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『②ファンタジー部門』
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『みるる。様』
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本編字数
『9004字』
--- 満開の桜が風で揺れた。 ---
「ふわぁ……」
季節は春。
綺麗な白や桃色で染まった山。
その奥にある小さな神社。
鳥居に座っている小さな影が小さくあくびをした。
少女の名は|雅《みやび》。
明らかに人間のものではない獣の尾を風で揺らしながら麓の村を見下ろしていた。
ありきたりで申し訳ないが、彼女は一般的に九尾と呼ばれる妖怪だった。
少しばかり説明しよう。
九尾とは、名が表すように九つの尾を持つ狐の妖怪。
そもそも狐の妖怪というものは、尻尾の数で強さが分かる。
多ければ多いほど長生きしており、知識も妖力も桁外れだった。
「うぅ、眠い……」
因みに雅の尻尾の数は一本。
ここで疑問に思った人もいるだろう。
何故、九尾なのに一本しかないのか。
答えは簡単、先程も説明した通り妖力が多いから。
妖力というのは妖怪の使う『妖術』に必要な力。
魔力や霊力、呪術などの不思議な力と同じものと考えてもらって大丈夫だ。
消費量が多いほど強力な妖術を使うことができ、自身の妖力を誤魔化すことも可能。
「……!」
ピクッ、と雅の耳が動く。
そして高い高い鳥居の上から飛び降りた。
妖怪というのは、人間より何倍も身体の作りが丈夫だ。
その為、怪我一つなく雅は着地した。
「予定より時間が掛かりすぎではないか?」
「雅」
頬を膨らませながら怒っていた雅。
しかし、名前を呼ばれた瞬間に背筋を伸ばす。
「……おかえりなさい、|叶《かな》」
「あぁ、ただいま」
鳥居を抜けた老婆は家へと足を向ける。
老婆の正体はこの神社の巫女──叶。
半世紀以上も巫女としてアメフラシの舞などをこなしてきた。
妖怪退治もしており、その実力は業界最強と呼ばれるほど。
一人で全てやってしまう者は、彼女以外にいない。
--- これは、本来なら敵である人間と妖怪の物語 ---
---
境内の掃除をする一つの影。
それを|妾《わらわ》──雅は鳥居の上から見下ろしていた。
掃いても掃いても、桜の花弁は落ちてくる。
最近、あまり体調が良くないというのに|彼奴《アイツ》は無理しやがって。
また腰を痛めたらいいのに。
そしたら叶も、久しぶりにゆっくり過ごせるだろう。
「……待て。妾は今、何を考えていた?」
妖怪としてあり得ない。
人間の、しかも|妖怪《妾たち》を倒すことで生計を立てている巫女の身を案じていた。
これでは九尾失格だ。
「あだっ」
そんな声が聞こえた妾は下を見る。
躓いてしまったのか、地面に伏せている叶。
「大丈夫か?」
「……あぁ、心配いらない」
何だ、今の間は。
もしかして擦りむいて血が流れたんじゃないか?
しかし、そんな匂いはしないから足首を捻ったのでは?
仕方ないので、妾が背負って護符を売っている場所まで運んでやる。
「早く跡継ぎを見つけて引退しろ」
「私もそうしたいんだけどねぇ……」
掃除を中断した叶は、お茶休憩に入ることにした。
話題は、後継者について。
本来なら数人で行う巫女の業務。
一度だけ、叶は倒れたことがあった。
偶然訪れた旅する医師に診てもらった結果、やはり数年の無理がいけなかったらしい。
巫女の仕事だけではなく妖怪退治も続ければ、その命は長く持たない。
でも一人で業務をするしかなかった。
この神社を中心とした数十キロメートルに巫女はもちろん、神社だってない。
そして巫女になるにも条件が厳しかった。
「私が死んだあとはお前さんが継いでおくれ、雅」
「はぁ!?」
妖怪である妾に頼むなんて馬鹿なんじゃないか。
そう説教のようなことをしていたら、夕方になっていた。
今日の業務が終わっていない、と立ち上がろうとする叶はやはり馬鹿なのだろう。
とりあえず座らせ、妾が境内の清掃をすることに。
叶には建物の中で護符を書かせたり、お守りを作らせることを優先させた。
「……どうしてこのボロ神社は無駄に広いんだ」
毎日一人で朝から夕方まで、叶はずっと掃除をしていた。
別に頼んでくれたら、妾も少しぐらいは協力してやったというのに。
少し妖術を使って掃除をしているといい匂いがしてきた。
もう日は暮れ、綺麗な月が桜の木を照らしている。
「雅、夕飯にしよう」
「今日はなんだ?」
「報酬金で買った米と、依頼人から貰った川魚だよ」
魚かぁ……。
別に嫌いというわけではないが、お揚げが食べたい。
あれは、人間にしては素晴らしいものを作ったと思う。
「……雅や」
「急にどうした?」
いつもと違う雰囲気の叶に、少し緊張が走る。
もしかしたら、何か大変なことが起こることを予知したのかもしれない。
巫女の力の一つに、未来予知がある。
それが今、発動したと考えた妾は箸を置く。
「いや、何でもない」
そう笑った叶は、今にも泣き出しそうに見えた。
「昔に話してくれた友と、幸せに生きるんだよ」
問い詰めても意味がないことを知っているから特に気にしない。
けれど、妾は後悔するだろう。
この時に無理やりにでも吐かせれば良かった、と思うことになる。
次の日。
雲一つない空が、そこには広がっていた。
久しぶりに気持ちよく目覚めることが出来て、とても気分が良い。
仕方ないから、境内の掃除は妖術で終わらせておいてやる事にした。
「……?」
数刻経っただろうか。
全く叶が起きてくる気配がない。
「まだ寝てるの、か……?」
寝室の襖を開いた妾は、少し違和感があった。
というよりは、ここ数年は感じなかった気配が部屋から感じる。
恐る恐る足を踏み入れて、叶の元へと向かう。
布団で眠っているように見えた。
でも、すぐに気づく。
「叶!」
死の気配。
信じたくなかったが、叶から死の気配を感じる。
呼吸も、心臓も止まっていた。
命の灯火はまだ完全に消えているわけではない。
今から麓の村へと急げば、医者が助けてくれるかも。
そんな淡い期待を胸に、妾は制限を外して獣の姿へと変わる。
叶を咥え、一番の速さで山を下る。
けれど負荷が掛からないように丁寧に運んだ。
「ひっ、妖怪だ!」
「九尾が山を降りてくるぞ!」
村からは様々な声が聞こえてきた。
雅は叶を下ろして、自身に制限をかけて人とよく似た姿になる。
「助けてくれ。コイツのことを、どうか……!」
その言葉を遮るように、雅の頭に石が当たった。
投げたのは、村に住む男だ。
近くにいた男たちも投げ始め、女子供も石を持ち始める。
雅は驚きも、反撃もしない。
何度か後ろに倒れそうになるのを必死に耐えながら、様々な場所から血を流す。
「出て行け!」
「巫女様の仇よ!」
反論する雅の言葉は、どの村人にも届かない。
まだ、叶は助かる可能性がある。
なのに誰も話を聞いてくれないのには、理由があった。
巫女になるために必要最低限のこと。
それは霊力の有無だった。
霊力を持たない普通の人々──この村人たちには雅の言葉はただの雑音。
砂嵐のような、ごちゃごちゃとした音にしか聞こえないのだ。
「……ッ」
届け。
どれだけ雅が願っても、声が届くことはない。
この村の住民たちは何度も叶に助けてもらっている。
なのに、今は雅を追い出すことに夢中で誰も石が当たっていることに気づかない。
(人間なんて嫌いだ)
そう雅は心の中で呟いた。
思い込みが激しく、一時の感情で行動する。
今、この瞬間にも叶が助かる可能性が低くなっていた。
ポロポロと、涙が溢れ落ちる。
雅は大粒の涙を流し、膝をついて頭を下げた。
「叶を、助けてください」
お願いします、と言っても攻撃の手は止まらない。
人々の心にあるのは《《怒り》》だけ。
妖怪が何をしていようと、関係なしに石を投げる。
もう、ダメだ。
「妾のせいでこんなに傷ついてしまったな」
そう言って妾はそっと抱き締めた。
石が当たった場所が痛い。
そして、胸の辺りも苦しい。
知るはずのなかった、人の温もり。
それを教えてくれた叶はもう、いつもみたいに笑ってくれなかった。
「……なぁ、叶」
決して返ってくることのない返事。
でも、期待してしまう。
「今まで、ありがとな」
人の姿のまま、妾は走り出す。
そして、一度も振り返らなかった。
軽い足取りで俺は獣道を進んでいく。
ピタッ、と足を止めてゆっくりと顔を上げると、そこには赤い鳥居が。
元々無かったのか、この世を去ってしまったからか。
神社というのに結界が張っていない。
「……お、いたいた」
賽銭箱の前に座っている人影。
しかし、彼奴は人ではない。
元々この辺では名の知れていたが、最強の巫女を殺したとしてもっと有名になった。
やぁ、と声を掛けてみると顔を上げる。
その顔は白く、あまり体調の良いようには見えない。
俺は来るときと同じ軽い足取りで、その者へと近づいていく。
「妾は今、物凄く機嫌が悪い。命が惜しければすぐにこの場を立ち去れ、霊術使い」
尋常じゃないほどの殺気に、温度が幾らか下がったような気がした。
しかし、俺はそんなことを気には留めない。
「君を勧誘しにきた」
そう、一言だけ告げると目の前に一瞬で移動していた。
首を絞められ、その姿からは想像できないほどの力が掛けられる。
「……さっさと消えろ」
このまま殺されてしまうかと思ったが、どうやら本当に随分と丸くなったらしい。
咳き込みながら床に伏せる私を放り、元々座っていた場所へと腰を下ろした。
しかし、顔は空を見上げている。
「話ぐらいは聞いてくれてもよくないかい?」
「……。」
ふむ、どうしたものか。
ここで退くわけにもいかないが、もう返事をしてくれそうにない。
一人で淡々と話すしかないのだろう。
少し予定外だが、仕方がないか。
「叶殿が亡くなってからの君の働きは素晴らしい。抑制力が消えて暴れる妖怪たちを倒し、俺たち《《退治屋》》の出る幕がなかった」
霊術使いは大きく二つに分けられる。
一つは、俺のように妖怪を退治するための攻撃的な霊術を使う『退治屋』。
そしてもう一つは結界や祈祷など、補助的な霊術を使う『巫女』。
双方を使うことが出来た叶殿を失ったのは、やはり辛い。
「妖怪を退治する妖怪。そんなのどれだけ探しても前例がないだろう。でも、俺はいいと思うぞ」
本来なら、彼女のような妖怪は即座に倒さなければならない。
人間も妖怪も関係なく、多くの命を奪ってきたからだ。
しかし、俺は倒さない。
正確に言うなら、《《倒せない》》のだ。
『私が死んだら雅を、あの子を頼む』
叶殿はいつも、そう言っていた。
もし約束を守らなければ、あの世で何をされるか分かったもんじゃない。
死んだあとにまた殺されるなんて、嫌だからな。
でも、俺自身もコイツのことを気に入っている。
人の優しさに、温かさに触れた妖怪はここまで変わった。
俺の理想が叶う可能性も、ゼロではないということだ。
「妖怪と人間が手を取り合う世界」
「──!」
「貴様が望むものはそんな世界だろう、|響《ひびき》」
驚いた。
この妖怪は、|響《おれ》のことを知っていたのか。
「無理だ、実現するわけない。今までの妾たちと貴様たちがそれを証明している」
「いや、必ず叶うさ」
俺はニッコリと笑った。
「君とあの人が過ごした年月が、それを証明している」
彼奴と過ごした年月、か……。
ずっと昔、一人前の巫女となる前から妾は敵わなかった。
何度も挑んでは負けて、挑んでは負けて。
いつの間にか肩揉みとか境内の掃除とかをやらされるようになった。
「……ハッ」
思わず、笑いが溢れる。
悔しかった。
でも、楽しかった思い出ばかりが脳裏に浮かぶ。
「結局、お主の言うとおりになってしまうではないか」
叶の仕事。
人と話すことの出来ない妾には、巫女として人間どもを守ることは不可能だ。
妖怪を退治することなら、まだ引き継げるだろうな。
彼奴が言っていた《《幸せ》》の意味は、分からない。
もしかして、叶は幸せじゃなかったのか?
「……ふん」
妾はなんて馬鹿なことを考えていたんだろう。
幸せじゃない?
あんなに楽しくて、笑顔が溢れていた日々が?
多分、彼奴が夕飯の時に見た未来は自らが亡くなることだった。
だから泣きそうな顔をしていた。
『昔に話してくれた友と、幸せに生きるんだよ』
遺言だ。
決して一人で死なぬように。
叶を失ったあと、妾が昔のようにならないようにするために遺した言葉。
ギュッと、胸が締め付けられたような気がした。
「危ない!」
そんな声が聞こえたかと思えば、一体の妖怪が妾に爪を向けていた。
速いが、別に避けれないわけではない。
しかし神社に被害が出るのは、少しばかり胸が痛む。
「この妾に傷を一つ負わそうなど、百年早い」
「クソッ」
脇腹に蹴りを入れれば、真っ直ぐ横に飛んでいった。
途中で上手く着地したが、骨を折った感覚がしたから暫くは向かってこないだろう。
妖怪は人より身体が丈夫とはいえ、治るのにも時間は掛かる。
治り次第、逃げ帰ってくれたら一番いいのだが。
「──まぁ、そう簡単にはいかないか」
どうやら妾が気に入らないらしい。
まぁ、巫女の真似事と言っても間違いではないからな。
過去に誰彼構わず殺していたということもある。
怨みは人一倍買っていることだろう。
しかし、こんなところで負けてはいられぬ。
「仕方ない、全力で相手しよう」
「ナメるなよ!」
「誰も下に見てなどいないわ」
体術を基本とし、妖術は身体能力の上昇か。
ただの突きに見えても、下手したら心臓ごと潰されるかもしれん。
低級妖怪なら、一瞬で倒せていたかもしれないな。
だが、五大妖怪の一人である|九尾《妾》には効かぬ。
相手が悪かったな、|中級妖怪《童》。
伸びてきた腕をしっかりと掴み、背負い投げを決める。
「クソ、が……!」
まだ諦めていないのか、童は立ち上がった。
これ以上やれば其奴は命を落とすことになるだろう。
妖力が尽きたとき、代わりに消費してしまうのは《《生命力》》。
敵討ちか何か知らないが、ここで死ぬには惜しい気がした。
どうしたものか。
そんなことを考えているとその妖怪は倒れた。
呼吸は浅く、もう指一本動かせないように見える。
とっくに命を犠牲にしていたのか。
「殺せ」
小さく其奴は言った。
ふむ、と妾は近づいてしゃがみ込む。
「情けなんていらない。敗者は死ぬのが決まりだろう」
「断る。さっさと帰れ」
「……はぁ?」
妾はただ攻撃されたから対応しただけ。
それに、もう殺しはしない。
彼奴は極楽にでも行っているんだろうが、そこから霊術を使ってもう一度死を経験させられる気がする。
故に、彼奴の願いは聞き入れられない。
「……響」
「どうかしたのかい?」
「お主も知っての通り、妾たちの言葉は普通の人に届かぬ。それだけではなく、妖怪というのはあまり群れず自己中心的な考えをもつ奴等しかいない」
結局、妖怪も|自分勝手な《そういう》ところは人間と変わらないんだ。
どうにかして其奴らを統一しないことには、共存なんて無理だ。
「──魑魅魍魎の長」
響はとても驚いているように見える。
過去の妾からは、本当に想像できない言葉だ。
全ての妖怪をまとめるなど、共存と同じぐらい難しい。
だが、不思議と自信があった。
「妖怪どもはどうにかしてやるから、人間どもをどうにかしろ」
「出来るわけがない!」
「妾たちは、人と違って長い命を持っているんだ。|響《彼奴》の意志が途切れない限り、必ずや実現させてみせよう」
「俺が生きてるうちには無理って断言してるよね?」
そうは言っておらぬ、と口元を隠しながら笑う。
響も文句を言ってはいたが、笑みを浮かべていた。
地に伏せていた妖怪は、呆れているようにも見える。
妾は妖力を分けてやって手を差し出す。
先程、あんなことを言ってしまったが良いことを思いついた。
敗者の命は勝者が奪う。
「つまり、お主の命は妾のものだよな?」
「……まさか」
どうやら考えていることが分かったらしい。
響に助けを求めようとした妖怪。
しかし、今まで人間だと気づいたのかとても驚いている。
馬鹿だな、と思っていると妾を壁にしていた。
「何で退治屋がここにいるんだよ!」
「お主こそ、何故壁にする」
「私はアンタと違って低級妖怪なんだから、すぐに退治されんだよ!」
あ、本当に馬鹿だ。
というよりは自身の実力を理解していないのか。
低級と分かっていて妾に挑んだことも意味不明すぎる。
「……名乗れ、童」
「楓だよ!」
「そうか。よく聞くといい、楓。お主は中級妖怪だぞ」
風で草木の揺れる音だけが聞こえる。
そっと楓の顔を覗き込んでみると、思考停止しているようだった。
「まぁ、そんなことはどうでもいい」
「どうでも良くないわ!」
突然の大声に頭がキーンとした。
普通に煩い。
とりあえず驚いていることは十分伝わった。
「楓、妾の手伝いをしろ。そして勝手に死ぬことは許さない」
「拒否権はないんだね、うん」
そうして、雅は初めての仲間を手に入れた。
響と別れるなり、|同じ五大妖怪である四体《叶に話した友たち》の棲まう場所を訪れる。
事情を説明すると力を貸してくれた。
妖怪によっては条件を出したりしたが、雅は特に問題なく共存に向けて進んでいく。
しかし、退治屋を中心とした人間たちはとても順調とは言えなかった。
やはり長年積み重ねてきたものは、そう簡単に崩れない。
「……ここまでか」
そう、小さな声で妾は呟いた。
腹にポッカリと空いた大きな穴。
長年の無理が悪いのか、全く自然回復が機能していないようだった。
止血なんてすることは不可能で、体温が下がっていくことが自分でも分かる。
彼奴が治癒を使う妖怪たちを集めてくれたらしいが、一向に傷は塞がらない。
「意識をしっかり持て!」
昔と同じ、頭にキーンと響く大声。
声的に視界の隅にいるのは楓だろう。
もう、目がよく見えない。
「明日はやっとアンタたちの夢が叶う日だ。死ぬにはまだ早いじゃないか」
「そうは言っても……」
妾はダメだ。
どうにか妖術を使うことをやめさせ、しっかりと指示を出していく。
霊術で傷を負わせたように見せているが、これは妖術だ。
犯人探しはまだしなくて構わない。
明日の式典だけ、歴史を変える第一歩は絶対にやり遂げないと。
「楓、妾の代わりを頼む」
彼奴は、誰よりも変化の術が上手い。
式典程度なら、余裕で乗り越えられるだろう。
「ああ、とても悔しい」
叶が死んでから396回目の春が来た。
桜を見るたびに、彼奴たちを思い出す。
叶の遺言であった『友と幸せに生きる』ことは達成した。
響の死後も、意志を継いだものがここまで頑張ってくれた。
途中、何度も辛く苦しかったが楽しかった。
数年ぶりに桜が綺麗に咲いて祝ってくれているかと思えば、道半ばで命を落とすことになるとは。
運が悪いとしか言いようがない。
「四大妖怪になってしまうな。でも、すぐに楓が妾の席に入るだろうよ」
「そ、んな……私なんて、まだまだアンタには及ばない……」
すすり泣く声が聞こえた。
どうにか妾は腕を持ち上げて、声のする方へと手を伸ばす。
優しく手は握られ、とても安心した。
「後は任せた。それに悔いなく生きてから死なないと、あの世で殺して……やるか、ら……」
覚悟しておけ。
--- 最後の言葉は伝えられたのか、分からない。 ---
妾が地獄に堕ちることは確定。
人を救い続けた彼奴らと会うことなど、出来るわけがない。
「……ハッ」
どれだけ妾は会いたいのだ。
地獄への道を歩いていたら遠くに幻覚が見えてきた。
巫女服を着た婆さんと、見慣れた和装の爺さんが道を遮るように立っている。
「──。」
声が聞こえた。
長い時を過ごしてきたが決して忘れることはなく、夢にまで出てくた優しい声と生意気な声。
思わず、妾は駆け出す。
転びそうになりながらも決して止まらない。
飛びついた妾を其奴たちは、ギュッと抱き締めながら後ろへと倒れた。
「久しぶりだね、雅」
「死んでいるからアレだけど、元気そうで何より」
涙が溢れた。
まさか会えるとは思っていなかったし、何となく温かく感じる。
「叶、響、妾は最低だ。彼奴らに全て任せてしまった」
「託したんだろう、君は」
「でも明日は大事な日だったのに……」
「グズグズするなんて、お前さんは変わったねぇ」
うるさい、と妾は顔を叶へと埋める。
こんなに喜怒哀楽がはっきりしてしまったのは、人間のようになったのはお主のせいだろうが。
響は妾を見て大笑いしていた。
本気で燃やしてやろうかと思ったが、辞めておく。
今は再会にまだ浸っていたい。
「幸せだったかい?」
そう、叶が聞いてきた。
妾は涙を拭いながら、精一杯笑ってみせる。
「もちろん!」
満開の桜が風で揺れた。
現在私──楓は、数百年前なら決して足を踏み入れることがなかった都に来ている。
今日から人間と妖怪が手を取り合う歴史が始まる。
アイツが死んだことは悲しくて、犯人が憎い。
でも今はその感情を全部押し殺さないといけないんだ。
そう、何度も自分に言い聞かせる。
私は《《魑魅魍魎の長》》を演じ切らなければいけない。
何があっても動じてはいけない。
この式典を、私は任されたのだから。
「雅様」
「……今行く」
木の床を下駄で歩く音が静かな都へ響き渡る。
ピタッ、と足を止めた私の視線の先には響の意志を継ぐものがいた。
辺りから感じる霊力的に、放送はうまく行っているのだろう。
放送というのは、式典の様子を全国の人間と妖怪に見せるためのもの。
私は一度深呼吸をしてから云った。
「始めよう」
満開の桜が風で揺れた。
木のてっぺんに、ずっと見てきた一体の妖怪の姿が一瞬見えた気がする。
幻覚だったとしても、多分アイツは何処からかは見てくれているんだろうな。
響と、最強巫女も一緒に見守っていてくれると思う。
そう考えてみたら肩の力が抜けた気がした。
--- 完 ---
ということで、後書きです。
まず一言だけ言わせてください。
「これ、何部門?」
一応和風ファンタジーのような気がするんです。
でも違うの…かな?
もし、企画者から何か言われたときは変えるかもしれません。
さて、小説の内容に触れていきましょう。
題名は「共に生きていく。」
テーマ?が人間と妖怪の共存ということで、この題名にしました。
巫女の叶と妖怪の雅。
本来なら敵同士である二人が仲良くすると言うのはずっと前から書いてみたかった内容です。
叶が亡くなったあと、人間へと復讐を始めても良かったんですけど共存してほしくて響くんが登場しました。
実は、もっと内容を濃くしようとも思いました。
特に名前だけ出てきた五大妖怪とか触れたかったですね。
でもダラダラと長くなるのも良くないかと思ったり、年内に紅葉ちゃんの方をもう一話出したいなど…
色々な理由でこのような形になりました。
リクエストがあって、余裕があった場合は書き直すかもしれません。
ちゃんと後書きらしい後書きを書いたのは初めてですかね?
これからも、応援よろしくお願いします!