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あの坂を越えて
『この坂を越えて、会いに行くから。頂上で待っていて。』
その言葉を、信じています。
私が恋した相手は|鈴鹿 一郎《すずかいちろう》といいます。ちなみに私は|一ノ瀬 春子《いちのせはるこ》と申します。
私達はお互い両思いで、親からも認められておりました。なので、将来は結婚するんだと思っていたのです。
しかし、戦争が始まってしまってしまい、その願望が打ち砕かれたのでございます。
一郎さんは戦争に行くことになり、離ればなれになってしまいました。
「一郎さーん!」
村の集落の、桜の木のある大きな坂から、街へ行く彼を見送りました。
「この坂を越えて、会いに行くから。頂上で待っていて!」
一郎さんはそう叫んで、手を振ってくれました。
私はその世中が見えなくなるまで見送りました。
結果、帰ってきたのは小さな骨壺だけでした。
一郎さんは約束を果たすことができないまま、天に召されてしまったのです。
村のみんなは引き止めましたが、私は彼のもとに行くことを決めました。
そっと、足を踏み出して…
夜桜が舞い、月光に照らされながら、落ちていく。
最期に花びらが一つ、舞ったのでした。