|亨《とおる》です」
空色の瞳に愛想の良さそうな雰囲気の男性が手を差し出した。
暖かそうなガウンに身を包んで、隣のもっさりとした黒髪の男性は従弟である一護と楽しそうに談笑していた。
「…あけまして、おめでとうございます。俺…僕は、和戸涼です。よろしくお願いします」
先の冷たくなった手を男性に差し出し、その手の冷たさに驚いた。
まるで死人のような冷たさで全身の毛が逆立つのを感じた。
それを悟られたのか、亨が「すみません」と言葉を漏らした。
直後に弟にあたる|十綾《とあ》がポケットからやや小さめの手袋を亨へ差し出し、亨が礼を述べる。
一連の光景に兄弟らしさを感じられ、頬が緩むのを感じた。
遠くの方を見ると、一護が手を振りながら参拝を促していた。
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ぽん、と羽が軽く打つ音がして、直後に地面にそれが落ちる。
着込んだ着物が汚れないようにそれを拾って目の前で笑う兄、|日村《ひむら》|修《おさむ》が「強いなぁ」と呟いた。
私は水でかなり薄めた墨を筆につけなから、ややクリーム色の髪につくことがないよう彼の頬に丸を描いた。
その過程で、兄が瞼を閉じつつ、口を開いた。
「…ちょっと擽ったいな…」
「三敗ですからね」
「分かってるよ、何が欲しい?」
「特には…」
「……まぁ、焦らずとも今は待つからゆっくり考えるといい」
頬が黒く染まるのを見つつ、触れたそれが本物であることを再認識する。ひどく懐かしく思いながら指先が自然と黒く染まった頬を這わせた。
「…たまに…嫌な夢を見ませんか?」
「嫌な夢?」
「何か、愛しいものが離れていく夢です」
「…気になるのか?」
「いいえ、ただ……似ていると思って」
「それは…《《本物》》にか?」
「…ええ」
「……何も、気にすることはないだろ。私は君を確かに愛しているし、大事にしたい。そこに《《偽物》》の概念はない。常に《《本物》》であって、名目上は《《偽物》》でも、嘘偽りはない」
「そういう、ものですか?」
「…何も無理に受け入れろとは言わないさ、ただ私は…君が選択を得るのを与えるだけだよ」
「なら…ひとまず、中に入りませんか」
「冷えてきたから?」
「ええ」
「…あと…私達はもうこの世界の《《本物》》であるのだから、《《偽物》》ではなく紛れもなく《《本物》》だ」
「そう…ですね」
新しくなった年に、こういった話はするべきではなかっただろうか。
浮かれた頭が《《本物》》とは違う。また寂しい夢が浸り始めた。
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瓜二つの顔をした男性が身体の下で組み敷かれて、薄く口角を上げていた。それが首筋に浮いた玉のような汗と非対称で、なんとも優越感を感じる。
「…邪魔なんだけど」
いやに虚勢を張ったそれが猫のように威嚇する。新しく変わった年は姫を授けるらしい。
上からどかずにいると暴れ出した猫が爪を立てて肉を抉ろうと鋭い痛みが走る。ため息をついて身体を起こすと、今度は足に蹴りを入れられた。
「っぅ゙…」
「そりゃそうなるでしょ」
紺に近い青髪を弄りながら彼が笑って、綺麗に整えられた寝床に座る。
新年の内容が放映され続けるテレビを瞳に映しては、ぼぅっと呆けていた。
変わっていないのに、変わってしまった。そういう気がしてならなかった。
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ベールに覆われた鳥籠の中の黒い牛の骨頭をした|盲信者《サリエル》が永続的に降り続ける雪を泥に塗れた裸足で、|十字架《ロザリオ》を描く。
岩つつじの話が刺さった梟の頭部がその芸術家を見て、白銀の狼の肉球が青鱗の蛇の尾を掴む。
日本というものはいやにめでたい日のようで、どこもかしこも嫌気が差すような陽気で閑散とした音楽が流れ続けている。
かといって、|良い子《ハピー》であるとは言わない。
ふと、彼のその奇妙で愛しい口先から言葉が漏れる。
「ねぇ、| 悪い子 《バッド・ジャック》?」
「…なんだよ、|良い子《ハピー》」
「近日は我等が父の生誕祭であったそうですよ」
「だから?ほら、あの…“オショーガツ”ってやつじゃなくてか?」
「“ニホン”の文化など…私は気にしませんので、せっかくですから教会にでも…」
「一人で行け」
「………アモン」
「一人で行け、クソエル」
ああ、やはり…今のコイツは違う。見た目こそは完璧で、憧れたものだ。
しかし、違うのだ。本編のものも、今のものも。
めでたい雰囲気に包まれながら醸し出されるそれは、地獄を永遠と這っているようなものだ。
願わくば、深淵の地に足を下ろしたいものだ。
---
底なし沼のように瓶が沈んでいく。
その様を観ながら、何故か《《羨ましい》》と感じる。以前までは考えなかった、考えようともしなかった《《自由》》を掴もうと手を伸ばそうとする。
しかし、それも思惑通りなのだろう。あの■■■■■はそういうことを平気でするものだ。
あの白くなった私が、その結末だとでも言うのが脅しのようだった。
時折、この深淵に浸かった瓶が割れ、沈んだ先に何があるのだろうと《《知っているはずなのに》》知らないように思考が割れる。
それを奇妙だと思いつつも、口に出すことがない。その不自然さも、いつかは春の夢のように消えていくのだ。
雪が解けていくように、陽が明けていくように、幸せ事が思い出の中に消えていくように。
いつか、魅た|没案者《ビッグバン》も、全てを理解している|世界機関機体《灰被りの忠犬》も、私も……いつかは終が迎えに来るのだろうか。
**あとがき**
クリスマスで出ていないキャラクターは大抵出たような気がします。
鏡逢わせの不思議の国?…ああ、あれループしてるから時間の概念はほぼないんですね。
世神之神軸の🍤ちゃんも同様に、ループはしていないものの、時間の概念はありません。
そもそもマルチバース世界のキャラクターは本編終了後のキャラクターなので、何か比較的に平和な世界で余生をそこそこ幸せに暮らしてるんだなと思って下さい。
(本編に新年要素がないものも視点によってはありますね)
まぁ、たまに呼んで手厳しいことしますが癖なので気にしないで下さい。
では、挨拶を改めて。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ABC探偵