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第3話:ボイラー室の尋問
「釜爺! 出して! 今すぐ出して、あの人の情報!!」
バターン! と勢いよくボイラー室の扉を蹴破り、私は叫んだ。
煤にまみれたススワタリたちが驚いて、金平糖を放り出しながら四方八方へ逃げ惑う。
「……なんじゃ、ミコトか。やかましいわい。見ての通り、今は薬湯の準備で手が離せん」
六本の腕を忙しなく動かしながら、釜爺が器用に薬草を刻んでいる。
私はその作業台に身を乗り出し、真っ赤な顔のまま詰め寄った。
「薬草なんか後でええ! さっきのお客さん……あの、山みたいにデカいお方! 誰なん!? 名前は! どこから来たん!?」
「……ああ、あの御方か」
釜爺の手が、ぴたりと止まった。サングラスの奥の目が、少しだけ真面目な光を帯びる。
「ありゃあ、|猿田彦《サルタヒコ》様じゃ。八百万の神々が道に迷わぬよう先頭に立つ、『導きの神』よ。……滅多にこんな俗世の湯屋には来られんお方だがな」
「さるた、ひこ……様……」
その名を口にしただけで、耳の奥が熱くなる。
導きの神。……うちを、この神隠しの迷宮から連れ出してくれる、本物の神様。
「……何じゃ、おめぇさん。まさか、あの御方に『当てられた』のか?」
「あ、当てられたやなんて! 違うわ! ……ただ、ちょっと、タイプやっただけや……っ」
「図星か。……やめておけ。ありゃあ格が違いすぎる。油屋の一湯女が手を出して良いお方じゃねぇよ」
釜爺の言葉が、胸にチクリと刺さる。
わかってる。湯婆婆に名前を奪われた身で、高貴な男神に恋なんて。
……でも、あの黄金色の瞳に射抜かれた瞬間、私の「神としての魂」が震えたのは嘘じゃない。
「……そんなん、知らへんからね! 格がどうとか、関係ないわ!」
私は照れ隠しに、足元に集まってきたススワタリたちに向き直った。
小さな袋から、色とりどりの金平糖を取り出す。
「さあさあ、みんなー! お仕事頑張ったええ子には、これがあるよぉ。金平糖、欲しいかー!」
「キィキィ!」と、ススワタリたちが一斉に跳ね上がる。
「……なーんて、やっぱりあげなぁい!」
サッと袋を隠すと、ススワタリたちは「えーっ!」とばかりにズコッと転がった。
「あはは! 嘘嘘、次はほんまにあげる。……欲しい人ー!」
「キィーッ!」
「……やっぱり、まだあげなぁい!」
「……おいミコト、ススワタリをいじめて八つ当たりするな」
釜爺が呆れたようにため息をついた
「いじめてへん! これは『焦らしの美学』や! ……あかん、焦らされてるのは、うちの方や……」
三回目のお預けをした後、結局バラバラと金平糖をまいてやりながら、私は深くため息をついた。
ボイラー室の窓から見える、夜の海。
そのどこかに、今、あの人がお湯に浸かっている。
「……よし。……もう一回、ちゃんとお座敷で舞うてくるわ」
私は立ち上がり、朱色の髪を強く結び直した。
「看板娘」の意地。……せめて、あの人の記憶に一瞬でも残るような、最高の舞を見せてやる。
「なんだよ、もう……。心臓、うるさいねん……」
私は自分の胸を叩き、再び喧騒の渦へと飛び出していった。
🔚