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11 騙
第11話です。
あれから――彼と別れてから、一か月が経過した。一か月というのはぼくの目測だけれども。
今のぼくは、暗く見えない牢屋の中にいる。目隠しでもされている感じで何も見えない。だが、この暗闇の牢屋は無期懲役のような無限のモノではなく、有限。
多分そろそろじゃないだろうかと思う。そろそろ、ぼくの『出番』なのではないか、と。ちょっとワクワクする。
先ほどから流れている音がある。
静かなBGMでできた|清冽《せいれつ》な川に文字が流れている。ある地方における、水害などの歴史の変遷を説明している。戦国時代、江戸時代と途端にタイムスリップして、「ぼくについて」を勝手に|捏造し《しゃべっ》てくれている。あまりにも長い。
そりゃ、|戦国時代《はじめ》の方はちゃんと聞いていたよ。だって暇だったから。
口減らしとかで子供をなくなく……うんうん、昔は貧しかったもんな、そりゃ子供だって育てられないよ。東北地方が舞台というのだから、極寒の冬を越すためにはそれくらいのことをしなければいけないのだろう。それでも救われてよかったね。とちょっとだけ心がじんとした。
でも|江戸時代《うしろ》の話はあまり聞いていない。右から左に聞き流してしまう。流しそうめんのように話の内容はするすると流れていってしまう。麺が箸の先に触れずに水の流れに沿って通り過ぎてしまう。
だって、長すぎるし。それに、ラストが読めてしまったから。
この地には洪水が多い。それはなぜなのか、それはですね……〝じゃらくだに〟さまが悪いんですよ。原因は何なのか。それはですね、人形の仕業なんですよ。人形というのは何者か、それはですね……〝じゃらくだに〟さまが憑依した呪いの人形なんですよ。
じゃあその〝じゃらくだに〟さまというのはいったい誰なんです? それはですね……というような、もはや三段論法のほうがふてくされて無理やり付き合わされているような、そんなこすりまくった構成の仕方だった。
〝じゃらくだに〟という架空の神を作りだし、「じゃらくだにがすべての元凶である」、そのことを言いたいだけの説明、拡大解釈、曲解解釈した言葉の羅列、妄言――のようにしか聞こえないのだが、彼らにとってみればそうではなさそうで、昔ならありそうな怪談話。それを新たに一つ、作り出すなんてことは容易いことなのだ。それだけ人間社会は死活問題だということか。
ちなみにこのような盛大な作り話に登場する〝じゃらくだに〟さま、つまりその化身とされている人形は、黄金の扇を持ったからくり人形とされている。もちろんその人形の正体はぼくにしたいようなのだが、まず言いたいのは|ぼくはからくり人形じゃない《・・・・・・・・・・・・・》こと。
うしろにネジが付いて、ねじってやれば舞を披露する……なんてこともなく、ぼくは動かない人形なのだ。
普通のやつなのに、どうやら動いている設定を盛り込みたかったらしい。からくり人形という要素は、人間たちの手によって創り出された設定だ。
だから黄金の扇も持ってない。たしかにぼくは片手に何か持ってるけど、これ、どう見ても木の棒なんですけど。色合い? 泥ですけど。泥のついた木の棒ですが。……何か問題でも?
所詮人間のつくった二次創作の|範疇《はんちゅう》なのである。
いや、二次創作でいいのか? この場合、一次創作はこのぼく自身ということになるんだよね。これでも人形、〝人の手で作られたモノ〟だから。それを基にしてこの|二次創作《ストーリー》が作られた。しっくりこないね。
そんなくだらないことで時間をつぶしていると、牢屋の外から聞こえていたナレーションが消えた。
人間たちが作った渾身の二次創作(?)品である昔話が終ろうとしている様子だった。
抑揚のないナレーションから壮大な音楽が一層奏でて、途端に消えた。人間の声にバトンタッチする。
「……はい。というわけで」
「恐ろしい、逸話……ですね。〝じゃらくだに〟さまというのは」
「まだ、信じられないんですが、こんなのが昔、本当にあったんでしょうか?」
「そうですね――」
コメンテーターらしき人間たちが自分勝手な意見を言い始めると、〝じゃらくだに〟さまがスタンバイ状態に入った。
〝じゃらくだに〟さまが格納された檻――つまり、ぼくのいる地面が揺れた。動いている。からから、と下から軽い音がする。暗い檻ごと動かされているのだ。
コメンテーターの声が徐々に大きくなり始めていた。
「――人形が実際に呪い殺したケースは多くはありませんが、事実存在します。呪術、黒魔術、呪いの人形、禁断の魔法……どれも、本当にこの世に存在するものです」
よく言うよ。
「ぼくが調べてきたもので耳にしたものが、五百年前の木の人形です。これはある湖のほとりの小島にて掘り起こされたもので、地下数十メートルの土中から発見されましたが、中は空洞でして。
使い方としては、そこに殺したい相手の髪の毛を入れて、三日三晩|呪詛《じゅそ》を唱え続ければ、たとえ遠隔地にいても呪い殺すことができるという代物です」
「それは本当なんですか?」
「ええ。歴史書にもその記載が。それに私も現物を見たことがありまして。一見したところ見た目は普通なんですがね、一目見てピンとしましたよ。これは〝実際に使われていた呪物〟だと……」
なわけ。
そんなことを平気で言えるなんて、親の顔が見てみたいわ。というか五百年前だろ? 五百年前というと十五世紀辺り。日本なら戦国時代に当たる。容赦なく人が死んだ時代だ。
そんな時代に遠隔操作で死んだって? なまじ頭がいいからか、よくこんなゲテモノ信じられるな。と、突っ込むのもメンドクサイ。
別のコメンテーターがその話に食いついた。
「件の人形がひな人形だというのも興味深いですね」
「ひな人形が、ですか?」
「毎年三月に行われる、子供の成長を祝うひな祭りですが、その祭典にて使われる|雛《ひな》は、元をたどればみどり子、産まれたばかりの赤子に見立てているのです。
口減らしのために間引かれた赤子はそのまま埋葬されず、川や海に流して処分されたといいます。
桃太郎という昔話がありますよね、どんぶらこと桃が流れてきて、桃を割ると赤子が生まれる。その男の子を桃太郎と名付け鬼を退治しに旅に出る……。なぜ川から桃が流れてくるという奇妙な発想になるのか、その原点はなにかと考えてみると、こうは考えられませんか。
桃は女性のお腹を指していて、臨月間近で亡くなってしまい泣く泣く川に流されてしまった。下流域に住む者が川で洗濯をしていると、流された女性が目に入った。家に持ち帰ってみるとその女性のお腹の中に赤子を見つけ、代わりにその子を育てることにした。
そうやって赤子が人形になり、人形が流し雛になり、流し雛がひな人形になって、現代に伝わるひな祭りの起源となったのです」
「……なるほど」
先ほどの人、結構話されたようだけど。MCの人の「なるほど」のひと言で片づけられてしまったようだ。
「興味深い話ですが、お時間が迫ってきております。では、なんと今回は、その元凶と言われる〝呪いの人形〟がこちらにあるそうで?」
「はい」
一同が、おー、と驚きと期待のこもった声を上げる。まもなく目の前に天変地異を起こしたとされる『本物』を見ることができると待ちかねている様子だった。
一方ぼくは気乗りしない。でも誰かがそれをやらなければいけない。
……キャスターの回るかすかな音が大きくなった。観念して吹っ切れることにした。
あー、はいはい。そうですそうです。自分がその〝呪いの人形〟ですよ。言っとくけどな、この番組すべて〝ヤラセ〟でできてるからな。大ぼら吹いてると恥かくぞ、ほんとに。
「こちらです。この箱に収められているようで」
キャスターが回るかすかな音が止まった。どうせ「?」のついたケースを取り払っていることだろう。その中には古びた箱が入っている。その中にぼくが入っている。
「これはこれは。なんとも物騒な文様の……開けても構いませんか?」
「ええ。こちらに鍵が」
じゃらり、とさび付いた金属の音した。
「これまたなんとも古めかしい鍵で。錆だらけの南京錠ですがこれも本物で?」
「……のようだと文献には」
厳かに鍵の開けられる音が近くで鳴った。隙間から照明器具の光が零れる。
「開けられました。こちらの鍵は五十年相当のものだそうですが、まだまだ健在ですね。では、御開帳のほうを。よろしいですかな」
そうしてぼくは檻の扉が開かれ、光に|迎合《げいごう》する。
扉がゆっくり開き、眩しいな、と感じながら、ああ何してんだろ、ぼく。――と思う。なんでぼくはここにいるんだろう。
ただいまこちらのスタジオでは、心霊番組を収録しております。