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ガラスのような貴方 第9話
「先生自身について……?」
「はい。まず、少し昔の話からしますね。私、大学生の時とある女性とお付き合いしていたんです」
えっ。声には出さなかったものの、俺はとても驚く。
「その人から告白されて、数ヶ月が経って、私はその人のことを恋愛的に好きではないということに気づいたんです。人としては、素敵な人だと思いましたよ。授業も休まず出て、課題もしっかりやって、社交的で就職の内定も私が知る中では誰よりも早く取っていましたし周りからの人望も厚くて。でもどうしても、心の底から好きだ、とか女性として魅力的だ、と思えなくて。そこで、私は本当は男性が好きなんだなとわかりました」
開いた口が塞がらない。福田先生も、ゲイだったなんて。
「そのまま付き合い続けるのは彼女に申し訳なくて、別れを告げました。当然、理由を聞かれて、私は正直に告白しました。まあ、カミングアウトってやつですね。そしたら、」
先生の顔が、悲しそうに、少し苦しそうに歪む。
「気持ち悪い、って言われました。まあ、当然ですよね。15年以上前なので今より偏見も多かったし。受け入れてもらえるかもしれない、わかってもらえるかもしれないなんて思ってた私が馬鹿だったんです」
今にも泣きそうな声で自嘲的に話し続ける福田先生に、俺は胸が痛くなる。
「それからは、もう誰にもこの話はしないと決めました。また、拒絶されてしまうかもしれないと思って、怖くて」
俺は我慢できずに、先生の手を思い切り握った。
「気持ち悪いなんて、思いません。拒絶なんて、しません。誰にも話さないと決めていたことなのに、俺に話してくれてありがとうございます。そのくらい、俺のことを信頼してくれているんだなと思いましたよ。むしろ、嬉しいです」
俺がそう言うと、先生の目から涙がこぼれる。
「ごめんなさい……そんなことを言ってもらえるとは、思わなくて…」
「いいんですよ。今まで我慢してた分が出てきただけです。ほら、涙拭いて」
「ありがとうございます…」
先生にホカホカのおしぼりを差し出して、涙を拭いてもらう。息を整えて、水を一口飲むと先生は落ち着いた。
「俺も、そうなんですよ」
「えっ?」
「先生と同じで、ゲイなんです」
今なら言えるかもしれない。先生になら、言ってもいいかもしれない。俺はそう思って口を開いた。
「幼稚園から、小学校中学校と、誰かに恋心を抱いたことが全然なかったんです。不思議だなーと思ってたんですけど、高校で男子校に言ってから、人生で初めて好きな人ができました。剣道部の先輩で、優しくてかっこよかったんです。ちょっとしくじって一浪して大学入ったら偶然再会して、でもその先輩には彼女がいて。それを見てすぐに諦めたんですけど、その先輩も俺も卒業してから高校時代の部活のメンバーで集まった時に結婚したって聞いて。俺、ゲイってだけで好きな人と結ばれることも叶わないんだって若干絶望したんですよ。………なんか、面白くもない話を長々としちゃってすみません」
話していてだんだんと申し訳なくなり、適当なところで話すのをやめてレモンサワーを思い切り飲む。
「いえ、お気になさらず。きっと、ずっと誰かに話を聞いて欲しかったんじゃないでしょうか。その相手が私だなんて、まあ私は幸せ者ですね」
「……そっか。俺、話聞いて欲しかったのか」
今まで家族にしか話したことなくて、他の人の前ではそんなことを隠して生きてきて。それに慣れていたけど、もう自分のことを隠すのに疲れていたのかもしれない。
「これは、お互いの秘密ってことにしましょう」
「ですね」
「じゃあ、お腹空いたし食べましょう。まだ6時すぎですし、夜は長いですよ」
「そんなに飲む気なんですか!?」
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「美味しかったですね〜。初めてのお店でしたけど、また来たいです」
「よかったです。よければ、また一緒に来てくれますか?」
「ぜひ!」
行く時の重い空気とは打って変わって、お腹いっぱいでいい空気で店を出た。
「夏休み、お互い時間にも心にも余裕ができたらまたどっか行きましょ」
「はい。楽しみですね」
上機嫌で歩いていると、福田先生が足を止めた。数歩先まで言った俺も立ち止まり、先生の方に顔を向けるとしっかりと目が合う。
「……少し、お時間をいただいてもいいですか?」
真剣な声音に、俺の心臓が大きく跳ねる。
「いいですけど、どうしました?」
俺がそう返すと、福田先生は大きく深呼吸して口を開く。
「私は、貴方に救われました。私自身のことを受け入れてくださって、感謝してもしきれません。自分の心にも、貴方にも嘘をつくのはもうやめます。私は貴方のことを心から愛しています。どうか、これからの人生は私の傍にいてくれませんか」
少し震えた声で、けれどまっすぐしっかりと、気持ちを伝えられた。こんなまっすぐな気持ちに、俺は答えないわけにはいかない。もちろん、答えはもう決まっている。
「……やっと、言いましたか」
「え?」
「先生が俺のこと好きなことぐらい、わかってましたよ。でも……先生の口からそう聞けて、めっちゃくちゃ嬉しいです。これから、よろしくお願いします」
俺はこんな時にも素直になれなくて、少し強がった言い方になってしまった。でもそんなことは気にしていないようで、いつのまにか俺は福田先生の腕の中にいた。
「ありがとうございます……本当に」
「先生、力強いっすよ…」
「あっ、ごめんなさい」
そう言って慌てて体を離す福田先生の手を、俺はしっかりと握る。
「二人きりの時は、先生って呼ぶのやめましょ。……真也さん」
「はい!拓巳、さん?」
「あの時名前で呼ぼうって言ったのそっちなのに、なんでそんな照れてるんですかw」
「いやなんか、改めて考えると若干恥ずかしくて……」
あー、なんか凄い可愛く見える。これが愛か。いや、恋か?
「じゃあ、私は路線こっちなので」
「俺こっちなんで。多分次会うのは学校で、ですね」
「ですね。ではまた」
駅に着いてからは路線が違うため改札を通ってさよならの挨拶をする。ニヤニヤしそうになるたのを何とかこらえ、俺はその日帰路についた。