公開中
断捨離
家に帰ると、大きなゴミ袋がとっ散らかっていた。
「おかえり」
母がドアの前に立ち、「何食べる?」と言ってきた。おやつよりも存在感のあるゴミ袋。何を詰めるつもりなんだろう。漫画やゲームは言語道断の家庭で。
「…何捨てるの?」
「要らないもの」
いや、要らないものっていうのはわかっている。
ランドセルを背負った背中が蒸れ、わたしはランドセルをおろした。途端、ぞわっと不吉で嫌なものが背筋を駆け抜けていった。
何かたいせつなものを捨てられる。
そんな気がした。今までの思い出が捨てられる。わたしを作って、動かしている歯車の、小さくて大切な部分がえぐられる気がする。
「何捨てるのっ」
「要らないものとか、色々」
今は12月の大晦日でもない。断捨離をするには早すぎる。
「要らないものって何」
「お母さんの服とか、色々」
「色々って何。具体的にもっと言ってよ」
「|望愛《みあ》の小さくなった服とか」
「とかって何。もっとないの。本当にそれだけ?」
質問攻めすると、母は「とにかくおやつ食べてきたら?」と無理やり話をそらした。絶対何か隠している。何か大切なものを捨てる。こんなの嘘だ。
「嫌だっ。何捨てんのっ」
「いいから食べてきなさい!しつこい」
「五月蝿い!どうせグッズとか捨てるんでしょ!?」
好きな二次元グループのグッズを、許可をもらって、自腹を切って買ってきた。大体5万円ぐらいつぎ込んだはず。生きる糧だった歯車が、今、錆び付いたとかのつまらない目的で捨てられようとしている。
わたしは強引にゴミ袋の結び目をほどいた。グッズを救出しなくちゃ。汚いゴミ袋で、こんな窮屈だと息が詰まるはず。
わざとらしく丁寧に畳まれた服をひとつずつめくって確認した。懐かしい服もあった。服のほころびを見るだけで、あの時こんなだった、ということが自然と蘇る。それは自然の摂理で、必然的なことだった。
「捨てないから。見たでしょ?」
「…もう行く」
自室に向かうと、確かにグッズはあった。アクスタにアクキー、ファイルやランダムチェキもちゃんとある。数を確認するとちゃんとあって、二桁は余裕だった。
「…良かった」
手にとって、また眺める。未だ傷つくことが怖くて剥がせないフィルムを、勇気をもって剥がしてみる。ツヤツヤとした表面。イラストが可愛いし、綺麗だ。フィルムを剥がすと、最高に綺麗。こんなイラストを描きたかったけど、絵心はぜんぜんないから無理だ。
その途端、母が階段を上がる音がした。ゴミ袋のカサッとした音とともに、足音が鳴り響く。ノックもしないで、母はドアを開けた。
「わっ」
ドアのほうを振り向くと、包丁を持った母がいた。表情は読み取れない。ゴミ袋はからだ。何を詰めるつもりなんだろうか。ゴミ袋が今にも包丁で切れそうだ。いつも料理で使っている包丁は、綺麗に研がれていて、自分の部屋とグッズとわたしが鏡のようにうつっていた。
`「邪魔なの、望愛。そんなにお金使って、誰のだと思ってんの?そんなのに使うんだったら、早く勉強して」`
「嫌……」
助けてという声もままならず、そのまま母は包丁をわたしのほうに振りかざす。ああ、グッズがわたしの血で汚れちゃう。そんなことも考えられずに、思考も行動も停止した。