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公開中
全ての世界が一つになった時 総集編
全せか主題歌
https://youtu.be/IIQvPjJpego
闇鬼
作詞作曲
基本的P
歌詞
こんなに暗い暗い部屋の中で
何で僕は
こんなになっているのに
どうして?
きみはいつものように
彼と笑っているの?
どうして?
僕は闇に落ちていくのに
ねぇきみは後悔をするんだよ?
それでもいいの?
選択を!!
はじまる
この銃を彼のため
きみの胸に構えて
はじめるよ
いつかは
君に復讐を
すべては僕等のため
気づけばいないいない
「彼」も「僕」も「君」も
けどみんな闇に呑まれて
あはははっ
それでもきみはこんなに
涙を流しているの?
どうして
ぼくはこんなに闇に呑まれて
きみの優しさ忘れていたの?
Ah..
この力きみのため
最大限に使って
もう一度
僕たちまたきっと
どこかで
会える日がくるそうだろう?
「またね」と、
笑い合うんだ
「辛い」
最後にそう言ったのは、いつだったっけ?
もう、どうでもいい
第1話 出会い
「ちょっと‼︎この成績なんなの⁉︎」
親の罵声が響いた。
うるさ
俺、黒雪はため息を吐く。
「5教科450なんて当たり前でしょう⁉︎なんで450も行ってないのよ‼︎」
「毎日誰かさんの罵声のせいで勉強出来ないからじゃない?」
俺がそう返すと、俺にテストの個表を投げ捨てる。そして家を出ていった。
いつものことだ。別に気にする必要なんてない。
そう思い、俺は鞄に楽譜を詰めて家を出る。
向かうのはいつものスタジオ。
そのスタジオは、かなり珍しい感じのスタジオだった。
とにかく色々な物の設備や、オーナーの気配りが良い。
いつもと言っても、1ヶ月前から生き始めただけだ。けど、まぁオーナーや他の常連とはそこそこ仲良くやっている。
スタジオの前まで来て、ふと立ち止まる。
また、こうやって逃げるのか?
そう、心の中の自分が自分に問いかけた。
逃げてるんじゃない。
いや、逃げてるのか?
わからない。
スタジオのドアの前で、ただただ立ち尽くした。
「ねぇ…邪魔なんだけど。入らないなら退いてくれない?」
突然、後ろから声をかけられて振り向く。
恐ろしいほど、顔が整った男がそこにいた。
俺より身長は高く、めちゃくちゃ高そうな、金持ちが来てそうな服を着ていた。
風によってサラサラと流れる髪はとても綺麗で、目の透き通るような目だ。
初めての利用者か?
常連にはかなり会ってきた俺が一回も見たことがない。
「ねぇ…」
言われて思い出す。退けと言われたんだっけ?いや、俺も入ろうと思ってたし丁度いいか。
俺は扉を開けてスタジオに入る。
「お、黒雪くんやっほー」
中からオーナーの声が響いた。
そしてオーナーは、俺の後ろの男を見て笑顔を深めた。
「わぁ、紫雲くん久しぶり‼︎」
「お久しぶりです」
男…紫雲はそう言うとニッコリと微笑んだ。
眩しい。
笑顔が眩しい。なんだコイツ。
そんな事を思っていると、スタジオの奥から1人、俺と仲がいい常連、長谷川が出てくる。
「ん?お前ら知り合い?」
長谷川のその問いに、俺は首を横に振った。紫雲は、俺の方を見てから笑顔を浮かべる。
「まさか」
………ん?
今、俺を見る目がとてつもなく冷たかった気がした。コイツ、かなり猫被ってるんじゃ…
「なぁおい紫雲。そういえばお前大丈夫なん?」
長谷川のその問いと、紫雲の答えには、微妙な間があった。何かを考えるようにしてから紫雲は口を開く。
「まぁ…一応」
紫雲のその答えに、長谷川は気まずそうに頭を掻く。
「あーなんか悪かったな」
なんだ?
スタジオに流れていた空気が少しだけ重くなった。気まずい。
「オーナー。このガキ誰ですか?」
そして紫雲は何事もなかったかのように、笑顔でオーナーに俺を指差して問いかける。
ガキ…だと?
俺の何かがブチって切れる。なんとなく気づいたのかオーナーは引き攣った笑顔を浮かべた。
「あ、あのね紫雲くん。黒雪くんは高2で紫雲くんと同い年…」
「え…?」
「は…?」
俺と紫雲は同時に呆けた。
コイツ、同い年なのか?
年上かと思ってた…
「え、高2…?この人が…?へぇ…高2…」
ボソボソと呟く紫雲の感情は、聞かなくてもわかる。
「小さいね」
そして放たれたその言葉。
俺はブチギレた。
「ふざけんなっ‼︎」
確かに小さいのは認める。
身長148cmなのも認める。
たまに小学生に抜かされてるのも知ってる。
だがそれをこんなハッキリ言うか⁉︎
「あー黒雪くんだっけ?なんか演奏してみてよ。俺、君がどんな楽器使えるのか気になるなぁ」
紫雲はそう言ってフッと微笑んだ。
コイツ、絶対に馬鹿にしてる。
俺はそう思い、中央のステージを使う許可をオーナーに貰ってから、スマホをスピーカーに繋ぎ音楽を流す。
そして、キーボードに手を添えた。
なぞっていく。
自分の思うままの音楽を。
響かせる。
聞かせる。
これが俺の音楽だ。
丁寧に、全ての感情を込めて、俺は音を奏でる。
最後の一音を弾き、手を下ろした時だった。目の前の紫雲と目が合う。
俺がこの独特なスタジオで馴染めたのはこれだからだ。
このスタジオは実力主義だ。
常連は実力がある者以外に話しかけない。
勿論、実力のない常連なんていない。
あの紫雲って男がどのくらい前からここに何回通っているのかなんて知らない。
アイツも実力はあるんだろう。
ただ俺はこの1ヶ月で、ほとんど全員を追い抜いた。
音楽への愛と実力で。
コイツも抜いてやる。
所詮俺が見かけたことがない程度の常連。
勝ち誇ったように紫雲を見つめると、彼は微かに微笑んだ。
さぞかし楽しそうに。
ただそれでいて、馬鹿にしているような笑顔だった。
「おーどうすんだ?紫雲。喧嘩売られてんぞ?」
「実力主義のこのスタジオでねぇ。あの黒雪くんは1ヶ月で馬鹿みたいに抜いてきたんだよ?」
長谷川とオーナーが紫雲にそう声をかける。紫雲は口を開く。
「なるほどねぇ」
ただそれだけ言って微笑んだ。
ただそれ以上は何も言わない。アイツは演奏する気もなさそうだ。
「アレ?紫雲くん喧嘩買わないの?」
オーナーの問いに、紫雲は不気味に微笑んで言い放った。
「買う価値もない」
冷たい言葉だった。その言葉が胸に刺さる。
コイツ今、なんて言った?
優しそうな笑顔を浮かべる中で、目だけが鋭く光っている紫雲は、何事もなかったかのようにオーナーに個室を借り、俺の横を通り過ぎていく。
すれ違いざまに、ボソッと耳元で呟かれた。
「思っていたよりかは良かったよ」
「っおい‼︎」
振り返ってそう叫んでも、華麗にスルーされた。
思っていたよりか…アイツはどれほど俺を下に見ていたんだ。
それだけじゃない。ならアイツはどれほどの実力を持っているんだ?
「黒雪くん、紫雲くんのあの反応は案外黒雪くんを気に入ったみたいだよ?」
オーナーのその言葉に、俺は呆然とする。
あれで…?
「ああ見えて、紫雲くんはこのスタジオのナンバーワンだからね」
ナンバーワン…
スタジオに行き始めた時に聞いたことがある。
『最近ナンバーワン見ないな』
とか
『あの実力には誰も勝てん』
とか…
オーナーも最初に言っていた。
『ナンバーワンは、このスタジオで1番の実力を持っているよ』
と。
アイツがナンバーワン…?
あんな猫被った同年代のやつが…?
勝ってみたい───
第2話 歌
「おい、お前。俺と歌の勝負しろよ」
個室から出てきた紫雲に、俺はそう声をかけた。
「う…た…?」
呆然と俺を見つめた紫雲に俺は頷いた。
「ナンバーワンならなんでも出来るだろ?俺、結構歌には自信があるんだ。だから…」
「歌は無理」
速攻で却下された。
ただ、この断り方、もしかしてコイツ歌が苦手なのか?
所詮、ナンバーワンと言ってもその程度なのか?
「おい、逃げんなよ‼︎お前声綺麗だし、歌も上手いんじゃ……」
「黒雪くんっ‼︎」
突然、オーナーに止められる。目の前の紫雲は、もうあの笑顔を貼り付けていない。
死んだような、何の希望も持ってないような、そんな目で、俯いていた。
「ハハハッ…」
乾いた笑い声が響く。紫雲が下を向いたまま笑っていた。
「そうだよ。俺は歌が苦手なんだよ。俺に歌なんて必要ない。君は1人で歌ってなよ」
なんだ、それ
息を呑む俺に、紫雲はあの死んだ目のまま俺の事を見つめた。
「思い出したわぁ。どっかで見たことあると思ったら…君、夕星高校の生徒会の会長だよね。なんか高1で先輩全員蹴落として生徒会長になったって聞いたから、どんな天才かと思ったら、すごく馬鹿でガッカリしたっけなぁ」
「ハ……?」
なぜ、そんな事を知っているんだ?
というか馬鹿?
コイツは何を言って…
「俺はもう歌わないって決めたんだよ。君と勝負する気も全くない。君みたいな馬鹿なやつとは関わりたくもないね」
紫雲はそう言い捨て、オーナーにお金を払って去っていく。
なんだ、コイツ。
オーナーは気まずそうに俺に呟いた。
「彼は、歌えないんだよ。声が出なくなるんだ。歌うと、彼は発作を起こす。昔はすごく、大人気の……いや、喋りすぎたね。なんでもない」
気になる所で止めやがった。
さっき長谷川が言っていた、大丈夫か?というのは、もしかして発作のことか?
アイツと俺が1ヶ月で会わなかったのも…
昔はなんだ?
第3話
「おーい黒雪、今日私立晴城高校の生徒会との定期会議の日だろ?」
先生に呼び止められ伝えられたその内容に、俺は頷いた。スタジオに行く時はいつも、髪をセンター分けにしてワックスで固めてているが、いつもは分けることなく、伊達メガネをかけて生活している。声だって、少し変えている。
より、真面目に見せるためだ。
私立晴城高校───
俺たちの私立夕星高校と同じトップクラスの学力を持っている。
この二つの学校の1番の違いは金持ちかそうじゃないか、だ。
晴城高校は金持ちが集まった男子校。
そして夕星高校は、一般人が集まった共学校だ。
ただ校長同士が仲がいいためか、生徒会は月に一回定例会を行なっている。
生徒が騒ぐとかなんちゃらの理由で毎回俺らの学校でやっているのだが──
「あーそれでな、今日ちょっと急遽こっちの会議室使えないから、今回は晴城高校に行くように」
「───は?」
いや、おい。
1年の時、会長になってから初だぞ?
そんな簡単に変わるのかよ…
確か向こうの学校も俺と同じで生徒会長が高1で全先輩蹴落としてなったんだっけ?
なんか、何かが胸に引っかかるわ──
~放課後~
「会長♪楽しみですね、晴城高校」
電車で移動中に、隣にいた女子がそう声をかけてくる。
夕星高校生徒会会計、1年の紗英だ。
夕星高校と晴城高校の生徒会は、会長が他のメンバーを指名する制度だ。
俺と同学年で去年一緒に生徒会をやってた奴が、生徒会を抜けたいと言ったため、代わりに入れた今年からの新メンバーだ。
ハーフツインに結ばれた髪は綺麗で、容姿もいいからか、やけにモテる。
「紗英、会長はどんなに小さくてもお前の先輩なんだからちゃんと敬えよ?」
そしてその隣からあからさまに俺をディスった声が聞こえる。
夕星高校生徒会副会、2年のけい。
文武両道の完璧男子。
ただ、うざい。
「七篠‼︎お前そろそろ着くから今から寝るな‼︎」
そして俺はもたれかかるように寝始めた男子を起こす。
夕星高校生徒会書記、高2の七篠。
いつもぼーっとしており、すぐに寝る。
面倒だが仕事は早い変なやつだ。
「はい!とーちゃく♪」
晴城高校の前に着いた時に、紗英はとても楽しそうだった。
それにしても、デカいな。
城か何かか?ここは。
「いやー私感動しちゃいます‼︎まだ5月で私は合同定例会2回目なのに晴城高校に来れるなんて!」
はしゃぐ紗英を連れて、俺たちは晴城高校に足を踏み入れた。
周りの生徒の目が俺たちに集中する。
「女子がいる──」
「え、あの子可愛い…」
「アレが夕星高校だってさぁ」
「てかアイツ小さいですね」
─────────うるせぇ
やけにモテてる紗英に、やけに馬鹿にされてる俺。
うざいな⁉︎
そして踏み入れた校舎。
歩いてる途中も、周りの生徒が群がっていた。
「おい‼︎生徒会がお通りだ‼︎」
誰かの声が聞こえた瞬間に、生徒全員が脇に避け、頭を下げた。
目の前の光景に釘付けになる。
金持ちのボンボン達が、一斉に頭を下げているのだ。
そして奥から来る7人組。
晴城高校生徒会メンバーだ。
俺たちの学校とは違い、会長以外の役職は2人ずついるため、人数が少し多い。
そしてこいつらは、去年から誰1人としてメンバーが変わっていない。
「本日はお越しくださりありがとうございます。私達の後に着いてきてください」
そう言い、1番後ろにいた男子が前に出てくる。
メガネをかけてる秀才系男子──
晴城高校生徒会会計、高2のおと。
「お荷物お持ちしますね」
そして俺が持っていた荷物をひょいと取り上げた人物は目だけが笑っていないように見えてしまう笑顔を浮かべた。
「客人には丁寧な対応が基本ですから」
晴城高校生徒会書記、高2の孌朱。
「お茶菓子の用意をしてきます」
そう言って、とある2人は去って行く。
晴城高校生徒会会計、高2の氷夜。
晴城高校生徒会書記、高2の屑洟。
そして先頭にいる3人は俺たちへ一斉に挨拶をする。
「「「本日はよろしくお願い致します」」」
晴城高校生徒会副会長、高2のラス。
晴城高校生徒会副会長、高2のガク。
晴城高校生徒会高2の生徒会長──
そこで俺はふと思った。
そういえば、俺は会長の名前を知らない。メガネをかけていても隠せないイケメンの顔に、全てを探るような冷たい瞳、冷酷で秀才を思わせる彼の名前を、俺たちは誰も知らない。
晴城高校の生徒会メンバーはみんな‘会長’としか呼ばない。
そして、まじまじと見ていてようやく気がついた。
コイツ──
こないだ会った時は、この冷たい雰囲気もなく、冷たい瞳もなく、眼鏡もかけていなくて、髪も下の方を軽く紫にしていたし、薄っぺらい綺麗な笑顔を貼り付けていて、声も変えていたから気づかなかった。
「しう────」
「それでは、早速話し合いに入りましょう」
俺の言葉を遮るように、副会長であるラスが口を開く。
甘い笑顔を浮かべ、俺の方をその笑顔のまま、冷たい瞳で見つめた。
コイツは、最初から気味が悪い。
コイツというか、この学校の生徒会全員だが。
第4話
話し合いは、予想以上にスムーズに進み、各々解散という形になった。
けいや、紗英、七篠が帰ったのを見て、ガクが俺の方を見る。
「黒雪さんは帰らないのですか?」
「会長と話がしたい」
俺がそう言うと、部屋がシーンと静まり返った。
晴城高校生徒会メンバー全員が、俺の方を見る。
弱みを探るような、今にでも弱みに漬け込んで潰してきそうな冷たい目で。
「お断りします。会長はあなたと話す時間があるほど暇ではございませんので」
孌朱はそう言うと、笑顔で俺を部屋から摘み出した。
「本日はさようなら」
ちゃっかり鍵も閉められる。
コイツら────
客人への対応が汚いじゃないか──
~ガクside~
礼儀のなっていない害虫──夕星高校の生徒会長を追い出してから、俺は会長──紫雲の隣に座る。
「おいガク、そこは俺の席だ」
そして後ろから孌朱に引っ張られた。
ケチだな。
たまには紫雲の隣を譲ってくれたっていいのに。
「それでぇ?黒雪くんはなんで紫雲と話したがってたの?」
ラスがちゃっかり俺と孌朱を押し退け紫雲の隣に行き、紫雲の顔を覗き込みながらそう問いかける。紫雲は、書類から顔をあげ、笑顔を浮かべた。
「────なんでだろう?心当たりがないなぁ…」
メガネを取り、髪をかきあげそう言う紫雲の動作一つ一つに見惚れる。
そして紫雲のその言葉に、氷夜が新しいお茶を淹れてから呟いた。
「どうせまた変なこと言ったんでしょうね」
「しうさんは抜けてますからね」
近くにいたおともそれにのり軽く笑ってそう言った。
「おと──お前それ紫雲への侮辱?」
「い、いや、違います‼︎」
怒ったような屑洟の問いに、おとは速攻で否定した。そして黙り込む。コイツ、結構生意気だよな。
「心当たり──心当たり──あぁ、君みたいな馬鹿なやつとは関わりたくもないねって言ったかも」
そして紫雲のその答えに全員が固まった。
流石にそれは、うん。
事実でも言わない方が良いことだ。
「発作のことで色々あってね。ウザイからつい」
そして重ねられたその言葉に、全員がさっきとは違う意味で固まった。
「あの生徒会長、今すぐ処してきます」
ラスが浮かべる笑顔に殺意が混ざった。
「俺も着いていきますね。首を跳ねてやりましょうか」
俺は親指で首を切るジェスチャーをして笑顔を浮かべた。
「海に沈めて来ます」
「俺の紫雲を傷つけた罪を死んで償って貰わないと──」
「とりあえず毒盛りますか───」
「なんなら死ぬまで拷問を──」
氷夜も、孌朱も、屑洟も、おとも、全員がそれぞれ殺意を露わにした。
紫雲はため息を吐く。
「やめてくれ。生徒会メンバーが人を殺すなど一生の恥だ」
ならバレないように──
そう誰もが思っただろうが、紫雲の言葉なら従うほかない。俺も含めて、全員が残念そうに口を紡いだ。
さて、けどそれじゃあ黒雪くんはどうしてくれようか。
紫雲と彼が接触する可能性がある場所──
あぁ、スタジオがあるか
いや、けどあんなやつが楽器を演奏できるか?あの実力主義の場所で?
まぁとりあえず────
「紫雲、今日一緒に帰────」
「紫雲‼︎今日は俺と帰ろうね?」
「紫雲、折角だし今日一緒に」
「紫雲は俺と帰るよねー?」
「紫雲今日は一緒に──」
「しうさん、良ければ今日一緒に帰りませんか?」
俺が喋り出した瞬間に、他の全員が被せるように口を開く。
コイツら────
「ねぇ、紫雲。紫雲は誰と──」
「────────1人で帰るわ」
冷めたような返事が返って来た。そして鞄を掴み部屋を出て行く。
「あぁ──今日も誘えなかった」
「お前らが被せてくるせいだな」
「いや、けどあの冷たさが良い──」
変態か、コイツらは。
「さて。それじゃあ紫雲も帰ったみたいだし、黒雪くんの始末について考えよっか」
ラスが開き直ったようにそう喋る。
さて──
俺たちは紫雲のためなら、なんだってやってあげるからね…
~ガクside DND~
第5話
ん──?なんだ、この歌声。
ふと歩いてると聞こえて来た声に立ち止まる。
綺麗な、歌声だった。
こういうのをイケボと言うのだろうか。
透き通っているようで、綺麗で、安心する。
そしてとても引き込まれる。
そんな歌声だった。
自然に、声が聞こえる方へ足を進めていた。
ただ突然、歌は止まる。
ゴホゴホと、苦しそうに咳き込む音が聞こえて来た。
ヤバいんじゃないか?
俺はそう思い、音の方へ走った。
ただそこにいた人物を見て、固まった。
紫雲だ。
苦しそうに心臓を抑えながら、咳き込みながら屈んでいる。
そして紫雲は、晴城高校の制服に、生徒会の紋章が付けられていた。
やっぱり────
晴城高校生徒会長は、コイツなんだろうな。
髪の紫のメッシュも入っていない、ほとんど会長の状態の紫雲がそこにいた。
「いつ、まで、そこにいるんだい?黒雪、くん」
声をかけられる。
コイツ、気づいて────
「あーあ。君にだけは聞かれたくなかったんだけど」
紫雲はそう言うと、少し無邪気に笑っていた。
なんだ、コイツ。ちゃんと年相応な所もあるじゃん──
「俺さぁ──音楽ってよく分からないんだよね。だから、君の演奏を聞いた時は本当にビックリしたよ。こんな純情に音楽を愛してる人っているんだなぁみたいな」
紫雲は、らしくない口調で突然語り出す。
「けどさぁ、それだけじゃ成り立たないんだよ。君には一個欠けているものがある」
紫雲はさっきまでの苦しそうな声は嘘かのように、立ち上がり、嘲笑うように俺を見た。
「あ、それと気をつけてね黒雪くん。なんか俺の生徒会メンバーが君のこと殺したいらしいから」
「──────はい?」
意味不明なことを言って去って行く。
本当に、なんだコイツ。
あ、ていうか今時間────
ヤバい。遅刻する。
流石に生徒会長が遅刻とかはな──
そう思って走って学校に向かった。
~放課後~
「ねぇねぇ、校門にいるのって晴城高校の生徒会メンバーじゃない⁉︎」
「え、だけど2人だけ──?」
「え、てかヤバ。イケメンすぎる」
女子達がキャーキャー騒いでるのに気づき、外を見て固まった。
ラスとガクがそこにいた。
俺は急いで階段を降り、校門に向かう。
「ねぇ君さ、なんで黒雪くんを蹴落とそうと思わないの?」
「君の才能なら、出来るはずなのにねぇ」
2人に、言い寄られてる生徒がいた。
けい、だ。
「黒雪は、アレでもすごく立派な会長なんで。俺は着いていきたいだけですよ」
けいはそう言って去って行く。つまらなそうにため息を吐いてから俺の方を見て、2人はようやく俺がいることに気づいたらしい。
「あ、聞かれてた?」
「ガクが不用心だからねぇ──」
「ハァ?お前の方が不用心だろ」
そして笑顔で言い合う2人。
何しに来たんだ、コイツら。
「あぁそう。黒雪くん。今日ここに来たのはね、君と話がしたかったからなんだ。ついてきてくれるよね?」
笑顔でそう問いかけてくるラス。
無言の圧に、俺は仕方なく頷いた。
そしてやって来たのはどこぞの豪邸。
「ラス様、お帰りなさいませ。ガク様、ようこそいらっしゃいました」
使用人達が一斉に頭を下げる。
俺は、いないような存在だった。
ここ、ラスの家か?
「あ、でねぇ黒雪くん。ちょっとだけ痛いの我慢してね?」
「────エ?」
上から振り落とされた何かに撃たれ、俺はその場で意識を失った。
第6話
~ラスsaid~
「───あーあ。コイツどうしよ」
俺は倒れた黒雪くんを軽く足で蹴ってから呟いた。
「氷夜の意見採用する?海に沈めるとか」
ガクが楽しそうに笑った。コイツ、結構悪だな。
俺の懐から突然、着信音が鳴る。
「もしもし?」
【ラス──ガクもいるだろう?俺はやめろと言ったはずだが】
そして聞こえてくる紫雲の声。
「さて、なんのことだか」
【いい加減にしろ──。俺はそんなこと望んでない】
「全てお見通しってわけか」
俺は思わず笑いが溢れる。
「ハハハッ‼︎アハハハッ」
俺の笑い声に、近くにいたガクは顔を顰める。きっと紫雲も、電話越しで顔を顰めたのかなぁ?
あぁ───
想像しただけで興奮しちゃう。
【ラスもガクも──いや、特にラス。お前はいつも度が過ぎた行動が多い。俺はお前に‘仕事以外で人を殺すな’と言ったはずだ。何人だ?約束を破ったのは。お前が俺に隠し通したつもりでいるお前が殺して来た奴等の名前を全部言ってやろうか?黒雪くんを入れてしまえば100人目だ。俺がお前と約束してから100人目。流石にそろそろキレるぞ】
そして長々と続く紫雲からの説教。
黒雪くんが99人目だったら見逃してもらえたかなぁ?
ちょっと残念。
ガクは、予想以上に人数が多かったのか、俺を呆然と見つめていた。
【──お前また良くないこと考えてるだろ】
紫雲の呆れた声が響く。
だって、しょうがなくない?
人を殺した時のあの絶望の顔、歪んだ顔、苦しむ顔、アレが好きで好きでたまらないんだからさ。
【ハァ──ガク、お前は約束してから23人だが、そろそろやめておけ。ラスと一緒にやったのはその内10回だっけ?ラスのくだらない性癖に付き合うな。面倒臭い】
そしてガクもついでというように説教される。
あれ、ガクって案外人殺してなかったんだ…
半分くらいは俺と一緒のやつなんだね。
なんか、意外。
【──ラス、そろそろやめないとお前生徒会から降ろすよ?】
そして最後に告げられたその言葉。
それに俺はスマホを握る手に力を込める。
「本当に降ろせるの?いや、まぁ降ろすんだろうけど。そしたら俺、生徒会メンバー全員殺しちゃおっかな」
【───この外道。ならせめてお前女との関係を切れ。今何人と関わりを持ってんだ…】
「今ぁ?んー、10、いや、13?」
「え、キモ」
俺の回答にボソッとガクがなんか言っている。
──聞かなかったことにしてあげよう。
【多すぎるんだよ。毎回毎回相手変えてさぁ…】
「え、もしかして紫雲嫉妬してくれてる?」
【────ラス、君が留学していた国ではマフィアとしての活動も、そういう複数との関係を持つこともそこまで問題にはされてなかったが、ここは違う。気をつけろ】
諦めたように紫雲はそう言って通話を切った。
「ラス、お前ヤバいな」
ガクのその言葉に、俺はにんまりと笑った。
「今更?」
何せ俺は最強のマフィアだったからね。
人を殺すのが趣味なんだ。
いうて目の前にガクだって、殺し屋だった。
対して何も変わらない。
ただ、そんな裏で生きている俺たちをまとめてる紫雲は、きっと本当に特別なんだろうね。
まだ若いその歳で財閥のトップに立ってさ、俺たち生徒会を纏めてるんだからね。
なぁ紫雲。
これでも俺はちゃんと君に忠誠を誓っているんだ。
きっとこの忠誠は、いつまでも君だけに注がれるんだろうね──
~ラスsaid END~
第7話
目が覚める。
そして目の前にいたラスは俺を起こすと屋敷の外に放り出した。
「アハハッ。ごめんごめん黒雪くん。ちょっと会長に止められたから何もしないであげるね」
そう言って笑ったラスのその甘い笑顔は、俺にとって恐怖でしかなかった。
紫雲が止めていなかったら俺はどうなってたんだ?
そう思ったが、考えるのをやめた。
無駄に考え過ぎないようにしよう。
その方が、身の為だ。
「本当、殺したかったな」
そしてボソッと聞こえたその声。
俺は振り向くことなく家に向かった。
予想以上に、晴城高校生徒会の闇は深い。
◆ ◇ ◆
あの日からしばらくして、特に何もなかった俺は、少し久しぶりにスタジオに行った。
そしてオーナーに問いかける。
「なぁ、あの紫雲ってやついつ来るん?」
俺の問いにオーナーは「んー」と考えてから言った。
「分からないね。あの子すごい気まぐれだから。来る時は毎日のように来るし、来ない時は1ヶ月こないね」
なんだそれ。
「あ、噂をすればだよ黒雪くん」
そして開いた扉の方を見て、俺は手に持っていた数枚の楽譜を落としてしまった。
おい、おい待て。
なんで、ソイツを連れているんだ。
「あ、ラスくんじゃん。久しぶり~」
──オーナーとも顔見知りらしい。
「あっれぇ、黒雪くん久しぶりだねぇ」
そして甘い笑顔で俺ににっこりそう微笑みかけた。
俺も、そこの2人も誰も制服は着ていないし、俺はスタジオモードの髪型に声。
紫雲もそうだった。
ラスは軽く髪にピンクと水色のメッシュを入れている。
コイツら、メッシュ好きだな。
きっとスプレーでもして学校の時は黒髪にしてんだろう。
そして紫雲は、俺が落とした楽譜の内、一枚を拾った。
あ────
ドラムの楽譜。
他の楽譜と違ってドレミの読み方がないから、初めて見た人は何を書いてあるのか意味わからないような楽譜だ。
紫雲はただそれを呆然と見つめていた。
「これ、オリ曲?」
「⁉︎」
そして俺に楽譜を渡してからそう問いかけてくる。
「なんで分かって…ドラムはどの曲もあまりリズム変わらないし分かりずらいはずなのに」
「分かりずらい?ドラム譜が?そういう物なのかなぁ?少なくとも俺は10000曲以上のドラムのリズムを頭に刻んでるから、結構すぐ見分けつくんだけど。こんな楽譜初めて見たからね」
サラッと口にされた言葉に、呆然とする。
そんな何曲も覚えていたら、基本的になんでも叩けそうだ。
というか、コイツの得意な楽器ってドラムだったのか?
紫雲は他にも俺が落とした楽譜を拾って見ている。
そして、ボーカルの楽譜を見たときに、少し固まった。そしてそれをラスに見せてから呟く。
「ラス、これ歌える?」
「勿論です」
ラスはその楽譜を見てからボソボソとメロディを刻む。
そして1分もしないうちに、にっこり頬絵んだ。
「完璧です」
ラスはそう言うと、俺に楽譜を返してきた。
「黒雪くん、キーボード演奏してくれないかな?」
「──?」
まさか、コイツら。この曲を演奏するつもりなんじゃ…
俺が楽譜を返そうとすると、2人はそれを無視する。
「「もう覚えた」」
ハ───?
この、一瞬で?
信じらんない。
そう、疑心暗鬼になりながらも、俺はスマホでギターでベースの音源だけを流す。
────完璧だった。
紫雲のドラムの入りは、恐ろしいほどあっていて、俺がイメージした世界線が、はっきり伝わってくるラスの歌い出し。
己の声の良さを最大限に利用したようなその声に、俺は演奏する手が止まる。
化け物だ
コイツらは、正真正銘の天才で、正真正銘の化け物だ。
曲の3分なんて、あっという間に終わる。俺は呆気に取られた状態で、曲が終わった。
紫雲はドラムのスティックをクルクル回しながら、ラスと楽しそうに会話している。
なんだ?
俺に足りないものはなんだ?
自身?
実力?
分からない。
「けどやっぱこの程度か」
そして紫雲はボソッとそう呟いた。
それは、俺の曲への感想か、俺の演奏への感想か分からないが、少なくとも俺を褒めた言葉ではなかった。
「あ、そうだ。黒雪くん。俺今日君に謝りに来たんだよね」
そして突然ラスが俺の方に笑顔を浮かべた。
「こないだのことはごめんね。良かったら、気軽に接してほしいな」
そしてラスは俺の手を握り、甘い笑顔を浮かべた。そして俺の耳元で口を開く。
「紫雲に手出したら、殺す」
初めて聞いたラスの冷たく冴えた声に、俺を息を呑む。
「それじゃあ、これからよろしくね」
コイツは、殺すこと以外頭に入れてなんじゃないか…
そう思わされる。
ラスはそれじゃあと言ってスタジオを出て行く。
本当に、これを言うためだけに来たのかよ。
「あーなんかごめんね」
そして紫雲は俺に適当にそう謝ってラスを追いかけて行った。
第8話
~屑洟side~
あれは、紫雲とラス───?
ふと、ふらふらと散歩していたときに見つけた2人に、目を奪われる。
なぜ、生徒会の仕事も何もないときに、2人が…しかも紫雲がこんなオフモードの時の格好でなぜ2人が一緒に…
ラス──アイツは色々とウザイ。
そんなことを思っていると、突然紫雲が振り返って俺の方にやってくる。
「屑洟‼︎今から一緒に俺の家来ない?」
珍しく楽しげな瞳で紫雲にそう問われる。
家?
紫雲の、家?
紫雲の───
「紫雲、そんなやつ誘わなくても」
そして後からついて来たラスがそう言った。
その言葉に、紫雲は心底呆れたような瞳でラスを見る。そして言い放った。
「じゃあ、君は来ないでね?」
「え?」
紫雲はそう言うと、俺の手を引っ張り歩き出す。
呆然と置いて行かれたラスが少し…
本当に少し哀れに見えた。
別に、その様子を見れて嬉しかったとかそういうのは断じてない。
そう。断じてない。
「屑洟さぁ、最近なんか俺と距離置いてない?」
────バレてたか。
俺は反応に困った。そりゃあそうだろう。
一緒にいると抑えきれなくなりそうだから距離を置いたなど口が裂けても言えない。
今だって、かなり危ない状態だ。
だってそうだろう?
こんな中々見れない紫雲の姿を見て、話している。
それだけで十分な興奮材料だ。
あくまで生徒会メンバーとして、一線を越えることは絶対に許されない。
「ねぇ、もしかして。俺のこと嫌いになったりした?」
気まずそうに、紫雲はそう聞いて来た。
良い…
思わずそう思う。
少し不安そうなその表情は、普段なら絶対に見れない。
少し困ったような、そんな表情。
たまらない───
俺はそっと紫雲の髪に手を添えた。
綺麗だなぁ
「屑洟、触り方がキモいんだけど」
「ん?ダメ?」
「ダメに決まってる」
「幼馴染の特権」
「ハァ?」
可愛い…
俺はどのメンバーよりも長く紫雲と一緒にいるんだ。
そう、勿論誰にも渡すつもりはないし、あの黒雪くんなんかとは会話だってさせたくない。
だから本当に、我慢出来なくなる。
「紫雲、キスしたい」
「───今は駄目」
少しだけ顔を赤く染めながら紫雲はそう言った。
‘今は’ね…
可愛いなぁ。
勿論、紫雲が望むなら待っててあげるけど。
本当は生徒会メンバー全員に宣言したいのに、紫雲が言わないでほしいとか言うから隠す羽目になるんだ。
普段過度な接触を避けてる分、こういう日は我慢出来なくなる。
「紫雲最近さぁ、ラスとやけに親しくない?こないだも電話かけてたし…俺妬くよ?」
「だってアイツが…いや。うん。屑洟は妬くと怖いからなぁ…ちょっとくらい許してよ」
紫雲の家に入り、防音の地下室に入れてもらう。
「で?なんで今日ラスと一緒にいるっていう連絡しなかったの?」
俺はネクタイを解きながら紫雲にそう問いかける。
「あのくらいなら、良いかなぁって…」
「そう。紫雲は俺のだからね?」
耳元で優しく呟くと、紫雲はホッとしたように笑顔を見せる。
可愛い、
2人なんだし、いっか。
紫雲の髪を軽く触ってから、俺は紫雲にキスをする。
「んっ──屑洟、優しく───」
あぁ───糧が外れる
~屑洟side END~
第9話
~おとside~
俺が生徒会室で作業していると、突然しうさんがお茶を淹れてくれていた。
「しうさん!そういうのは俺が…」
「遅くまで残っていつも仕事しているんだろう?俺も何かやらないと」
優しい。
しうさんを一言で表すにならそれだろう。
他の生徒会メンバーと違って、俺だけ高校に入ってから6人と知り合った。
場違い感があることは自分でもわかっている。
だからこそ人一倍の仕事をやらないと。
普段は冷酷で、天才の生徒会長だが、しうさんはかなり優しい。
一緒にいて、落ち着く感じの人だ。
仕事をしている時、ふと書類で分からないところが出てくる。
「しうさん、これはどういう──」
「あぁ、これは──」
あ───
しうさんの顔が軽く本当に軽く赤くなった。
きっと俺は信じられないくらい真っ赤なんだろう。
聞こうと思って立ち上がった俺と、教えようと思ってかがみ込んだしうさんと、唇が当たる。
「っお前何やってんだ‼︎」
そしてたまたま生徒会室に入って来た屑洟さんに胸ぐらを掴まれる。
「──ごめ、ごめんなさい‼︎すみませんでした‼︎」
俺はそう言って逃げるように生徒会室を出て行った。
やっば。
明日からどうしよ───
~おとside END~
~屑洟side~
たまたま、扉を開けたらそこで俺の紫雲とおとがキスをしていた。
きっと事故か何かだろう。
それでも、あの体制だと、紫雲からキスをしたみたいに見えて心底イライラする。
逃げていったおとに一発くらい食らわせておけばよかった。
「あぁ、屑洟。今のは」
なんで?
なんでそんな平然てしてんの?
ねぇ紫雲
なんで──?
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
「──屑洟、別れよう」
そして、突然紫雲からそう告げられた。
「──⁉︎なんで?俺のこと嫌いになった?ねぇ、いつから⁉︎」
突然のことに、俺は頭が回らなくなる。
「好きだよ。多分、ずっと好きだと思う。けどそれってさ、多分、付き合うとかとは違うんだよね」
紫雲のその言葉に、息を呑んだ。
あぁ、そうか。
そうなんだ───
誰かに何か言われたかな?
俺と紫雲の関係を知ってる孌朱はちょっと違うだろうな。
じゃあ誰が?
───アイツか?
そうだ。いつもアイツが───
そう思っていた時だった、スマホに何かメッセージが届く。俺と紫雲、同時に。
開いてから、俺は微かに微笑んだ。
「紫雲、俺がこれでナンバーワンになれたら、また付き合ってよ」
俺が微かに笑ってそう言うと、紫雲は、少しキョトンとした後、また笑った。
「出来るなら──ね」
【ナンバーワン決定戦】
毎年、あのスタジオが企画している企画だった。
4年連続王者の紫雲。
勝つなんて不可能だろう。
これは俺へのけじめだ。
あとついでに、
アイツに会う必要があるから──ね。
~屑洟said END~
第10話
スタジオから送られてたメッセージに、俺は呆然とした。
なんだこれ。
スタジオのナンバーワンってこんな風に決めてんのか?
俺はとりあえず明日、スタジオに行ってみることにした。
◆ ◇ ◆
スタジオに行くと、信じられないくらいの人がいた。
「あ、黒雪くん。来た来た。毎年一回スタジオでこれ開催してるんだけどね、最初に普段の実力とかを含めたスタジオ利用者全員の中で、自分が何番目かがスマホに表示されるんだけどね、この開催期間中に沢山バトルとかイベントとかあるから、そこでどんどん順位をあげてくっていうやつ。黒雪くん好きそうでしょ?」
オーナーは俺にそう言って笑った。
確かに、すごく楽しそう。
オーナーに言われた通りに申し込みをすると、スマホのアプリに、【黒雪】という名前と順位が書かれている。
21位/2352人
──俺の上に、20人もいるのか。
思ったより多いスタジオ利用者数に、思ったより低い自分の順位。
俺の上は、誰だ?
まずは紫雲と、長谷川。あときっとラスもそうだろう。もしかしたら晴城高校の生徒会全員か?
あぁ、きっと嫌な予感が的中した。
視界に入ったのは、生徒会メンバーだと思われる面々。
ただ、全員相変わらず見た目を変えている。
きっと声も変えてるんだろうな。
「道を開けろ‼︎悠餓様だ‼︎」
そして突然、誰かの声が鳴り響いた。
呆然と、声の方を見つめると、1人の男がのんびり歩いている。
その姿に、釘付けになった。
紫雲と同じくらいの背。
紫雲と同じ雰囲気で、
紫雲と同じ場所をオレンジのメッシュにしている。
まるで双子のようだった。
ただ、コイツは生徒会メンバーではない。
そして悠餓は、紫雲の方に足を進める。
紫雲は悠餓の姿を見るなり、嬉しそうに微笑んだ。
コイツ、こんな心から笑うのか──
きっと仲良いんだろうな。
そう思って、生徒会メンバーを見ると、ふと違和感をかんじる。
おとは、全くそんなことないが、それ以外のメンバーが、悠餓を酷く冷たい目で見つめていた。
俺なんかよりも、もっと冷たい目で。
「紫雲様に悠餓様、アイツら本当化け物だよな」
「いやぁ、俺も中学生がナンバーワンとナンバーツーになったあの時はマジであの2人怖かったしな」
「どうせ今回もあの2人だろ」
──なるほど。
生徒会メンバーにとってきっと悠餓は敵だ。
紫雲の隣に立つために取るべき2位という座を簡単に取っていく。
そんな奴を敵視しないわけがない。
「それでは、早速第1バトルの説明をします。最初はランダムで作ったペアでの課題曲演奏バトル‼︎」
スタジオの従業員が楽しそうに説明を始める。
「1週間以内に、ペアで撮った動画をアプリにアップしよう。1週間後、参加者全員と従業員全員の投票でペア得点、個人得点をそのペアに渡していくよ。もしかしたらこのゲームで順位が変わる人がいるかも?それじゃあ、頑張って‼︎今日はペアを確認したら解散‼︎」
俺はスマホを見る。
そこに表示されていた名前を見て固まった。
───消えたい
「ハハハッ──黒雪くんそんな死にそうな顔でいないでよ」
俺の隣で楽しそうにニヤニヤ笑ってるのはラスだ。
得点を取りに行くならかなり良いペアだろうが、俺は泣きたい。
こんな一度俺を殺そうとした人と一緒にやって、落ち着くことなんてできない。
「黒雪くん、順位見せてよ」
ラスが突然そう声をかけてくる。
俺はスマホで順位を見せた。
「ふーん。案外上なんだね。それじゃあ、これからよろしく」
ラスが同じように見せて来た画面には【5位】と書いてある。
すごく意外だった。
悠餓が2位だとして、3位に副会長のガクかラスが入っているかと思っていたが、そうでもないらしい。
「紫雲のペアは多分あれ、下から数えた方が早そうだね。悠餓のペアは…まぁそこそこって感じかな?3位の屑洟、4位の孌朱、6位のガクと、7位の氷夜、8位のおと。全員ペアは結構低い人みたいだから、これチャンスだね」
ラスはそう言うと、俺にふんわり笑った。
「1位目指そうね。黒雪くん」
第11話
~爽 side~
順位は2352人中2301位。
そんな底辺の僕と、ペアになったのは、絶対に僕とペアになってはいけない人だった。
ナンバーワンの紫雲さん。
やばい、怒られるかな?
どうしよう──
遠くで紫雲さんが誰かを探してる。
きっとペアである僕を探してるんだろう。
声をかけようかと思っても、声をかける勇気が出ない。
今日は、帰ろうかな。
きっと紫雲さんは1人でも順位をとりにいける。
僕は足手纏いでしかない。
「──やっと見つけた。初めまして」
そして、そんな思いは突然砕かれる。
オーナーに案内されて僕の元に来た紫雲さんにそう微笑まれた。
───綺麗な笑顔だ
「君、順位は?」
あ───そっか、紫雲さんは、知らないんだな。
「2301位です───」
どうせこれで、嫌になる。
みんな、そうなんだろう?
「じゃあ、年齢は?」
「え───?あ、高1です」
順位について、何も触れられない──?
「名前は爽だよね?」
「あ、はい」
「部活は?」
「───学校、1回しか行ってないので」
「そう───好きな食べ物は?」
「え?カルボナーラ───?」
どんどんと聞いてくる紫雲さんに、僕は呆然と見ていた。
「じゃあ、今から食べに行こうか」
「はい?」
紫雲さんはそう言うと、俺の手を引っ張って歩き出す。呆然とその姿を追っていると、一つの建物の一角に、小さな洋食屋がある。
「カルボナーラ1つとボロネーゼ1つ」
紫雲さんはそう言うと、俺を見てにっこり微笑んだ。
「1位の紫雲、高2。部活は入ってない。その代わり生徒会に入ってる。好きな食べ物は、んー、マカロニサラダ?」
紫雲さんはそう言って、僕の髪を軽く触る。
「君、下剋上してみたくない?」
「げこく、じょう?」
僕の呆然とした声に紫雲さんはにっと笑った。
「俺がお前に頂点の景色を見せてやるよ」
◆ ◇ ◆
「これが、僕?」
僕は鏡に写ってる自分を見て呆然と声を出した。
一言で言うと、イケメンだ。
「君の目を見た時思ったんだ。君にないのは自信と、一歩踏み出す勇気」
「君は光る力がある」紫雲さんはそう言って、僕に手を差し伸べた。
「もう一度言おう。俺がお前に頂点の景色を見せてやる」
俺の心臓が、鼓動を速めた。
「ただいま」
家に帰ると、お母さんが僕を見て呆然とした。
「あ、あんたどうしたの?その髪」
「──なんか、カットモデルみたいなやつで無料で切ってもらった」
僕がそう言うと、お母さんは優しく笑う。
「似合ってるわよ」
動き出す。
僕の物語は、動き出すんだ。
~爽side END~
第12話
簡潔に言うと、紫雲達の圧勝だった。
投稿された動画は、バカみたいに票が集まり、満場一致で一位になった。
紫雲のペアだった爽は、順位を一気に19位まで引き上げていた。
きっと、彼は、俺よりも実力がある。
俺だって、あの動画に惹き込まれた。
俺たちは、おまけで2位をもらった感覚。
あの、2人という編成で、ギターを弾きながら歌う爽と、ドラムを叩きながら‘歌う’紫雲。
その動画に、俺は絶句した。
優しく、それでも力強く、何かを訴えるような紫雲の声は、俺の耳に今もしっかり残っている。
そう、紫雲が歌っていた。
ラスはそれを見た時に、完全に笑顔を消していた。
不気味な、そう、暗くて、本当に不気味な雰囲気で紫雲の歌を聴いていた。
そんなこんなで、第1ゲームは終了。
今の所わかってる順位はこうだ。
1位、紫雲(→)
2位、悠餓(→)
3位、屑洟(→)
4位、孌朱(→)
5位、ラス(→)
6位、ガク(→)
7位、氷夜(→)
8位、おと(→)
9位、長谷川(10⤴︎9)
10位、キチ(9⤵︎10)
これが上位10名。
キチってやつは、俺はよく知らないが、結構スタジオでは有名らしい。
11位、ゆま(→)
12位、緑(→)
13位、14位、15位、16位は分からない。
17位に俺。
18位に元々17位だった派槍とかいうやつ
19位に爽という感じの順位になっていた。
今まで稼いできたポイントがデカい分、上位はそう簡単に動かない。
それで、俺は今なんでこうなってるんだ?
目の前には、優雅に何かを飲んでいる氷夜と顔色が悪いおと。
そしてここは、おとの家(豪邸)。
「あ、のぉ、氷夜さん。なんで俺の家に黒雪くん連れて押しかけてくるんですか──?」
気まずそうに氷夜におとはそう声をかける。
そういえば、おとは生徒会全員へのさん付け、敬語だ。
あまり、仲が良くないのかもしれないな
ラスやガクがあんなやつなんだ。
打ち解けるのも難しいだろうに。
「──放っておくと、ラスの何かが壊れて今にでも誰か殺しそうだから。1番狙われそうなコイツを連れて来た」
そんな理由で急に俺の学校に来たのか⁉︎
そして、なんでおとの家に⁉︎
「そして、おと。お前、紫雲の歌、どう思った?」
氷夜はおとにそう問いかける。
おとは少し考えてから、冷静に口を開いた。
「俺がしうさんに出会ったのは、既に歌えなくなってからだったので、とても惹き込まれました。それに──あんなに歌うことを恐れていたしうさんが、歌おうと思ったきっかけがイマイチよく分かりません。あの動画のしうさんは、心から歌っている感じでした」
おとのその言葉に、俺は息を呑む。
氷夜は満足したように頷いた。
「爽くんが心配だな。ラスのあんなに冷たい瞳は久しぶりに見た。これ、面倒なことになるな」
氷夜のやりたい事はよく分からない。
ただ、この落ち着いた、少し冷たい雰囲気が、どこか俺を安心させる。
他のメンバーのような、嫌な感じがしない。
「ついでにおと。屑洟がなんかお前のこと殴りたいらしいぞ。何をやったんだ?」
ふと思い出したように問いかける氷夜に、おとは顔を真っ赤にする。
その反応に、俺も氷夜も首を傾げた。
「あ、いや───。アレは、その」
すごく気まずそうにおとが苦笑いを浮かべる。
そして渋々というように口を開いた。
「───。しうさんと、事故チューを───」
その瞬間、俺は初めて氷夜の笑顔を見た。
あ、やばい。
そう感じる。
珍しいニッコニコの笑顔でおとを見つめていた。
おとは、苦笑いをしながら後ずさる。
「氷夜さん、ここ、俺の家ですからね?」
「あぁ、わかってる。今日は帰るよ」
氷夜はそう言うと、俺の手を引っ張り歩いていく、
コイツ、強引だよな───
とりあえず、おとの無事を願おう。
第13話
~紫雲side~
これが、屑洟のときとは違う、俺の【好き】という感情なんだなと思った。
目の前にいるのは爽。
俺に感謝したいとか言って急に遊びに誘って来た。
爽の歌を聴いた瞬間に思ったのは、自分も歌いたい。
ただその感情だった。
そこで、違和感を覚える。
爽といると、痛くならない。
苦しくならない。
体が、スムーズに動く。
微かな希望をかけて歌ってみたら、3年ぶりに、発作を起こさずに歌を歌い切れていた。
その時俺が見たのは感動。
俺は多分、爽の頂点の座を見せれてない。
爽が、俺に、音楽への‘何か’を見せてくれた。
体が熱くなったのを、覚えてる。
手を伸ばせば届く距離にある爽を、思わず抱きしめたくもなった。
「好きだなぁ───」
「───え?」
────
え?
まって、今
俺、
声に出して…
爽は突然立ち上がり顔を真っ赤に染めて俺を見た。
「え、っと、紫雲さん。今のは」
あぁ、もういっか。
隠す必要なんてない。
「好きだよ、君のことが」
爽の目が、大きく開かれる。
よほど動揺したんだろうね。
「───僕、紫雲さんが、希望だったんです。紫雲さんのおかげで、自分に自信が持てたし、一歩踏み出せたし…学校にも、行けるようになったし」
逃げるように帰ろうとした俺の手を掴んで、爽をそう言ってきた。
「僕、紫雲さんになら、抱かれたい…」
あぁ────
カチッと、俺の中の何かが外れる。
これが、興奮なんだろうね
微かに、微笑む自分がいた
~紫雲side END~
~ラスside~
紫雲が、変わった。
ここ数日で、生徒会で思ったこと。
それは紫雲の唐突な変化。
俺が知らないどこかで紫雲が変わっていっている。
それが、無性に腹立たしい。
【ラスくん、今日会える?】
俺のスマホに来たメッセージを見て、俺は顔を顰めた。
一回相手してあげただけで、面倒だな。
俺はスマホを操作してその女をブロックする。
興味ない。
他にも沢山いる関係がある女の子達全員をブロックしていると、突然アイツから連絡が来た。
【ラスくーん、今日会いたいなぁ♡】
気持ち悪い文面。
今にも嘲笑うようなアイツの顔が目に浮かぶ。
流れでブロックしそうにもなったが、頑張って踏み止まった。
まぁ、今日は会えるか。
【晴城高校に来て】
俺はそれだけ返してスマホをしまう。
教室には本を読んでいる紫雲がいる。
そしてその横で楽しそうに紫雲に話しかけている屑洟。
無駄に近い。
ウザイ。
紫雲も紫雲で、屑洟に楽しそうに返している。
こないだも、そうだったな。
屑洟とは仲良くして、俺は拒否される。
ウザイ。
幼馴染だから何?
2人でずっと一緒の学校に行ってるから何?
ウザイなぁ───
◆ ◇ ◆
放課後、窓から外を眺めていると、1人の男に目が行く。
コイツ、来るの早いな。
そう思って、俺は鞄を持ち、門に向かった。
「ラス、久しぶり」
ラインの文面とはかけ離れた落ち着いた良い声で、そいつは俺にそう挨拶をする。
こんなイケメンが、どう間違えたらあんな気持ち悪い文章を打つようになるんだ?
楽しそうに目を細め、そいつ、キチは微笑んだ。
「最近、紫雲と上手くいってないんだっけ?可哀想に」
笑いながらそう言うキチに、怒りが沸々と込み上がってくる。
これだからコイツとはあまり会いたくないんだ。
「で、何の用?」
俺がそう聞くと、キチは一枚の紙を俺に渡してくる。
「ここ数年で起きた不可解な自殺の一覧。これ以上君が問題を起こすと揉み消すのが面倒になるからね」
「───感謝する」
そいつから受け取った紙を見て、俺はつぶやいた。
今まで、俺が自殺に見せかけて殺してきた奴ら。
アイツらが、悪い。
俺は悪くない。
「あと、これ。プレゼント」
そう言ってキチは、俺に何かが入った封筒を渡してくる。
「家に帰ってから見てねー」
そう言って手を振って去っていく。
───家に帰ってからということは、仕事の関係の物か?
何か、小さい紙が沢山入ってそうなその封筒を鞄にしまい、俺は家に帰る。
そして、家で開けた時、俺はそれを全て落とした。
「───っ」
息を呑む。
一枚目は、悪化している紫雲の病気についての資料。
いつも大丈夫としか言わない紫雲のことは、こうでもしないと知ることができない。
どこが、『大丈夫』だ。
そこに書かれている【余命1年】という文字。
俺は歯を食いしばる。
そして二枚目から入っていた沢山の写真。
全て紫雲が写っている写真だった。
そこに写ってるのは楽しそうに笑う紫雲と、同じく笑っている爽とかいうやつ。
その2人の写真が、沢山、そこに入っていた。
そしてその中の一枚を見て、俺は完全に自分の中の何かが切れたのが分かった。
本当に、欲しいものが手に入らない時は、
無理やり奪えば良い
~ラスside END~
第14話
「おい、アイツ誰だ?」
「ね、めっちゃイケメンじゃない⁉︎」
「わかるー‼︎かっこいい‼︎」
俺が教室に行くと、平然とした顔で教室の1番後ろ、一回も学校に来たことがない、不登校の、名前も知らない誰かの席に、1人、座っていた。
そいつは、俺も知っている。
スタジオの時と全く姿を変えていない悠餓がそこにいた。
「お前、なんで───」
「───?誰だっけ、君。あぁ、んー?黒…黒雪くん?」
ぼーっと、俺を見ながら悠餓はそう言うと、軽く微笑んだ。
「こないだ紫雲にいい加減に学校に行けって言われたから。これからよろしくね」
───面倒なのが増えた。
「まぁ学校来てなかっただけでちゃんと単位は取れてるし問題ないけどねぇ。これでも俺も紫雲も屑洟もラスも孌朱もガクも氷夜もおとも、みんな外国の飛び級制度で一回大学卒業してるし」
初めて聞くその情報に目を見開く。
「なんで、晴城高校に入らなかったの?」
ふと浮かんできた疑問を、気づけば口に出していた。
あんなに紫雲と仲が良さそうなら、行っていてもおかしくない。
「───いや、俺嫌われてるからさ。黒雪くんも前見て思ったでしょ?おとは、高校に入ってから紫雲達と知り合ったから優しいんだけど。他の奴ら俺には昔から厳しくてね。どうせ晴城に行っても辛いだけだから」
ボソッと呟いたその言葉に、悪いことを聴いたと思った。
あ───
そういえば、もう俺が紫雲とスタジオであってから1ヶ月が経っている。
今日は、合同定例会の日だ。
放課後、俺は先生に頼まれた学校案内(今更)をしながら、紫雲達が来るのを待っていた。
「あ、紗英ちゃん?」
そして突然、悠餓の顔が明るくなる。
「悠餓くん⁉︎」
そして、たまたま1年のフロアであった紗英は、悠餓を見て呆然としていた。
「どういう関係?」
俺がそう聞くと、紗英が嬉しそうに微笑む。
「私のお兄ちゃん的存在です♪」
「あー。まぁ、なるべくまとめて説明するね。まず、俺は紫雲が纏めているおっきな会社の傘下の会社を経営してるんだけど。紗英ちゃんは俺の会社のそのまた傘下の会社の社長の娘さん?昔はよく遊んでたんだよね」
───
色々と情報が多いな。
まず、紫雲がそんなに大きな会社を経営しているなんて知らなかった。
そして悠餓も会社を経営している?
で、その傘下の会社の社長の娘が?
あーわけわからん。
あれ、てことは
「紗英って、紫雲と知り合い?」
「紫雲様とですか?んー私のような子会社の娘は顔を合わせる機会がないので、顔も分からないですし、喋ったこともありませんね。会長はお知り合いなんですか?」
なかなか、うまく隠蔽をしているらしい。
「あ、晴城高校の生徒会来ましたよ」
紗英はそう言うと、校舎の窓から外を指差す。
やけに目立つ7人組。
悠餓はそれを見てから、ため息を吐いた。
「会いたくないやつが来ちゃったなぁ───」
小声でつぶやかれたその言葉に、悲しみが伝わってくる。
紫雲は、俺の隣にいた悠餓に目を向けたあと、何事もなかったかのように「よろしくお願いします」とだけ俺に言い、けいに連れられ生徒会室に向かう。
ラスは、微かに微笑んだ。
「君、学校来るんだね」
嫌味っぽくそう言って去っていくラスに、何も言わない他の生徒会メンバー。
悠餓は悔しそうに下を向いて、歯を食いしばっていた。
「おい、謝れよ」
気づけばそう、ラスの肩を掴んでそう言っていた。
紫雲も、けいも、紗英も、悠餓も、ラスも、他の生徒会メンバーも、呆然と俺の方を見つめていた。
「───ラス、お前今、彼に何か言ったのか?」
前の方にいた紫雲は聞こえなかったのか、顔を顰めてラスにそう問いかける。その目に、鋭い光が宿った。
「ラス」
短く、冷たくそう言う紫雲の声は、やけに胸に刺さる。
その場の空気が凍りついている。
そんな気がした。
「うっざ」
ラスはそう言って、いつもの笑顔を浮かべた。
「謝る気とか到底ないわ」
「おい、おま───」
「いいよ黒雪くん」
俺の声を遮る悠餓の声が響いた。
「紗英ちゃんも黒雪くんも、またね」
そう言って去って行く。
シーンと静まり返ったその場で、おずおずと紗英が口を開いた。
「七篠先輩を待たせてしまうので、そろそろ──」
その言葉に、紫雲が舌打ちをついて歩き出す。
その日の会議は、とても緊張した空間で行われた。
時間が妙に長く感じ、終わった時にどっと疲れが込み上げてくる。
「あ、あのラスさん」
教室に物を取りに行った戻り道、途中、紗英の声が聞こえてきた。
「ん?どうしたの紗英ちゃん」
きっと、ラスは今もあの笑顔を浮かべてるんだろう。
「悠餓くんにああいうこと言わないでください。酷いことやってるっていう自覚はないんですか?私は───」
途中で紗英の声が途切れる。
「盗み聞きとか、最低だよね」
気づけば俺の横でそう言って去っていったラスは、どこか楽しそうに笑っていた。
嫌な予感がして俺は足を進める。
「紗英?」
そこには、誰もいない。
外が騒がしい。
呆然と外に目をやって、息を呑んだ。
おい、嘘、だろ
「紗英!!!」
俺は急いで階段を駆け下り、外に出る。
「紗英‼︎大丈夫か⁉︎紗英‼︎」
3階からだ。死んではいない。だけど、折れているであろう体。見ているのが辛い惨状だ。
「───かい、ちょ、いわな、いで。はんにん、のこ、と、いわ、ない、で」
震えるような小声で、紗英が俺に言った。
なぜ?
なぜ───?
「いった、ら、ころさ、れる。ほんと、うに、」
そこで力尽きたかのように、紗英の言葉は途切れた。
こんなことしてる場合じゃない。救急車だ。
あと警察もか?
俺がスマホを出して連絡しようとした時、俺のスマホの電源を切られた。
「───あぁ、俺だ。急いでヘリを出せ。早急に、だ。すぐに手当をする必要がある」
紫雲が小声で誰かに電話している。屑洟は、慣れたような手付きで、応急処置らしき物をしていた。
そしてすぐに上から聞こえてくる音。
大きく【黒王総合病院】と書かれたヘリがハシゴを出し、すぐに何人もの大人が降りてきて、紗英を運び出す。
そして、1人だけは出発したヘリに乗らず、深々と屑洟に頭を下げた。
「屑洟様の応急処置のおかげで、なんとか手当が出来そうです。本当にありがとうございます」
【黒王財閥】
それは、誰もが知っている。
まさか、紫雲が───
財閥のトップか?
気づけば紫雲はもういない。
「紫雲も屑洟も、外国で医学部を卒業している。処置に間違いはないはずだから安心しろ。今回のことは、ラスが相手でも紫雲は黙っていないだろう。だから既にアイツを追いかけに行ったんだ」
氷夜が俺にそう呟く。
「悠餓が今日、あんなに楽しそうな笑顔を見せていてびっくりしたよ。きっと、君のおかげなんだろうね」
あぁ、きっと、コイツは悠餓のことを大切にしている。そう感じた。
他の奴らのような、悠餓を突き放す感じがしない。
やっぱり、なんだかんだ言ってコイツはかなり良いやつかもしれない。
第15話
~悠餓side~
【悠餓、俺だ。紫雲だ。紗英ちゃんが色々あって俺の病院に搬送された。お前の力も使って直してほしい】
俺が家に帰ってすぐ、不幸を知らせるそんな電話が来る。
紗英ちゃん、が?
さっきまであんなに楽しそうに笑っていた紗英ちゃんが?
俺は急いで紫雲が経営している病院に向かう。
「悠餓様‼︎お待ちしておりました」
そして、病院に入った瞬間、俺に1人の医者がそう声をかけてきた。
案内された場所には、悲惨な惨状の紗英がいる。
「くそッ────」
絶対に助けてやる。
「俺が紫雲と開発した技術を最大限に使って、必ず君を助けるから」
必ず───
~悠餓said END~
「なー聞いた?紗英ちゃん飛び降りたんだってさ」
「生徒会内部どうなってんの?」
「えーこわぁ」
「前生徒会会計やってた砅ってやつもなんか自分から辞めたいって言ってたらしいしな」
「え、会長が暴力とか?」
「いや、あの会長にそんなことできないだろ。晴城高校と仲悪いんじゃね?」
「あー昨日も晴城高校来てたしな」
学校に登校すると、噂は全員に広がっていた。
影から生徒会の悪口を言う奴ら。
「てかさぁ、最悪だよね。よりにもよって今日晴城高校との合同クラスマッチじゃん?」
【クラスマッチ】
いわゆる球技大会のようなものは、毎年6月に、晴城高校と合同で行われていた。
「えーあんな事件あった後に嫌だなぁ」
「向こうの会長とか顔は良いけど怖そうじゃん」
口々に騒ぐ。
それを、晴城高校の生徒は不快そうに聞いていた。
「俺らの会長が何かやるわけないじゃないですか」
「信じらんない。やっぱ家庭が悪いとそういう思考になるんだよ」
何人かは、夕星高校の生徒に不満を溢す。
「邪魔だ、退け。俺の通り道を塞ぐな」
晴城高校の生徒の声は、1人の男の声で一気に静まり返る。
眼鏡を指で掛け直し、いつもの秀才を漂わせる雰囲気でおとはそう言っていた。
「おとさん‼︎すみません」
そして何人もが一気に道を開ける。
夕星高校の生徒は、それを呆然と見つめていた。
「おとーその言い方は怖いよ」
後ろで楽しそうな孌朱の声も響き渡る。
「俺でももっと優しく言うな」
そして続けて聞こえてくる氷夜の声。
「黒雪くん。今日はちょっと俺たちの生徒会メンバーも3人で行くからよろしくね~」
孌朱はそう言ってニコニコと笑った。
3人───
紫雲と、ラスと、ガクと、屑洟がいない。
孌朱は相変わらず楽しそうに笑って、俺が持っていたマイクを取り上げた。
「はい。みんなちゅうもーく‼︎」
明るい声が響き渡る。全員が、一気に孌朱の方を見た。
「なんか色々不穏な空気だけど、確定のない情報を広めるのを辞めようか。我が晴城高校と、同じくらいレベルの高い黒雪くん達夕星高校が、こんなくだらない会話で崩れるなんてことはありえない。君たちにある頭を使え。最大限に己の力で考えろ。今日はお互いに球技でぶつかり合う日だろう?」
らしくない口調で、孌朱はそう言った。
言ったというよりかは、マイクを途中から切って叫んでいた。
歓声が上がる。
今の主役は、孌朱だ。
この一瞬で全てをまとめた。
最高だ。
「ま、他校のグラウンドとか関係なく、天下を掴むのは、私たち晴城高校だけどね」
最後に孌朱がそう言って微笑むと、晴城高校の生徒たちが一斉に雄叫びを上げた。
これが、本当に金持ちの坊ちゃんかというくらいの。
そして、孌朱を押し除けるようにしてけいが叫んだ。
「俺ら夕星高校だって負けてねぇよなぁ‼︎」
それに今度は、夕星高校の生徒が雄叫びを上げる。
「「貸し1つ」」
孌朱とけいが、同時に俺の肩をポンと叩いた。
───上等だ。
やってやるよ。
第16話
「おい‼︎めっちゃ熱いバトルだぞ‼︎」
「夕星高校生徒会の黒雪とけいと、晴城高校生徒会の氷夜と孌朱の戦いだ‼︎」
「バスケだってよ。会長ちっさいからなぁ」
「孌朱さんも氷夜さんも頑張ってください‼︎」
沢山の歓声が聞こえてくる。
ピーっというホイッスルを合図に、試合が始まった。
「遅い」
俺たちのチームが持っていたはずのボールを、速攻で奪った氷夜は、すぐに孌朱にパスを回す。
「はっや───」
「やべぇ」
そして決められる。
「黒雪くん‼︎」
俺に回ってきたボールを、孌朱が取ろうとする。
こういう時に、チビなのは強いよな
そう思って、俺は孌朱の脇をくぐり抜けた。
「なっ───」
そしてそのままシュートする。
スリーポイントシュート。
「はい雑魚」
俺はそう言って孌朱に笑った。
孌朱は一瞬キョトンとすると、笑顔を深める。
きっと今は、誰もが試合を楽しんでいる。
あんなに不穏だった最初が嘘のように。
これがきっと、孌朱の力なんだろう。
終了のホイッスルが鳴るとともに、氷夜がうったボールが入った。
最後の氷夜のスリーポイントシュートで晴城高校の逆転勝利。
1点差で敗れた。
「いい試合だったよ黒雪くん」
孌朱はそう言うと、俺に笑いかけた。
「楽しかった」
───初めて、‘孌朱’の素顔を見た気がする。
いつもの目が笑っていない笑顔じゃなくて、本当に綺麗な笑顔だった。
沢山の笑顔と共に、クラスマッチは終わった。
「良かったら私と連絡先交換しませんか?」
そして、孌朱たち3人は夕星高校の女子生徒に囲まれている。
やっぱ、人気なんだな。
「ごめん。この3人とこの後生徒会で話あるから」
俺はそう言って困っている3人から女子生徒を遠ざける。
「これで貸し借りなし、な」
俺がニッと笑うと、孌朱は呆れたように笑った。
「その日のうちに返すなよ」
昨年は、生徒会の仕事に追われてあまり楽しめなかった気がしたけど、今日は本当に楽しかった。
晴城の生徒会メンバーも、悪い奴らばっかじゃないらしい。
それを実感した。
「───あぁ、うん。分かった。クラスマッチは成功したよ。───うん。本当は、紫雲にも出て欲しかったな」
帰り道聞こえた孌朱の声。
多分、紫雲と電話してるんだろう。
「───それより紫雲、大丈夫?今日────」
そこで孌朱は言葉を区切る。
「どこから聞いてた?」
突然、目の前に影が出来た。孌朱が、冴えた瞳で俺を見つめている。
「ねぇ、どこから聞いてた?」
「え、あぁ。クラスマッチが成功したって報告ら辺から…」
「ならいいや」
孌朱は俺の言葉にそうそっけなく返し、去っていく。
やはり、どこか掴めない。
俺に聞かれてはいけない何かを喋っていたのか?
知ればしるほど、コイツらの溝は深まるばかりだ。
第17話
~ラスside~
【不在着信】
俺のスマホに、またその通知が来る。
紫雲も、諦めないな。
ラインも電話も全て無視している俺が言う物じゃないが、尊敬する。
俺の手に残るのは悠餓の大好きな紗英ちゃんを落とした時のあの感覚。
絶望に染まったようなあの顔。
快感だった。
別に、殺してはいない。
死なないようにはした。
ちゃんと紫雲との約束は守っている。
殺してないのだから。
「お兄さん今1人ぃ?」
甘ったるい女の声が聞こえてくる。
白昼堂々と、逆ナンか。
俺は笑顔で誘いを断り、歩き出す。
いつもなら誘いに乗っていたかもしれないな。
ただ今は───いや、最近はそういう気分じゃない。
「ラスっ‼︎」
───
幻聴かと思った。
確かに聞こえた紫雲の声。
振り向いた先にいるのは、ずっと走っていたと思われる息が上がった紫雲。
紫雲が息を上げるなど、よっぽどだ。
もしかして、昨日からずっと───
「この馬鹿め‼︎未読スルーに電話全無視しやがって───」
口調が荒れている。
───紫雲だ。
昔の、紫雲に似てる。
「───抱きたい」
「は?」
紫雲の顔が完全に引き攣った。
ぐちゃぐちゃに犯したい。
俺の物に、したい。
最近、誰ともそういうことをしていないことへの欲求不満か、何かか。
いや、違う。
単純に昔から紫雲に対してはそう思っていた。
だって、先に裏切ったのは紫雲だ。
約束を先に破ったのは紫雲だ。
覚えていないとは言わせない。
紫雲が笑顔で俺に言ったんだろ?
暴力しかないあの闇で、
真っ暗な闇の中で、
紫雲が俺に言ったんだ。
『おーきくなったら、らすといっしょにイケナイことしたいな』
あの時からだ。
俺が紫雲に対してそう感じるようになったのは。
紫雲が約束を破ってからは、俺は毎日紫雲を探したのに、
毎日紫雲を思い出したのに、
あの時、外国の高校で告げられた言葉を今もしっかり覚えている。
『ラスっていうんだ。すごいね君‼︎俺感動した‼︎あ、初めまして。紫雲っていいます。これからよろしくね』
あの純粋な笑顔でそう言ってきた紫雲を、俺はいまだに覚えてる。
うざいくらいに。
その時隣にいた屑洟と、孌朱は、本当にウザかった。
俺が隣にいるはずだったのに。
その後も紫雲は無自覚に人を垂らしこんでさ、
ガクに氷夜。
しかもこの国に戻ってからはおとなんかも。
どんどん俺を遠ざけていく。
なんで?
約束したのはそっちじゃん。
約束を破ったのはそっちじゃん。
ふざけんなよ
許さない。
許せない───
「ら、す……?」
紫雲が心配そうに俺の顔を覗いてきた。
あぁ、もう知らない。
紫雲が悪いんだ。
「──⁉︎んっ───ぁらす」
無理やり紫雲の口に舌を入れ、口膣内を掻き乱す。
「───何、して」
完全に戸惑った顔の紫雲を見て、ゾッとする。
可愛い。
今まで抱いてきたどんな女よりも、可愛い。
誰よりも引き込まれる。
もういいや。
このまま───
第18話
~ラスside~
俺はたまたま近くにあった俺の別荘に紫雲を無理やり連れて行き、強制的にベッドに押し倒す。
「───ラス、まっ」
「待てない」
もう一度紫雲とキスをする。
「──────っウ゛───」
突然、紫雲が思いっきり俺を突き放した。
「────ッ」
苦しそうに心臓を抑えて、紫雲は顔を顰める。
呼吸が、荒い。
そして聞こえてくる耳を張り裂くような紫雲の声。
「っ紫雲、薬───」
俺は紫雲が普段薬を入れているポケットから紫雲の薬を取り出す。
「───ラス、き、いて。おれ、はさ、大好、き、なんだ、よ?けど───」
「喋んな‼︎」
苦しそうに喋る紫雲に、俺はそう叫んだ。
それでも紫雲は、笑顔を浮かべて喋り続ける。
「俺は、こん、な、ラスは、望ん、でな───」
俺は紫雲の口を無理やり塞いで、薬を飲ませる。
それでも紫雲は、一向に良くなりそうになかった。
「ごめんな、ラス───あの、時、きゅう、に、消えたり、して」
紫雲の目に浮かぶ涙。
紫雲は、覚えて───
「ごめん。本当、にごめ、ん。もう、やめて、ね?こん、なこ、と」
息を呑む。
駄目だ。
やめろ。
奪わないでくれ。
俺の生きる全てを、奪わないでくれ。
どんどんと、呼吸が荒くなる紫雲が、微かに笑った。
「最後、ラスの、えが、おが、見た────」
冷えていく。
紫雲の体が、熱が。
俺はスマホを取り出して急いで屑洟に電話をする。
【────ラス?お前、紫雲のこと無視して置いて何を】
「今すぐに黒王のヘリを出せ‼︎紫雲が───」
俺が場所を伝えてからすぐに、外から音が聞こえてくる。
「紫雲様を今すぐ‼︎」
何人もの医者が紫雲を運んで行く。
俺は、なんて無力なんだ────
~ラスside END~
第19話
~屑洟side~
ラスの電話から、すぐに、紫雲を運んできたヘリが黒王総合病院に辿り着く。
「───治すには、あの方法しか───」
紫雲の発作の専門医との相談結果、結局辿り着いたのはそれだった。
目覚めるかどうかもわからない、副作用がどんな物かもわからない、紫雲が研究していた薬。
それを試すしかなかった。
俺たちはただ、結果を待つしかない。
◆ ◇ ◆
「────ん──」
その声に、ハッと寝たきりの紫雲を見る。
微かに動いた体。
ゆっくりと開かれた目。
「───紫雲‼︎」
のんびりと体を起こした紫雲は、感情のこもってない目で俺を見た。
「────お前、誰?」
「え─────?」
鼓動が高まる。
不安と緊張で、冷や汗が流れた。
紫雲の声は、冷たくて、俺を突き放すような───
「だから、お前誰かって聞いてんじゃん」
紫雲の言葉に、俺は確信を持った。
記憶がない
どこまでの範囲を忘れているのかは分からない。
ただその言葉は、酷く残酷で、冷たかった。
~屑洟side END~
~紫雲side~
『あの薬を使うしか方法がなかった』
医者が俺にそう告げた。
あの薬の副作用は、【忘れたい人の記憶が消える】ことだった。
何かしらの原因で忘れたいと思った人の記憶を消す。
それの対象に入ってない医者たちはみんな分かったし、自分の名前や。その他諸々の知識などはちゃんと残っている。
気になるのは、俺の記憶が一ミリもない生徒会のメンバー達。
誰かと一緒にやっていたという記憶はあっても、名前が出てこない。
さっきも目覚めた時、冷たいことを言ってしまった。
だけど、そんなの関係ない。
どうでもいい。
だって俺は───
俺は───
アイツは、誰だ?
大好きだった人がいたはずなのに
俺から告白した気がしたのに
顔が、名前が、出てこない
アイツの温もりだってちゃんとある
ただ、それも少しずつ抜けていく。
忘れたくない
これだけは忘れたくない‼︎
そういえば俺、夕星高校に知り合いがいなかったっけ?
少し生意気で、小さくて、でもちゃんとしてて
バカではあるけど実力はあった。
その人だっけ?
俺が大好きだったのって、その人だっけ?
時計は2時半を差している。
俺は晴城高校の制服を着て、眼鏡をかけ、夕星高校に行くことにした。
俺もついていく、と言って、屑洟くんもついてくることにはなったが。
「晴城高校の会長だ───」
「うぉ、珍し」
「なんだこのキラキラ感」
うるさい
夕星高校の生徒は、見たことあるような、ないような生徒で溢れていた。
「お2方は何しに来たのですか?」
突然、声をかけられた。
イケメンだ。
身長は俺と同じくらいで見たことあるような雰囲気だ。
俺がマジマジと見ていることに気づいたのか、相手は不思議そうに俺を見る。
「どうしたんですか?」
「何やってんの?」
そして、もう1人来た。
小さい。
小中学生くらいに見える身長の男子だ。
2人とも不思議そうに俺を見ている中で、何かが生まれる。
思い出せそうなのに、何かに引っ掛かる。
「連絡先教えて」
俺の薬の副作用というかのように、全てのデータが消えてしまった俺のスマホ。
もし以前に交換してたなら申し訳ない。
「はぁ⁉︎お前そのためだけに来たのかよ⁉︎」
小さい方の男子は、本当に驚いたような声を出した。
───どうやら、前は繋がってなかったらしい。
なら繋げる必要はある?
──まぁ、繋げとこう
2人とも、戸惑いながらも俺との連絡先交換をしてくれた。
「けいくんと、───黒雪、くん」
名前を見てからボソッと呟く。
知っている。
やっぱり知ってる。
黒雪くんは、けいくんよりも。
「黒雪くんってさ、俺とどこで会ったっけ?」
そう聞くと、黒雪くんは、「はぁ?」と顔を顰めた。
「多分最初は生徒会の定例会議だと思うよ」
黒雪くんの答えの前に、後ろから屑洟くんがそう教えてくれた。
そっか。
多分この2人は、夕星高校の生徒会だ。
「黒雪くんもけいくんも。またね」
俺がそう言うと、2人は固まる。
───何か、おかしかったか?
「お前、本当に大丈夫か?」
黒雪くんに心配されながらも、俺は屑洟くんと一緒に夕星高校を去った。
~紫雲side END~
第20話
なんだったんだ、アイツ。
冷たい雰囲気は残しつつも、今までの怖い感じは全くなく、どちらかと言えば、ふわふわというか、可愛いというか、優しそうというか───
そういう感じの紫雲だった。
俺は呆然と紫雲が去っていった方を見る。
紫雲が、あんなに可愛く笑顔で「またね」?
けいは、笑いを堪えてるので必死だった。
「ちょ、あの生徒会長どうしたの?なんか───可愛かった」
けいはそう言って軽く頬を赤く染める。
やばいな、コイツ。
俺のスマホにある紫雲の連絡先。
突然なんなんだ?
◆ ◇ ◆
「ちょちょ、黒雪くん。紫雲くんのアレ、どうしたの?」
次の日スタジオに行くと、オーナーが困ったようにニコニコの笑顔で可愛い雰囲気を出しながら楽しそうに長谷川と話していた。
───俺が聞きたいわ
「あ、黒雪くん‼︎」
そして紫雲が俺を見つけると、パァーッと笑顔を深めた。
───確かに、可愛い
「俺さ、黒雪くんと一緒に歌ってみたいな」
は?
コイツ今、
歌って───
呆然と紫雲を見つめる。
紫雲は不思議そうに首を傾げた。
「───あぁ。俺さ、無理やり薬で発作治したから、今は大丈夫なんだ」
そう言う紫雲は、楽しそうに笑った。
この性格の変化は、薬のせいだったりするのか?
「────紫雲さん‼︎」
突然、スタジオの扉の方から声が聞こえる。
そこには、前回紫雲のペアだった爽が立っていた。
紫雲は爽を呆然と見つめると、笑顔を浮かべた。
爽は、その仕草に少し目を見開く。
「ずっと、連絡してたのに無視されるから───嫌われたのかと」
爽のその言葉に、紫雲は目を見開いた。
「え、あ、ごめん。あの、さ。君、誰だっけ?」
「「「「ハ──────?」」」」
申し訳なさそうに爽に紫雲はそう言った。
その場にいた全員の声がハモる。
いや、まさか。
そんなわけ───
あるかもしれない。
そうなれば最近のおかしな行動も説明がつく。
「ごめん。良かったら連絡先教えてもらえないかな?頑張って思い出していきたいんだ。なんか君は、俺の1番大切な人な気がするから」
紫雲のまっすぐな瞳に、全員が息を呑む。
爽は、静かに頷いてから、紫雲を抱きしめた。
「紫雲さんとの思い出は、全部僕が守るから。ゆっくり思い出してください」
「─────爽」
そして紫雲は小さくそう呟く。
その言葉に、紫雲自身も驚いたかのように、口を押さえていた。
「誰だ───爽って。大切な人なのに!!なんで⁉︎」
紫雲の目からポタポタと涙が溢れてくる。
「嫌だ‼︎消えないでくれ‼︎俺から何も奪わないでくれ‼︎」
紫雲らしくない声が響く。爽は、そんな紫雲の様子を呆然と見つめていた。
無言の空間が続く。
気まずい空気が流れた後、爽は中央のステージに登り、スピーカーから何かの音楽を流す。
「紫雲さん、僕の本気。舐めないでください」
ニッと微笑んだかと思うと、大きく息を吸い込む。
空気が張り付いた。
声が響く。
初めて聴く曲に、初めて聴く歌詞。
そして、前回聴いた時よりも遥かに上手くなっている爽の歌。
そして聴いてる人をしっかり引き込む曲。
俺が作っている曲とは遥かに遠い次元だった。
この曲───
爽の歌い方は、紫雲に似ていた。
その歌い方が合うように作られている。
紫雲は、呆然とその歌を聴きながら、爽を見つめていた。
曲が終わると同時に、紫雲の瞳に力が籠る。
そして楽しそうに微笑んだ。
「完璧だ───」
紫雲のその言葉に、爽はニッと笑う。
「でしょ?」
紫雲の雰囲気は、さっきまでとは違った。
いつもの紫雲に近くなる。
「俺の曲をここまで歌い上げてくれるとは、流石だよ────爽」
コイツ、思い出して───
第21話
~紫雲side~
目の前の男子の歌を聴いた瞬間、景色が変わる。
ドッと流れ込んでくる沢山の記憶。
消えていた記憶全てを教えてくれるようなその、俺が作った曲を、ただただ喰らい付いて聴いていた。
これが、爽の奇跡だ。
前も、爽の歌を聴けば発作は起きずに歌い切ることができた。
まだ全部は思い出せていない。
今思い出したのは、生徒会メンバーと爽くらいだ。
そんな中、微かに残る朧げな記憶。
【お前はいつか───】
あの時、何て言われたんだ?
誰に、何て言われたんだ?
【お前は必ず████なるんだ。そういう運命だ。俺はいつだって、お前の後ろにいるよ】
俺はゆっくりと後ろに顔を向ける。
後ろには誰もいない。
【許さない】
いや、俺は何て言ったんだ?
許しを乞うても、もう遅い
あぁ───
そうだ、俺はあの時
~紫雲side END~
紫雲が記憶を思い出したのかと思うと、急に表情が暗くなる。
のんびり後ろを振り向いてから、紫雲は静かに目を細めた。
その様子を、爽も、俺も、長谷川も、オーナーも、みんなが呆然と眺めている。
「黒雪くん」
そして紫雲は透き通るような綺麗な声で、笑顔で俺に声をかける。
そしてそのまま、日本人が持っているはずのない物を俺に向けた。
「死ねよ」
紫雲の冷たい声は、無慈悲になり響く。
そのまま紫雲が持っている物から鉛が飛んでくる。
「ァ……」
ポタポタと、自分から垂れているものが何かなんて、みなくてもすぐにわかった。
「紫雲くん⁉︎何をして…」
「紫雲さん───?」
周りのみんなの戸惑いと恐怖の声の中、紫雲は微かに微笑んだ。
「俺は、いつだってお前の後ろにいるよ」
何、言って───
END..?
keishakjwhsiuehdxhdjneswaaa.....
Nande?
tasu...ke..
te.....?
第22話
「───雪‼︎黒雪、起きろ‼︎黒雪」
朝、目が覚める。
白い天井。見慣れた景色。
目の前にいるのは俺を起こしに来てくれた兄さん。
あれ…?
今俺、怖い夢でも見てたのか?
なんか、妙にリアルだった…
ただ、どんどんと記憶から薄れていく夢の記憶。
目を擦り、体を起こした時には既にほとんど何も覚えていなかった。
「全く。今日はお前高校の入学式だっつぅのに寝坊しやがって。お母さんに心配かけんぞ」
「ん…わかってるよ氷夜兄さん」
俺はのんびりと、新しい制服に腕を通してからリビングに向かう。
リビングの隣の、畳に兄さんと座り、一緒に手を合わせて目を瞑った。
「今日も、行ってきます。お母さん」
それだけ言って、俺は兄さんと家を出た。
「それじゃあ。新入生は向こうだから。迷子になるなよ?」
兄さんは学校の校門でそう言って俺と別れる。
全く。いつまでも俺を子供扱いしやがって…
『新入生代表、黒雪さん』
「はい」
俺は呼ばれた名前にはっきりと返事をして立ち上がり、壇上に立った。
そしてそのまま、思うがままに話し出す。
話終わり、礼をしてから舞台を降りようとした時、1人の男子と目があった。
綺麗な水色の透き通るような目に、釘付けになる。
それと同時に、どこかで見たことがあると感じた。
俺と同じクラスの、新入生───
俺はのんびり席に戻り、校長の長ったるい話を聞きながらも、さっきの男子のことを考えていた。
『在校生代表、氷夜さん』
その声に、俺は自分の瞑想を止める。兄さんだ。
生徒会長として、スピーチをする兄さんは、本当にカッコいい。
俺は兄さんのスピーチを、ただひたすら熱心に聞いていた。
どこかに残る、胸騒ぎは…
きっと入学への緊張のせいだ。
そう。きっとそう。
第23話
「爽です。趣味は歌うこと。よろしくお願いします」
自己紹介の時間、あの男子はそう言ってふんわりと微笑んだ。
その顔に、女子がざわざわと騒ぎ出す。
イケメンだ。
きっと優良物件だとか言ってるんだろう。
俺も、男の俺も、どこかその姿に釘付けになっていた。
「黒雪です。趣味はキーボード演奏です。これからよろしくお願いします」
「黒雪くんって生徒会長の弟さんでしょ?」
「会長はかっこいい‼︎って感じだけど黒雪くんは可愛い系だね」
またクラスの女子が騒ぎ出す。
きっと、これで俺が中学の時並みにチビだったら笑われてたんだろうな。
幸運にも、春休み中に一気に成長して160までは行った。
高校生男子にしては小さい方だが、許容範囲だろう。
「爽、だっけ?俺お前と仲良くしたいんだけど」
休み時間、俺が爽に声をかけると、爽は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「本当⁉︎これからよろしくね。黒雪くん」
かわいい…
俺はそんなことを思いながら爽を眺める。
その時、ふと爽の顔が嬉しそうに緩んだ。スマホを眺めて、安心したように笑顔を浮かべている。
「何かあった?」
俺がそう聞くと、爽は少しあたふたとしながらも嬉しそうに答えた。
「付き合ってる人がいるんだけど、入学おめでとうって言ってくれてね、帰り迎えに来てくれるって‼︎」
嬉しそうな爽の笑顔に、少し胸が痛む。
既に、相手がいるのか───
って俺、何考えてるんだ?
「黒雪くん‼︎向こうが来るまで一緒に待っててくれないかな?」
「え、まぁいいけど──」
そう答えてから少し後悔する。
つまり、爽の相手を見せつけられるわけだ。
「爽。お待たせ」
聞こえてきた声に、俺は呆然と顔をあげる。
綺麗な髪が風で靡いた。そこから見えた紫の瞳は、とても綺麗で見惚れてしまう。
「紫雲‼︎」
そして爽は嬉しそうにその男に駆け寄った。
───男?
紫雲は俺の方を探るように見つめてから、にっこりと微笑んだ。
「俺のだからね?」
それだけ言って去っていく。
それにしても、あいつ
どこかで───
「黒雪くん」
突然、後ろから初めて聞く、それでいてどこか聞き覚えのある綺麗な声が聞こえた。
綺麗なピンク色の目は輝いており、甘い優しい笑顔を浮かべたその男は、俺ににっこりと微笑んだ。
「俺の紫雲を傷つけたこと、一生、死ぬよりも辛いことを持って償え。このクソ野郎が」
────何の、ことだ?
突然知らないその男が告げられたその言葉。
紫雲というのは、さっきの男か?
俺が呆然としていると、男は驚いたかのように俺を見つめた。
「もしかして、覚えてない、のか?」
「あぁ…何のことだか」
俺のその言葉に、男は舌打ちをしてから俺に胸ぐらを掴み力強く引っ張った。
「あんなことをして覚えてない⁉︎お前の───お前のせいで俺は…俺たちはずっと囚われているんだ‼︎お前さえいなければ───お前さえ、いなければ───」
男の声に驚いたのか、周りに少しずつ人が集まってくる。
嫌に、目立ってるな。
これじゃあ兄さんにまで風評被害がいきそうだ。「会長の弟はガラが悪い」とかなんとか。
「お前にとってはその程度のことなのかよ。お前があの日、あの時、あの丑三つ時に、紫雲を裏切ったのも、紫雲を殺したのも…その程度のことなのかよ」
どんどんと力が抜けていく男の言葉に、俺は呆然としていた。
殺した?
誰が、誰を───
「ラス───俺の弟に何か用か?」
突然降ってきた兄さんの声に、ラスと呼ばれた目の前の男は静かに俺から手を離す。
兄さんはもう一度、今度は確実な殺意を込めて口を開いた。
「俺の、弟だ」
俺はふと、近くに落ちていた古びた手帳を拾う。
なんだ、これ
【静かになった部屋の中】
【助かるには、誰か1人を犠牲にしなければならない】
【そいつは邪気に呑まれいずれ悪鬼となり】
【裏切り者への復讐を始めるだろう】
aouhedoxjnwshba....
【愚弟は親友を犠牲にし、親友の恋人さえも奪った】
【愚弟はそのまま悪鬼となった親友を殺す】
【ただそれでは終わらない】
【親友は言った】
【俺はいつでもお前の後ろにいる】
【兄は、愚弟の為に悪鬼となり自殺した】
【親友の仲間は皆】
【愚弟を怨み続けるだろう】
【許しを乞うてももう遅い】
【親友は愚弟に言った】
【お前はいつか必ず俺と同じ悪鬼になるんだ。そういう運命なんだ】
【許さない】
【wsiugdxkmsnkja】
「っ───‼︎」
頭にこびりつくその文字に恐怖を覚え、俺はそれを投げ捨てた。
紫雲…
紫雲紫雲紫雲紫雲
「お前は、必ず俺に殺されて死ぬんだ」
今度こそはっきり聞こえたその声。
鳴り響く銃声。
目の前で微笑む紫の髪の男。
「ほら、これで9回目だ。もう一度。10回お前が俺に殺されれば、お前も仲間入りだよ…?」
膝から崩れ落ちていく。
誰か、
たすけ────
第24話
どこだ、ここ
学、校───?
見覚えのある学校。
記憶に残る感覚。
ここ、は───
「思い出したかい?黒雪くん?」
教室の窓辺に座っている紫雲が、冷たい風を受けながらそこでにっこり微笑んだ。
「君が俺を殺した場所だよ」
紫雲はそう言うと、のんびり俺に近づいてきた。
「君が俺を殺した場所。俺が君に裏切られた場所。俺が君に爽を奪われた場所。俺の友達の人生をお前が狂わせた場所。お前のせいでたくさんの人が犠牲になった場所。俺が親友だと思っていたお前に幻滅した場所」
酷く冷たいその声に、俺は息をのんだ。
思い出す。
脳を焼け尽くすようなたくさんの記憶を思い出す。
何度も繰り返している人生。
その中で俺は必ず紫雲に殺されている。
全ては、俺の最初の過ちのせいで───
「あの日、あの時。俺は君に裏切られ悪鬼となった。それだけじゃない。お前の兄は愚弟の行動に責任を持って自ら鬼となり自分を殺したんだ。あの優しい氷夜が、お前のせいで───」
紫雲の目に怒りが隠る。
「俺にずっと片想いをしていたあいつら4人は、お前への怨みと憎しみで邪気に塗れて悪鬼となった。ラスは人を殺して楽しむ鬼となり、ガクは人を暗殺しまくる鬼となった」
紫雲はゆっくり俺に近づきながら続ける。
「孌朱は人の笑顔を壊す鬼となり、屑洟は人を玩具にして踊らせボロボロに壊す鬼となった」
息を呑む。自分の鼓動が早くなっているのくらい、すぐにわかった。
「俺の双子の弟だった悠餓は、俺が死んだことを知ってから自我を失った鬼となり、それが原因でラス達4人とぶつかり惨たらしく殺された」
紫雲が蹴りとばした机は、音を立てて壊れていく。
「そしてその中君は俺の恋人だった、何も知らない爽を奪った。お前が俺を裏切る時に喉を切ってきたせいで、未だに俺は歌を歌えなかった。声を出すのさえ辛い。お前があの時、俺の喉を切ったせいで」
「しう───」
「俺がお前を10回殺せば、俺たちは全員人間に戻れるし、自分たちが繰り返してきたあの9回分の人生の、好きな所に戻ることができる」
紫雲は微かに微笑んで俺に銃口を向けた。
「最後にもう一回死んでくれよ」
避けるしか道はない。
このままだと、今までみたいに絶対殺される。
教室を出て、階段を降り、ふととある教室に隠れようと扉を開けてから絶句した。
真っ黒な闇。
何も見えない先。
「あれ?その部屋入るの?そこ、覚えてない?君が俺を裏切って俺を邪気に染めたあの部屋だよ?」
後ろから伸びる紫雲の手のよけばなんて、どこにもなかった。
そのまま紫雲は俺の喉に向かって発砲してから胸を打つ。
「っ‼︎」
そしてそのまま闇の中へ突き落とされた。
落ちていく中で、微かに見えたのは幼い頃の紫雲の笑顔。
『僕ね、おっきくなったら黒雪くんと一緒に色々なことしたい‼︎』
『ずっと親友でいよーね‼︎』
涙が溢れる。
この頃は、紫雲も俺も───
次に見えたのは小学校の高学年くらいの紫雲だった。
『俺、受験しようと思ってるんだ。黒雪は?よかったらさ、同じ中学行かない?』
『やっぱ黒雪ってすごいや‼︎』
虚空に手を伸ばしても何も掴めない。
次に見えたのは中学生の紫雲だった。
『俺実はさ、付き合い始めたんだよね』
『黒雪も好きだった…のかな?本当にごめん。でもさ、俺は君と正々堂々戦いたいって思ってる』
その後は、今まで何度も会ってきた紫雲に似ていた。高校生だろう。
今度は会話まできこえてくる。
『お前の正々堂々ってそんなものなのか?それはずるいだろ』
『いろんなやつからモテてるからって何?自身があるよアピール?うざいんだけど』
『違う‼︎そうじゃないよ黒雪‼︎俺はお前と…』
『紫雲はいつもそうだよな。お前と何?俺と何?うざいんだよ』
『───ごめ、ん。黒雪にとって、俺はもう親友じゃない?』
『お前の求める親友なんかにはなれねぇよ』
そうだ。この時から、紫雲は俺に話しかけなくなった…
次に写ったのはこの学校。周りには妙な手紙と1人一つ分の銃。
『なぁ紫雲。お前俺の為に死んでよ』
『はぁ⁉︎黒雪、何言って…』
そのまま無慈悲な発砲音は、紫雲の喉へと突き進む。
血を吐いた紫雲は、そのまま真っ黒な部屋に落ちていった。
あぁ───
駄目だ。
まだ死ねない。
謝らないと
まだ死ねない。
もう一度、
もう一度紫雲と会話をしたい。
話し合いたい。
また紫雲とあのスタジオで演奏したい。
また紫雲の歌を聴きたい。
また紫雲と
笑い合いたい──
あぁ、
もう遅いか──
第25話
~紫雲side~
「本当に、本当にこれでいいの?」
周りには、氷夜と、屑洟と、孌朱と、ラスと、ガクと、悠餓と──
勢揃いだった。
そして、俺の目の前で、まだ幼い姿の悪鬼の主は必死に俺にそう問いかける。
まったく。尋問だ。
「俺は、これでいい。いや、これが良いんだ」
俺はそっと、目を瞑って倒れている黒雪の頭を撫でる。
「最初は、殺すつもりだったけど。あの時、黒雪は最後、本気で闇に手を伸ばしたんだ。虚空を掴みながら何度もごめんって───」
許すつもりなんてない。
そう思っていた。
今更、許しを乞うても───
だけど、やっぱりどこか違う。
「僕はっ今までの悪鬼たちの中で君たちが1番お気に入りなんだ‼︎人間に戻すのが惜しいくらい…君たちを傷つけたコイツなんて…」
「紫雲がそう言うんだ。許してもいいんじゃない?」
主の言葉を遮るように、ラスは優しい声でそう言った。
瞳の闇が晴れ、あの優しいラスに戻っている。
主はグッとしたを俯いてから微かに笑った。
「それなら、仕方ないか。じゃあ、黒雪くんから君たちの記憶を全部消し、関わりも消す。それで君たち全員を人間に戻し、あの時間に送り届ける」
目の前が眩しいくらいの光に包まれる。
これで、黒雪と会うのも最後、かな
「ありがとう」
それだけ言って、俺は目を閉じた。
────
「紫雲さん‼︎紫雲さん‼︎」
爽の声と同時に目を開く。
そこには俺を心配そうに覗き込む爽と、長谷川さんとオーナーがいた。
あのスタジオだ。
「よかったぁ───急に倒れるから…」
「アハハッごめんごめん。もう大丈夫だから。一緒に帰ろっか」
そうして外に出た。
「はぁ⁉︎お前今日大丈夫?何急に『誰かに謝りたい』とか言い出すん?」
誰か、知らない人の声と同時に、聞き覚えのある声も響いた。
「いやぁ、なんか。大切な何かを忘れてる気がして──」
息を呑む。
すれ違いざまに、手を掴まれた。
「君‼︎本当にごめん。あと───ありがと」
目を見開いた。
黒雪には記憶がない。
ないはずなのに、なぜか俺にそう言ってくる。
「はぁぁ⁉︎おい黒雪、お前───あ、あの。黒雪が本当にすみません」
そして黒雪と一緒にいた男は俺に何度も頭を下げた。
爽が不思議そうい俺を眺めている。
俺はふっと微笑んでから黒雪の頭を軽く撫でた。
「こちらこそ、ありがとう。これからも頑張ってね」
そう言って手を離し、俺は黒雪に背を向け歩き出す。
全ての世界が一つになった今、
きっと
奇跡が起こる───
曲の解説も今度行おうかなと思っておりますが、まだやるかは決定しておりません。
やってほしい!
という方が一人でもいらっしゃればやろうと思います。
希望者がいたらぜひ、ファンレターか応援メッセージなどにお願いします。
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目次
- 1......全ての世界が一つになった時 第1話
- 2......全ての世界が一つになった時 第2話
- 3......全ての世界が一つになった時 第3話
- 4......全ての世界が一つになった時 第4話
- 5......全ての世界が一つになった時 第5話
- 6......全ての世界が一つになった時 第6話
- 7......全ての世界が一つになった時 第7話
- 8......全ての世界が一つになった時 第8話
- 9......全ての世界が一つになった時 第9話
- 10......全ての世界が一つになった時 第10話
- 11......全ての世界が一つになった時 第11話
- 12......全ての世界が一つになった時 第12話
- 13......全ての世界が一つになった時 第13話
- 14......全ての世界が一つになった時 第14話
- 15......全ての世界が一つになった時 第15話
- 16......全ての世界が一つになった時 第16話
- 17......全ての世界が一つになった時 第17話
- 18......全ての世界が一つになった時 第18話
- 19......全ての世界が一つになった時 第19話
- 20......全ての世界が一つになった時 第20話
- 21......全ての世界が一つになった時 第21話
- 22......全ての世界が一つになった時 第22話
- 23......全ての世界が一つになった時 第23話
- 24......全ての世界が一つになった時 第24話
- 25......全ての世界が一つになった時 第25話 完結
- 26......全ての世界が一つになった時 総集編
- 27......全ての世界が一つになった時【全ての始まり】
- 28......全ての世界が一つになった時 【闇に落ちる】
- 29......全ての世界が一つになった時 【闇に落ちる2】
- 30......全せか 続編連載決定!!