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生きてた証拠
約9000文字。
「生きてる証拠」のおまけ的続編。
心臓要素より、解体を書きたかった人。
不登校の子供が横たわっている。
長く、黒い机。その上に、横たえている。
実験動物のように、一体だけがある。性別は女の子。身長136cm、体重28kg。
服装は淡桃のスウェットのようだ。女の子なのに、どこか薄汚れている。部屋着のままここに連れてこられたのだろう。彼女は胸の上で祈るように両手を組み、目は閉じている。
机の上に置かれたプレートには「12:30 死亡確認 安楽死処置」と書いている。
そう。彼女はもう、すでに死んでいる。
今日の昼の時間。皆が給食をして友達と談笑している間、彼女はこの世を去った。去ったばかりだった。もう、この世では生きていない。
「この子が生きてた証拠を観察しよう!」
まだ生徒のいない理科室の大実験教室にて。そのような文言を黒板に書いている理科室の先生がいる。
この前の授業は「生きてる証拠」。夏休みの宿題で出された心臓発表会から一週間が経過していた。その時と同じ先生である。
まもなく、理科室に生徒たちがぞろぞろ入ってきた。
昼休みと同じようなテンションで来たらしい。冷たい廊下から冷たい理科室に入ってきた。教室よりも空気は冷えている。でも、通常よりもさらに空気が冷えていて、どうしてなのかと戸惑っている。まさか死体が安置されているだなんて、思わない。
何の説明もなく、同年齢の子供の死体が寝かせられているので、生徒たちは、ハッと驚く顔を浮かべたり、指を差していた。えっ誰? という視線。短い叫び声をあげた女子生徒も何人もいた。
男子生徒は物珍しい顔つきで、物言わぬ不特定の死体を見ている。遊園地のお化け屋敷に入った時みたいに、一方は驚き、一方は冷静だ。
興味がある人は、死体のあるテーブルに集まった。初めて生の、自分と同年齢の死体を見る生徒たち。真剣な眼差しだ。
「はーい、みなさん、席についてくださいね」
白衣を着た理科室の先生は、理科準備室から出てきてすぐに声をかけ、生徒たちは規定の班に分かれて座る。生徒たちを見やった。
「これから授業を始めます」
「先生」一人の生徒が手を挙げた。
「先生、あの生徒は誰ですか」
「いい質問ですね。この子は、あなたたちのクラスメイトですよ」
「えっ、く、クラスメイト……?」
クラスにどよめきが走った。まさか同級生が、それも同じ教室の人が突然殺されているだなんて、とんでもない。親は怒り狂うだろう。
「え、え……」
と、じっくりと顔を見てから「いや、見たことないですよこの顔」
「それはそうです。だって、不登校の子ですから」
「不登校? ああ、いつも空席の?」
「そうです」
先生がそういったので、手を挙げた生徒は他人事のように安堵した。
「よかった。まさか友達が殺されたかと……えっと、みんな揃ってるか?」
陽気なクラスメイトは冗談げに点呼を取る。班ごとなので5・6人。昼間と同じメンツだと確認することで日常生活を確認した。先生は、静かに、と。その和やかな雰囲気を取り除いた。
「名前は岸|花英《はなえ》さん。三年生の時からずっと不登校だったので、ここで死んでもらうことにしました」
「えっ、先生が殺したってこと?」
「はい」先生は笑顔で伝えた。
「先生! どうやって殺したの?」
「安楽死処置ですよ、安楽死。授業で習ったでしょう」
「えっとたしか……」
教科書かノートを捲る音がする。
「眠り粉を嗅がせて、その間に心停止液を注入……?」
「そうです。まあ、眠らせて毒殺ですね」
「うわっ、ひどっ。まだ1〇歳ですよ?」
「ふふふ、ほんとうにそう思ってますか」
「うーん……。まあ。友達が死んだわけじゃないしなぁ」
「不登校だもんな。生きてる意味ないか」
「なら死んだほうがお得だね」
「ね、どうせ学タブで死にたい死にたいって言ってたんでしょ。殺されて本望かな」
「うわー、病みアピの末路がこれかぁ」
「こらこら、そこ。死者を侮辱しないであげて」先生が指摘する。
「これでも一生懸命生きてたんだから」
「モグラのように家で引きこもって?」
「あはは」
先生はこれから行う授業内容を語った。
端的に言えば解剖学的な実験だった。
大学医学部で行うような、献体による解剖ではなく、同年代の、実際の不登校生徒を殺してすぐに解剖するという画期的なものだ。クラスに一人二人はいる不登校を有効活用したものらしい。
各クラスに不登校を配置しているのはこれが理由だ。決して席を保有して、いつでも帰ってきてもいいように、だなんて、そんなやさしいことなどしない。時期が来たら、実験動物の飼育のように……、殺してあげる。
親のサインも密かにとってある。だから学校に行くように積極的にやっていたのだ。そのチャンスを|無碍《むげ》にしたから、こうなったのだ。
「では、授業を始める前に。みなさん岸さんに拍手。授業のために、あなたたちよりも先に死んだんですから」
「たしかに、不登校なのによく学校に来てくれたよね」
パチパチと拍手。
大音量だが、その音はすごく乾いている。不特定物だから、マネキン人形に送るようなものだ。
「殺されるために学校来たんでしょ?」
「来てもボッチだろうし、何のために今まで生きてたんだろう……」
拍手喝采に混じって、このような小さな声の会話も溶け込んでいる。
「では、岸さんの死体を観察してみましょう」
と、理科の授業は始まる。子供たちは椅子をガタガタ引きずって、死体のある机の周りに集まった。
「これから岸さんの『生きてた証拠』を見つけていきましょう。さて塩原さん、ニオイはどうですか」
「うーん……。汗と、あっ。若干おしっこの匂いがするかも」
「そうですね。殺されるときに失禁をしたみたいですね」
「いつもは嫌なニオイだけど、先ほどまで生きてた証拠だと分かると我慢できるね」
手首で脈を取るが、反応なし。
「心臓動いてないね」
「ちゃんと死んでるね」
今の時刻は13:30。死亡確認は12:30。死後1時間が経過していることになる。脈がないとは言え、眠っている姿だ。死んでいるとは到底思えなかった。
先生は死体の胸元に手を伸ばし、緩めた。生徒が左胸に手をかざす。胴体はまだほんのり温かい。けれど、心臓はもう動いていない。そのことを確認した。
生徒たちに言って、服を脱がせてヌードにさせていく。露わになっていく血色のない、白い肌……
「皆さん、肌の色とかも見てみましょう。例えば、乳首の色はどうですか。自分のと比べてみましょうね」
「ちょっと茶色っぽいかなぁ」
「そうですね。血色がなくなってピンク色じゃなくなるんですね。余談ですが、男子に乳首を吸われ慣れると、このくらい暗くなりますよ」
「えー、やだー」
服を脱がせ、下半身裸。
女の子の性器をまじまじと観て、こうなってんのか、と男子生徒はワレメに指をさす。陰毛は薄っすらとしていた。女子たちは手足を触っていた。手足の末端は、氷のようにもう冷たい。死後硬直はまだらしい。
「せっかくですから、岸さんの身体、触ってみてもいいですよ」
「え! じゃあ先生、おまんこ触ってもいいですか?」
「ちょっと!」女子生徒がたしなめる。
「ふふふ、いいですよ。でも、ちゃんと洗ってくださいね。死んだらそこ、ばい菌がいますからね」
「げっ」
「それはそうでしょ、死体なんだから……」
先生に優しく注意されて、慌てて手を洗う男子たち。けれど、興味のほうが勝るのだろう。
男子生徒がふざけて乳首をつねったり、女の子のちんちんのないワレメを触ったり、撫でるものもいた。性知識のある人は、穴に指を入れたり出したりして、こうやって女の子を喜ばせるんだ、と自慢したりしていた。女の子の反応は、半々だった。
しかし、当の本人は反応しない。死体だからだ。死体というより、人体模型代わりなのだ。安楽死を受け入れた代わりに、未来ある生きている子供たちに学びのチャンスを与えている。だから死んだ価値があるというものだ。
「みんな触りましたか?」
「はい」
ぐにゅぐにゅと揉むように、お腹や胸の肉を触っていた。同年代で気安い調子。不登校児だからか、所詮知らない人だからか。死体と対面しても平気でいられる子供たち。
「それでは「身体の中身」を見てみましょう」
先生は、事前に黒板に人体の図を描いていた。教科書通りに、人の形を書いて、その中身を説明した。子供たちの視線は、死体よりも黒板に注目する。
「この図を見てください。私たち人間は、大きく分けて胸とお腹に分けられます。胸は、骨で出来た籠の中にあります……」
黒板に書かれた内臓図に指示棒で差しながら、ここは肺、ここは心臓と位置を確認していく。
「このように、様々な臓器があるんですけど、それがきれいに収まっているんですね。それを岸さんの身体を解体して、実際に見ていきましょう」
先生の手は、刃先の鋭い包丁を持っている。先ほど準備室で包丁を|研《と》いでいたようだ。
「これは肉包丁と骨包丁といいます。肉包丁で岸さんのお腹を切り裂き、胸骨や肋骨を骨包丁でギコギコ切っていきます」
「なんだか大変そう……」
「やってみます。あ、身体を切ると、嫌な匂いがしてきますから、マスク持ってる人はするといいですよ」
ほぼ全員がマスクをし終わると、先生は行きますよ、と胸の中心からお腹にかけて、スッと切れ込みを入れた。
「うわっ……」
意外とすんなり刃が入ったことに、生徒たちは驚いている。かまぼこを切るようだった。一部の人は自分の胸に手をやっていた。マグロの解体ショーを見ているようだった。
切れ込みを大きくして、肉を広げていく。細身の体なので、脂肪はあまりないのだろう。お腹の筋肉を切っていくと、みるみるうちに骨が見えてきた。お腹の方は内臓が見えていた。小腸か大腸か、あるいは別の物質か。生徒の目ではわからない。
胸骨と肋骨前の、肉と皮を寄り分けるように、肉包丁が斜めになったり、横に傾けて進む。ザクッ、ザクッ……。切れ目が広がり、肋骨の盛り上がりが露わになった。
「これが肋骨……骨でできた籠です。この中に肺と心臓が入っています……」
「すっげ……」男子生徒は声を上げた。
「切って中を見てみましょう」
骨包丁に持ち替えて、胸骨を縦に切り割った。大人の力では、結構簡単に切れるようだ。ザクッザクッと縦に、そして二本目の縦線。胸骨を取り去った。
「わっ、心臓だ。直接触ってみたい!」
「いいですよ〜、触ってみても。どうですか」
心臓に指を押している。
「わぁ〜、意外と硬くて、ぷよぷよしてる。弾力性があるお肉みたい」
「死にたてですからね。あっ、心臓は傷つけないように。あとでこの心臓はお供えしないといけませんから」
「お供え? 神様に?」
「ええ」先生は、微笑みながら答える。
「不登校のような生きてる意味のない生物は、神様のお供え物にするために殺されたことにするの。神様は心臓が好きだから、上納されるために、栄誉ある死を与えられる。そのために生きていたってこと」
「ふ〜ん、よくわからない」
図書委員の子が補足した。
「不登校ってね、学校に行かないのに、日々苦しんでるの。なぜだかよく分からないだろうけど、簡単に言えば生きてる意味が分からないからなの。だから、死んだあとに、生きてる意味を与えてあげてるんだと思うの」
「ふ〜ん、ますますよくわからない」
「あなたの心臓を捧げるより、不登校の心臓を捧げた方がいいでしょう?」
先生は、死んだ生徒ではなく、生きた生徒の身体を触り、胸を撫でた。撫でられた部分はどくっどくっ、と鼓動を刻んでいる。意味のある鼓動だ。
一方供えものである肉塊の心臓は、今は冷たく停止していた。死ぬ前も、鼓動を刻んでいたが、意味のないことをしていた。同じ生物で同じ細胞組織なのに、生死の対比を実感した。
「それとも――」
先生は、血のついた解剖包丁の先を差し向けた。
「あなたの心臓にする? 先生はどちらでも構いませんよ。だって私、一時間前に不登校を殺した殺人鬼ですからね」
「先生、私死にたくない!」と生徒は主張した。
「死にたくない、死にたくない。こんな学校に行かない友達も作れない一人で便所飯してそうな人生つまらないバカのために、なんで私、死ななきゃならないの?」
「ふふふ、そう思わせるための解剖実験ですからね。あなたも勉強頑張って、良い成績取って、いい大学に行くのよ。じゃないと殺されて、こんなふうに身体をズタズタにされて、心臓摘出されて、みんなの汚い手で心臓触られちゃうから」
「はい! はい! よく分かりました! こんな負け犬のような惨めな人生にはならないように勉強しまくります!」
先生は、声を掛ける。
「じゃあ最後に皆さん、お礼を言いましょう。先程のような、気の無い拍手ではなく。感謝の言葉を掛けてあげましょう」
「はい。岸さん。不登校のまま、今まで生きてくれてありがとう。そして、僕たちのために死んでくれてありがとう」
「あなたが今まで苦しんで生きてきた理由は、ここで皆に解剖されるためだったんだね」
「ごめんね、苦しんでること気づいてあげられなくて。でも、解剖してみたけど、岸さん健康な身体だったよ。どこも悪くないよ?」
「頭が悪かったってオチじゃねーの? 頭良かったらさ、中学受験の勉強して、人生やり直しできたんじゃね?」
「おい、言うなよ。お前も頭悪いほうだろ?」
「うるせーな。学校行ってんだからコイツより頭良いーだろーがよ」
「お供え物ってことは、神様の一部になるってことなんだね。最後に心臓、触らせてくれてありがとう」
「安らかに眠ってね。五体不満足だけど」
先生は代弁するように、「大丈夫です。眠るも何も、すでに死んで、安らかに眠ってますから」
「あ、そうだった」
最後に心臓摘出します、と先生は言って、不登校の心臓に手を加える。両肺を寄り分けて空間を作り、心臓の周りの組織にナイフで切断していった。ぐじゅぐじゅとグロテスクな肉の掴む音をさせて、心臓を掴んだ。
血まみれの手で心臓を持ち上げる。心臓と身体をつなぐ太い血管が見えた。少し滑るからか、持ち手をねじって、心臓を横に回した。心臓上部にある太い生命線にナイフを当てて、ザクザクと進め、そしてへその緒を切るように切り離した。
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小腸、肝臓、腎臓など。
切り分けた内臓観察を終え、理科実験は終盤戦になってきた。解剖が終われば、この死体は用済み。実験器具の片付けまでが実験である。
「はい、皆さん。岸さんの死体はこの後どこに行くんですか?」
「はい、『燃やせるゴミ』です」
「そのとおりです。『解剖死体はゴミ』なんですね。私達人間のように葬儀をしないので、お墓に行かないし、火葬場に行かないんです。そのまま生ゴミのように、他のゴミと混じってごみ焼却場に行きます」
不登校の身体は、火葬場ではなく可燃ごみの焼却場に行く。人間扱いされないのは、今まで話してきた通りである。
燃やせるゴミ袋が何枚か出てきた。袋のサイズは特大ではなく、中や大だった。学校側の経費削減のためである。
「この中に入れられるように、切っていきましょう」
「はーい」
生徒たちは、ノコギリを持って、細かく切っていく。不登校の身体は死後2時間足らずで用済みになったので、子どもたちの死体遊びをされながら、後片付けされる。
「この子はこれからごみ焼却場に行って捨てられますが、ゴミはゴミでも細かく切ったほうがよく焼けますよね。ゴミ袋も少ない枚数になるので大変エコです」
先生がそう言ったので、子どもたちは「は~い、切り刻んでおきまーす」と脂と血のついたノコギリで、不登校の身体を切断していった。
班ごとに分担して、裁断することにした。腕組と足組に分かれ、競走する。どちらの班が先に骨肉を断つか……。
「イチについて、よーい、どーん!」
誰かが合図の声を上げ、運動会の徒競走のスタートの通りに、一斉にギコギコとやっている。肩と二の腕の切断は、骨が太くないから早めに終わっていた。大腿骨を切断しようとする班が太ももに苦戦している。腕を切って15分待つとゴール。景品は達成感。四肢切断できた。
切り離した腕と脚は、「可燃ごみ専用」と書かれた半透明のプラスチック袋に投げ込まれた。本来は聖なる棺に、それも丁寧に入れられるはずだったのに、ゴミ同然に扱われた。
〇学生の身体の一部なので、余裕はある。投げ込まれることで、半透明の袋が真っ赤な血糊で塗り潰されていく。
同じ調子で、手脚のない胴体が押し込まれた。しかし、難しい。内臓は摘出されたので折り曲げられるが、首は繋がったままなので、どうしても頭が邪魔だった。
生徒たちは考えた。
「ちょっとグロいけど……。ギロチンしようぜ」
お調子者の男子生徒は、ノコギリの刃を持っていた。その者は、殺すぞ、殺すぞ、と死体を脅して道化を演じる。おいお前、いつまで学校に行かないつもりなんだ? 親の気持ち考えたことあるんか? と肉のついたノコギリの刃を頸動脈にあてがう。
「死にたい死にたい言っといてよ。いつまでも手首切ってんじゃねーぞ。本当に死ぬ気あるのか。ほら、さっさと命乞いしろよ。死にたい言ってるけどさあ、本当は死にたくなんてなかったんだよな。周りに迷惑かけて、心配させたかったんだよな。本当に迷惑しかかけなかったな。お前を生んでくれた親に土下座して謝れ。生きててすみませんって言え」
と非人道的に脅した。手首にためらい傷のある人体模型は、無言を貫いた。
当然死体だから動かない。動かないから人間じゃない。
特に何も起こらず、それで、死刑執行人ごっこに飽きたので、首をノコギリの刃をあてがってギコギコした。首切りは、腕や足と違って新鮮だった。なにせ首が切り落とされるのだ。頸動脈を切って、首の骨を切って、首を切断した。
「ふう、ひと仕事したぜ」
「不登校という悪」を殺した感じになった。
胴体は袋に詰め込まれた。足で蹴るように無理やり入れる。内臓がない分、柔軟性がある。
腕、脚、首の切断した胴体の入ったゴミ袋の口は縛り、そのまま人の手でゴミ捨て場に運ばれた。生ゴミ扱いなので、明日の朝には持って行ってくれる。
通常ならば死体損壊罪だが、人間扱いされないので、彼らに罪の意識はなかった。
罪も一緒にゴミ収集されるなんて、後処理が楽だ。酸アルカリだったら中和して廃液処理しないといけないのに……。
そうして、そこまで来ると不登校の陰りはなくなっていた。人の形をなくすと、不登校の汚名は削ぎ落された、ただの人間の子供の首だった。
実験室でお留守番組……不登校の首と一緒に居残っていた生徒たちは、しかし、まだまた解剖欲が満たされなかった。
「ねぇ、不登校の脳みそ、どうなってるのかな。頭かち割って、中身取り出そうよ」
「それはいい」
悪ガキがせせら笑った。先ほど|嘲《あざけ》りながら首を切った男子だ。
「どうせ生きてて何の意味もない出来損ないなんだから。こんな生きてる価値のなかったゴミ、どう扱ってもいいよな?」
そうだそうだ、と賛同し、彼らは血糊のついたノコギリに手に取った。
「さあどうする?」
「ねぇ、せっかくかち割るんなら、ハンマーのほうがよくない?」
「賛成〜。ねぇ、どっかにくぎある? おでこにくぎ当てて、ハンマーでドン!――ってしようよ」
「銃殺処刑みたいに?」
「うん、不登校の|額《ひたい》に風穴開けたい。コイツの脳みそどれだけスカスカなのか、見てみたい」
そのアイデアが採用されたようで、どこから出てきたのか分からない長めのくぎがでてきた。
それを生首のおでこに当てた。
コンコン、コンコンと最初の試し打ちみたいに皮膚を貫通させて、甘く貫いた。
「行くよー、ちゃんと固定しろよ〜。……エイッ」
と。振り下ろされたハンマーは、くぎにクリティカルヒット。カンッ! と、一回で頭蓋骨を貫く音がする。くぎは大きく沈んで、打ち終わった。表面が平らになるくらい、打ち込んだ。死んでいるので出血はない。
「はい貫通。やってみたら、結構薄いな」
「子供だからでしょ」
「うわ、ミスった。釘とれないや」
釘の頭に爪を立て、カリカリしている。
「じゃあ、普通にやるか」
ノコギリをもって、耳の上あたりから切り始める。生首を横にして、中の脳みそを切らないように、回す。硬い感覚がなくなったら首を回して、円周である皮膚と頭蓋骨を切っていった。半周もすると、「うわっ」と中から透明な液体が切れ目から出てきてびっくりした。血液ではない。これが|脳漿《のうしょう》と呼ばれるものか、と確認して、構わず続けた。
4分の3ほど切り込んだら、机の上に置いた。そして、ふたを開けるように、パカッと。額に釘を打ったところが、結果的にふたの金具のようになった。頭のなかの、脳みそを初めて見た。
「これが、脳みそ……?」
「すごっ、初めて見るわ。思ったよりしわくちゃだな」
「教科書で見るより、すごく複雑なんだな」
他の生徒は、頭を撫でるように脳みそを撫でた。脳の皺に指を入れ、なぞっている子供もいる。よく素手で触れるな、と感心する子もいた。皺は続くよどこまでも。教科書に書かれた脳の図は、実は簡略化されたものなのだとリアルで知った。
前頭葉に当たる部分に、一本の釘が差し込まれてあった。先ほどおでこからハンマーで打ち込んで遊んだものだ。
彼女は、その釘を取り出そうとして前頭前野を触った。釘に爪を引っ掛けたい。だから、脳の表面に指をちょっと沈ませて……禁断の触感。
不登校の脳を削る感覚は、ちょうどプリンだった。プリンの上に乗っかったカラメルを、スプーンで取り除くような、そんな奇妙な感触。やばい。もう、プリンが指で触れない……。
前頭前野は、テスト勉強によって知識がため込まれる場所だ。なんだか自分の頭の中とリンクしたみたいになった。他人の脳みそを触っているのに、自分の脳みそをイジられているみたい。ゾワゾワする、体験。
釘を抜く時、ぬちょっとしていた。髄液だろうか、くも膜下の液体だろうか。わからない。
だから、覗いた。脳みそに|穿《うが》たれた穴を覗き込む。それは、とてもぶよぶよしていて、宇宙人のように未知の詰まった物だった。
「これが、わたしの頭の中に入ってるんだ……」
昨日まで何を考えていたんだろう。
不登校とは、抽象的な概念でしかない。見えない衣を削ぎ落したら、跡形もなく消える。そういうものでしかなかったのに。考えすぎて、考えていなかったのだろう。
これも「燃えるごみ」として捨てられるのだろうか……。生きている人間による、残酷なまでの行為にすら、生首の、安らかな眠り顔をしている。それを見ながら、安楽死のときに何を考えていたのか。女子生徒は気になった。
倫理観が迷子だけど、最後がエモいから良いです。