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**雨上がりの約束**
その日は、朝から静かに雨が降っていた。
窓の外を濡らす雨粒の音は、まるで誰かの涙みたいで、柚子月の胸をずっと締めつけていた。
学校が終わったあとも、どこにも寄らず、ただ歩いた。
気づけば、紫陽花坂に来ていた。
もう花は枯れきっていたけれど、この場所だけは彼との大切な時間が確かに残っている気がした。
傘を持たずにいた柚子月の髪は、すっかり雨に濡れていた。
頬を流れる雨と涙の境目は、自分でもわからなかった。
「……なんで、こんなに好きなのに、寂しくなるんだろう……」
小さくつぶやいたその瞬間、後ろから足音が聞こえた。
「柚子月!」
その声に振り返ると、蓮が駆けてきていた。
肩で息をしながら、彼女をまっすぐに見つめている。
「連絡……ずっとなかったから、心配して……!」
柚子月は俯いたまま、小さく震えた声で言った。
「連絡……したよ。何度も。でも、全部“忙しい”って返されて……。
私のこと、もう……遠くなっていってるんじゃないかって……」
蓮は目を見開き、すぐに彼女の手を握った。
その手は、雨に濡れて冷たかった。
「違う。違うよ、柚子月。僕はただ、自分の夢に集中してた。
でも、それが君を“置いていくこと”になってたなんて……気づかなかった。」
彼の目に、悔しさと後悔が浮かんでいた。
「僕は、君が“そばにいてくれるだけ”で支えられてた。
……でも、それに甘えすぎてた。君の心の声を、ちゃんと聴いてなかった。」
柚子月の瞳から、涙がぽろりとこぼれた。
「私、夢を応援したかったの。
でも……私のことも、少しだけでいいから、見ていてほしかった。」
蓮は、彼女の肩をそっと抱きしめた。
静かな雨の中、ふたりはしばらく何も言わずに立っていた。
「ごめん。本当に、ごめん。……これからは、君をひとりにしない。
夢の途中でも、ちゃんと君と手をつないでいたい。」
「……約束だよ?」
「うん。絶対に。」
ふたりは、雨の中で手を重ねた。
それは、“付き合い始めた日”よりも、もっと強い約束だった。
紫陽花が咲いていた記憶の場所で、
枯れた花の代わりに、ふたりの心にやっと本当の“再会”が咲いた。
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いよいよ最終話――
第30話「あなたと生きていく」