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十四
「レーオさーん。朝ですよー! 休業日だからと怠けなさるなー!」
「ああもう、うるせぇ。休みの日くらい休ませろ」
カンカンカンと玄関の扉を叩かれ、俺は布団の中で眉を|顰《しか》めた。
「レオさんあなた、太りますよ」
失礼極まりないことを言われ、俺は渋々と身を起こす。ガチャっと音がして、誰かが入ってきた。
例のあの雑貨屋の店長だ。
「あーお袋かよ……」
思わずぼやくと、玄関先でぬるり、と彼が顔を上げる。
「ん? 何か言いましたか?」
「何もねぇよ」
薄っぺらい見た目をして、地獄耳だ。
セナに魔力を与えた後、俺はすぐにまとめた荷物を持って館を出た。行き先はすでに話を通して決めていた。
雑貨屋だ。
というか、他に候補になり得る場所が思いつかなかった。この世界の前提ともなる魔力を失った人間を、雇い入れる者などほとんどいないからだ。
セナに魔力を与えると決めて、俺はまず店長のもとに出向いた。そこしか当てが思いつかなかった。
目の前でセナが倒れたこと、セナの瞳の色で察していたのか、多くを語らずとも彼は事情を理解してくれた。
今、俺は店長が提供してくれた宿で、その雑貨屋で働いて暮らしている。
「ああもう、ごろごろと寝ている暇があるなら買い出しに行ってくださいな」
ガサゴソと彼は懐に手を入れ、中から紙とペンを取り出す。そしてさらさらと紙に何かを書き始めた。
本当にお袋みたいだ。
「はい、これがメモですから、買ってきてください」
ビッと無造作に俺の方に紙を差し出し、それじゃあよろしくと彼は部屋から出て行った。
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「あーめんどくせ。お袋かよ。」
アランのほうがもう少し放っておいてくれていたなと昔を思い返した。アランが管理していた庭の情景が脳裏を横切る。
真冬で、ただ枝ばかりの木が立っている、土だけの花壇がある、それが最後に俺が見た風景だった。
寒さもだいぶ緩み、もうそろそろ春になる。
花はちゃんと咲いてくれるだろうか、葉はちゃんと生い茂るだろうか。
ぼんやりと考えていて、パタパタパタと駆けてくる足音に気づかなかった。
ゆるりと顔を上げたときにはすでに遅く———小柄なものが衝突してきた。ドン、と鈍い衝撃を感じて、後ろによろめく。
小柄なもの——人は、そのままドサっと尻餅をついた。
「……危ないだろ。そんなに道を爆走すんな」
そう言いながらその脇の下に自分の腕を通した。やっとその姿を見る。
少女だった。どこかで見覚えが———。
体を抱き起こすと、すみません、と少女が頭を下げる。
まさか。そう感じて、頭を下げ続ける少女の肩を叩いた。彼女が顔を上げる。
自分がよく知った顔。———黄金色の瞳だった。
こんなに早く会うとは思わなかった。アランから、移り住んだ場所は聞いていたが———。
黄金色の瞳に、自分の顔が映る。
自分の顔、自分の瞳。無機質な色、切り裂かれたような傷跡の残る瞳が———。
濃淡問わず何かが流れ込み、胸の内でぐちゃぐちゃに混ざり合う。
めまいがする。上手く息ができているのかも分からない。
「あ、の……?」
戸惑ったような声に、ハッと我に返った。
心底不思議そうな顔をしている。自分のことは覚えていないようだった。本当に、記憶を失ったのか。
このまま立ち去るのもよくない、何か言わなければ。
そう思って、口を開いた。
「……素敵な瞳だね」
かつて俺が持っていた色を与えられた目の前の彼女は、笑っていられているのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はただ曖昧な笑みを浮かべていた。