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ガラスのような貴方 第5話
「………はあ」
職員室に戻り、俺は思わずため息をついた。
『ネクタイ、緩んでますよ』
そう言って俺のネクタイを直してくれた本間先生の顔が、頭から離れない。鼻が高くて、切れ長な目。ポロシャツから見える、筋肉質だけど色白な腕。
「福田先生、疲れてます?」
頭を抱えて下を向いていると、向かい側のデスクに座っていた美術担当の三井先生から声をかけられた。
「教師は、いつでも疲れてますよ」
「確かに。最近暑いし、先生テント運んできたところだから余計疲れてますよね。無理しないでくださいね」
「ありがとうございます」
本間先生のことが気になるが、まだ期末テストの問題を作り終わっていないため早急に完成させねば。俺は気持ちを切り替えて、パソコンを開いた。
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日曜日。部活の指導もないため、今日は一日中暇だ。ほぼ毎日外に出ているのでたまには家でゆっくり過ごす時間も悪くはないが、大してすることもない。早起きの癖がついているせいか、気持ちは昼まで寝れそうなのに朝8時に起きてしまった。とりあえず朝ごはんを食べて、スマホを開いて連絡がなにか来ていないかチェックする。
………まあ、何もないよな。
昼ごはんぐらいは外に食べに行ってもいいかな、とは思うが日曜の外、しかも6月中旬なんて暑すぎて面倒臭い。連絡すれば会ってくれる友達もいるが、当日に言うのは如何なものか。と思い悩んでいると、
「ん?」
手に持っていたスマホが震えた。見てみると、本間先生からLINEが来たようだった。
『おはようございます。急なお誘いで申し訳ないのですが、今日のお昼ご飯良ければ一緒にどうですか?暑いですし、住所教えていただければ俺の車で送り迎えします。難しかったらまた別の機会でも大丈夫です。』
なんと、いいタイミングなんだ。俺はすぐさま既読をつけ、返信のメッセージを打ち始めた。
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「おはようございます……じゃないか。こんにちは?には少し早いですよね」
「どっちでもいいんじゃないですか?とりあえず、おはようございます」
「それもそうですね。おはようございます」
12時頃、俺の住むマンションの前まで本間先生が車で来てくれた。
「あ、そういえばどこで食べるか決めてませんでしたね。どうしますか?」
「ファミレスでもいいですし、ショッピングモールのフードコートでも。本間先生は何が食べたいとかあります?」
「うーん……海鮮系かなあ」
「じゃあ回転寿司とか」
この時間に行ったらだいぶ混んでそうだが、値段も高すぎないしいいのではないだろうか。
「いいですね回転寿司。回転寿司行きましょう」
「じゃあ、運転お願いします」
「任せてください」
そう言って本間先生はドヤ顔で親指を立て、車は走り出した。車内には本間先生チョイスのBGMが流れているのだが、俺の知らない曲が多い。
「先生ってどんな音楽聴くんですか?」
走り出して3分ほど経つと、本間先生にそんなことを聞かれた。
「洋楽が多いかもしれないですね。流行りのJ-popはあまり知らないんですよ」
「えっ、じゃあ英語わかるんですか?」
「単語の意味だけ、少しならわかります。文となると全くできませんね」
中学校教師あるあるだが、自分の担当外の教科となると本当に何もわからないのだ。だから今何教科も1日に勉強して、さらにテストもある中学生は凄いなと思う。部活に入っている子も多いし。
「かっこいいですね〜。俺も授業の時横文字の用語とかちょくちょく出てくるんですけど、毎回ちょっと困りますもん」
「それは大変。理科も横文字ありますけど、大体アルファベット1文字とかそのくらいなので楽ですよ」
「いいな〜」
そんなくだらない話をしながら15分ほど経ち、無事寿司屋に着いた。お昼時だからか、やはり結構混んでいる。
「席、せっかくだしテーブル希望にしときます?時間かかるかもしれないですけど」
もちろん予約はしていないので、発券機で番号札を貰わないといけない。誘ったの俺だから、と本間先生はサクサク操作をしてくれる。
「ですね。私今日は何も予定ないので、どれだけ待っても大丈夫ですよ」
「じゃ、テーブル希望にしますね」
番号札を受け取り、待つ人用の席は埋まっていたので立って呼ばれるのを待つ。教師は授業中ずっと立っているので、このくらいの待ち時間は余裕だ。
「福田先生の好きな寿司ネタってなんですか?」
「あの、ちょっといいですか」
待ち時間、会話に花を咲かせようとしていた本間先生を遮って、俺は口を開いた。
「あ、はい。なんでしょう?」
「その……外で、先生って呼ぶのやめません?」
「えっ?」
なんでそんな事を、と言いたげな顔をする本間先生。年齢的には立派な大人だけど、今の顔はずいぶん子供っぽい。俺より年下だし。
「休日ぐらい、仕事のこと忘れたいじゃないですか」
なんてことを言っているが、本当はもっと近い距離で話したいだけだ。
「じゃあなんて呼んだらいいんだろう……福田さん?」
「どうせなら下の名前で」
「えーっと……真也、さん」
少し照れながらそう呼ばれ、自分の心臓がキュゥゥンとなるのを感じる。
「ありがとうございます。拓巳さん」
「うわ、なんか恥ずかし……」
拓巳さんがそう言って下を向いたところで、俺たちの番号が呼ばれた。
「呼ばれましたよ。行きましょう」
「あ、はい」
俺たちは恥ずかしさを振り切るように早歩きで、機械に教えられた席まで向かった。
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「美味しかったですね」
「俺寿司食べるの超久々だったから、余計美味く感じました」
1時間半ほど寿司を食べ、割り勘で会計して店を出た。そして今は本間先生の車に乗り、俺のマンションへ向かっている。
「また、誘ってもいいですか?」
音楽を流しながら走っていると、拓巳さんがそんなことを聞いてきた。
「もちろん。今度は私から誘いますよ」
「本当ですか?楽しみにしてます」
楽しい時間ほどあっという間に過ぎるもので、あっという間に俺の家へ着いた。
「じゃあ、また明日学校で会いましょう」
「ええ。今日は丁寧に送り迎えまでありがとうございました」
「いえいえ。学校では、先生呼びでいいですか?」
少し恥ずかしそうに目を逸らして、拓巳さんがそう言う。なんだろう、すごい可愛い。
「いいですよ。名前で呼ぶのは2人きりの時だけで」
「ありがとうございます。では」
本間先生を見送り、自分の住む部屋へと戻る。寄り道は特にしていないのでまだ3時頃だが、今から明日が楽しみになった。