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クライシス防衛戦──決着
「モルズさん、手短に作戦を説明します」
レイが一本の触手をモルズの側に這い寄らせ、そこから声を響かせた。
「分かった」
モルズは、短剣で七番の攻撃をさばきながら言った。やはり、使い慣れたこの短剣がいちばん扱いやすい。
「まず、グノンには十一番の足止めをしてもらいます。私とユニアで全体の補助。モルズさんには、十一番にとどめを刺す役目を任せたいです」
レイが七番の攻撃を相殺する。
「了解し――」
『俺は十一番じゃない。七番になったんだ』
モルズの声にかぶせるように、七番が言った。グノンが抑えていたはずだが、いつの間にかレイに接近している。
七番がレイに向かって触手を伸ばす。側にいたモルズには目も向けずに。
レイは、うかつに動けない。思考誘導の対策、大量の触手の対処などを一人で行っているからだ。何かが狂えば、有利な状況から一転、圧倒的に不利な状況に陥るかもしれない。
モルズは、いちばん最初に到達した触手を短剣で弾いた。まず、一本。
続いて、一瞬の後にやってきた本命を目で捉える。十本余り。さすがに、相手も大部分の触手を一人に集中させるほど愚かではない。
短剣の角度、腕を振る向き、加える力の大きさ。物を弾いた後の結果を左右する要素全てを支配下に置く。
「セイッ!!」
グノンが裂帛の気合いを上げ、七番に拳をぶつける。なんとか追いついたようだ。
『ぐっ!』
衝撃が七番の全身に広がり、七番の動きが数秒間止まる。
モルズは、レイに向かって繰り出された触手を一箇所に集めた。折れた刀を引き抜く。短剣より、こっちの方が刃渡りが長い。
今がチャンスだ。奴の触手を一気に断ち、攻撃手段を減らす。
束になったところに、刃を思い切り振り下ろした。勢いが力に変わり、ほとんど抵抗を感じさせず触手が空を舞う。
本体から切り離された触手は、地面に落ちる前に空気に溶けた。
それとほぼ同じタイミングで、七番は動き出す。
触手が切り離されたのを確認すると、今度は逆に後方に飛び退いた。触手がほとんど無い一瞬の隙を突かれれば、負けてしまう可能性が高い。触手の長所を活かすために、距離を取ることが先決だった。
モルズたちと七番の間の空白地帯。モルズやグノンが攻撃を届かせられない距離。
それを埋めるように、ユニアが弓に込めた力を解放する。
つがえられた数本の矢が、七番に向かって飛来した。
七番は、遠くから飛来する矢を回避、または逸らしていく。見てから対応するのは容易にできた。矢を視認してから、矢が到達するまで、ある程度の時間があるからだ。
七番は最後の一本を握りつぶし、矢が飛んできた先を|睥睨《へいげい》する。既に射手――ユニアは、別のところに移動していた。
七番が矢の対処をしている間に、モルズとグノンは七番に接近していた。
モルズは短剣を突き刺す準備をし、グノンは殴打の構えを取る。
七番も触手を再展開し、攻撃に備える。
『っ!?』
七番が声にならない声を上げた。モルズたちに向けられていた意識が揺らぐ。
この隙を突かない手はない。そんなわけで、先手を取ったのはモルズたちだった。
モルズが、七番の|懐《ふところ》に切り込む。
平常を取り戻した七番の触手に襲われるが、もう遅い。触手が脅威だったのは、その数と可動域の広さ故だ。それらは、開けた場所で効果を発揮する――つまり、近づいてしまえばどうとでもできる。
グノンが七番の動きを止めようとするが、七番に警戒され近づくことができない。
触手を殴りつけさえすれば、本体にも衝撃が到達して全体の動きが止まる。だが、殴りつける前に攻撃を食らえば、そうはいかない。グノンが攻めあぐねているのは、そういうわけだ。グノンの元に伸びてくる触手は、総じて殺意が高い。
「ぬぉっ!?」
グノンの足元から伸びた触手が、グノンの体を絡め取る。グノンが他の触手に気を取られている隙を突かれた形だ。
そのまま、触手は空に向かって伸びる。七番の限界の高さまで伸びた後、触手が消えた。
グノンが空中に投げ出される。一瞬の浮遊感の後、体が地面に向かって落下を始めた。
このまま地面に衝突すれば、待っているのは死のみ。受け身を取ろうが取るまいが、その事実は変わらない。
グノンが地面に叩きつけられる直前に、七番のものではない触手がグノンへ巻きついた。レイだ。
グノンはレイに礼を述べ、戦いに復帰しようとした。
「助かった! ありがとう」
レイの返事はない。レイは、苦しそうに肩を上下させていた。
「レイ? 大丈夫か!?」
グノンがレイに駆け寄り、肩を揺さぶる。レイは僅かに体を動かすだけで、明らかに正常な状態ではない。
『まだ完全に回復していないのに、無理しすぎだ』
レイの様子を見て、七番がつまらなさそうに|呟《つぶや》いた。
七番の言葉を聞いたグノンは、レイの戦闘続行は不可能と判断。レイをユニアの位置まで後退させ、自身は前線に戻った。
グノンは、弾丸のように七番に突っ込む。グノン一人で対処できる量を超えた触手が殺到するが、構わずに。
レイが倒れた以上、今までのようにはいかない。主に戦っていたのはモルズとグノンだが、彼らが全力を発揮できたのは、レイが細かいところを全て対処してくれていたからだ。
故に、多少の負傷を許容してでもこうして攻め込む必要があった。
触手が、グノンの脚を、腕を、脇腹をえぐる。血が流れ、地面に染み込むが、一撃を届かせるだけならば十分だ。
何度も打ち込んできた拳を握り締め、七番に向かって繰り出す。当たる。確信した。
七番もそう思ったのか、狙いを変えた。
グノンの攻撃はほぼ防ぎようがない。が、決定打にはならない。
本命の攻撃を繰り出す相手を潰そうと考えるのは、当然のことだろう。
七番の触手が全て迫ってくる様子を見ても、モルズはそこまで恐怖しなかった。ようやくここまで来た。そんな気持ちの方が大きかったと思う。
触手がモルズに当たる――寸前、グノンの拳が七番の体を捉えた。
触手の動きが固まってしまえば、核まで到達するのはそう難しくない。
全ての触手が足場。邪魔な触手は切ってしまえば良い。
跳躍――加速。核へ一直線に進む。
顔の前に触手。切るしかない。
スピードに任せた一撃で、切断する。
――残り、半分ほど。
ここまで走り抜いた時間を考えれば、七番の硬直が解けるまでに核を貫ける確率は、半々といったところ。
トップスピードを維持したまま、風になる。
モルズが足を着けたところの土は、爆発するように飛び散った。
そろそろ時間だ。いつ七番が動き始めてもおかしくない。
最後の一歩を踏み入れた。七番はまだ動かない。
いける。モルズはそう思ったし、他の誰でもそんな判断をするはずだ。
勢いを全く殺さないまま、モルズは短剣ごと七番にぶつかった。
「なっ」
短剣が弾かれた。七番の胸元、鉄猪の皮膚によって。ただの鉄猪なら良かった。多少の抵抗はあるだろうが、それごと斬れただろうから。
運の悪いことに、鉄猪の皮膚は通常のものより五倍は硬いものだった。だが、大丈夫だ。もう一度振り直せば良い。今の失敗で、斬り方は分かった。
モルズは短剣をもう一度振り――
――さらに不運なことに、ここで七番の硬直が解けた。全力で後ろに飛び退かれ、短剣が空振る。
さすがに今の攻撃は危ないものだったらしく、七番は長く息を吐いた。
グノンは負傷し、モルズも体力の大半を使い切った。レイは戦闘続行不能。
モルズたちの詰みだ。
――だが、まだ天はモルズたちを見放していなかった。
七番の背後からユニアの矢が迫る。七番は、まだ気がついていない。
『フッ!』
矢が七番の体に触れる直前、七番が触手を伸ばした。矢を捕ろうというのか。一本だけしか使わないのは、自信の表れに見える。
『ッ! ……がっ』
その一本の触手を、弱々しい触手が払いのけた。決して打ち合う威力はないが、今はそれで十分だった。
ユニアの矢が七番の胸を貫く。幸い、背中側には何も仕込まれていなかった。
七番に、抗いようのない死が|訪《おとず》れる。
「大丈夫か?」
三番の対処を終えた組合長が、駆けつけるなり言った。
「ああ……一応はな。休めば治る、と思う」
モルズが最後に「思う」と付け足して言葉を曖昧にしたのは、レイがどんな状態なのか分からなかったからだ。
「分かった」
組合長は端的に言って、会話を終わらせた。顔には出ていないだけで、疲れているのかもしれない。
「他の二体は私が倒した。これで三体目、今回侵入したものは全部だろう」
組合長はモルズの方に体を向けた。モルズ、グノン、ユニア、レイの順に視線を移動させる。
「協力、感謝する」
軽く頭を下げ、言葉を続けた。
「被害は軽微だ。重ねて感謝する。うごけない者は私が連れて帰ろう」
肩にレイを担ぎ、組合長はこの場を後にした。
「……」
その場に残されたモルズとユニアは、無言で見つめ合う。話題がなかったから、そうするしかなかった。
気まずい空気の中、グノンの大声だけが場に響く。
「今回の戦いは危なかった! もっと強くならねば!」
下手をすれば命を失っていたというのに、グノンは高らかに笑った。
「帰るぞ。|凱旋《がいせん》だ!」
モルズたちのリーダーのように振る舞い、気まずい二人を引き連れて戻る。
いつもは迷惑だとしか思わない性格だが、今はありがたかった。
――クライシス防衛戦、被害は軽微で、人類の勝利。