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2話 待ちぼうけ
昨日に続き、今日も雨だ。僕は今、昨日と同じところにいる。傘を忘れたわけではない。今日は持ってきている。では何故ここにいるか、彼女に傘を返すためだ。こんな傘、もう持っていたくない。つらい思いをするだけだ。ただでさえ彼女の顔が頭にちらつくだけで、妹が死んだこと思い出してしまい胸が張り裂けそうになるのに。嬉しくないのかって?……嬉しいさ。まるで妹がまだ生きているかのようだ。あわよくば、彼女が妹であればいいと本気で思ってしまっている。だが、そんなことはありえない。もう、痛いほどわかった。だから、もう、いい。このまま、時の流れに任せて消えていくのでいい。そしていつか、妹を思い出すことも二度となくなるのだ。そうすればきっと辛くない。だからこそ。この傘はこれからを生きなきゃいけない僕にとって不要なものだ。はやく、できるだけ早く、手放したい。そう思って待つ。近づいてくる足音に期待して、そのたびに裏切られながら。何度目かの裏切りを経て、もう期待しない、と心に誓ったとき。
「あれ、もしかして昨日の……。」
彼女の声が聞こえて、全身の細胞が、彼女を欲する。泣きわめいて、妹の名前を叫んで、彼女を抱きしめたい気持ちをどうにか堪えて、ありがとうございました、と押し付けるようにして傘を返した。すると彼女は目を丸くしたあと、ふっと笑って
「返さなくてもよかったのに。こちらこそ、ありがとうございます。」
といった。
「い、いえ、そういうわけにも。そんな素敵な傘、ただでもらうわけにもいかないですし……。」
僕の言葉に少し微笑んで、彼女は傘の、革でできた持ち手をさっきよりも少しだけ強く握った。
「「……。」」
……これ以上の長居は良くないだろう。僕は精一杯のほほ笑みを浮かべて、もう二度と会えなければ良い、なんて思いながら
「じゃあ、僕はこれで。帰るとき、気をつけてくださいね。もう、夜も遅いですから。」
といった。僕はそのままそそくさと帰ることにした。本当は家まで送るか、駅まで送るかしたほうが良いのだろうが、そんな余裕、僕には残されていない。
「ぁ……。そ、そうですね。すみません、引き止めてしまって。あなたも、気をつけてくださいね。」
彼女は寂しそうに微笑んだ。僕は会釈で返して、足早にその場を立ち去った。後ろ髪を引かれるが、僕は振り向かなかった。振り向いたらいけない。ずっと一緒に居たくなってしまう。そう感じた。しばらく歩いたところでふと違和感を感じて、上を見上げる。――今にも降り出しそうな雲なのに、雨は止んでいた。僕はのそのそと家に帰った。