公開中
二話 或る爆弾も元はメンヘラの仕事道具
ねむ
い
目が覚めたのは携帯の電子音だった。
「……」
自分が「低血糖」という奴だと気が付いたのはポートマフィアをやめてからだった。
「…何」
ポートマフィアでは朝早くに起きるなど中々なかったし、少しくらい体調が悪くても寝不足や疲れのせいにできた。
「は?」
しかも今何時だよ。六時?
…なんか逆にしんどいの飛んでいった。
お礼に特別でかい声で恨み言を叫んでやった。
---
敦少年side
久しぶりだな…天井…。
感傷に浸っているといきなり電子音が鳴り響いた。
「なに?なになになに!?出ます!今出ます!」
……どれだ?
「もしもし?」
『グッドモーニング!』
「太宰さんですか」
『今日も良い天気だねぇ、新しい寮はどうだい?』
「お陰様で野宿に比べたら雲の上の宮殿のようです」
『それはよかった。枕元の着替えは、探偵社の皆からのプレゼントだ』
「ホント何から何までありがとうございます」
『ところで敦君、いきなり申し訳ないが、実は緊急事態が発生したのだ。一刻を争うのだよ。大変な事態だ!君だけが頼りだ』
「…わかりました」
『用意はいいかね?敦君』
「はい!」
「まず部屋を出たら…後ろを見ろ!」
「え、えっと…これはなんですか…」
---
普side
目が覚めたのはアマネの叫び声だった。
大丈夫?この寮凄く壁薄いけど。
近所迷惑じゃない?
「どうしたの。普」
「…朝から、太宰が電話かけてきやがった」
「声ガラガラよ」
「…用意する。一応様子だけ見に行く」
あら律儀。
「彼奴の莫迦面拝みに行くだけだよ」
…そ。
---
太宰side
「え…っとこれは何ですか…」
何だと思う?と聞き返すと「朝の幻覚」と返された。
「外れ―!」
「まさか敵の襲撃ですか!?罠にかかったとか…」
「いや、自分で入った」
敵の罠にかかるほど馬鹿じゃあない。
ドラム缶にハマる自殺法があると聞いたものだから、試してみたはいいものの、苦しいばかりで一向に死ねない。
「しかも自力では出られない。死にそう~」
「でも自殺法なのですから、そのままそうしていればいずれ自殺できるのでは?」
「私は自殺は好きだが、苦しいのも痛いのも嫌いなのだ!当然だろ!」
「なるほど…えいっ」
後ろに倒された。
頭が痛かった。
多分この自殺法は二度とやらないね。
ハァ…彼がいなかったら腰からポッキリ二つ折りになるところだったよ。
「同僚の方に助けを求めなかったんですか?」
「電話したよ。君も昨日会っただろう。アマネ。“死にそうなんだけど”って…そしたらなんて言ったと思う?」
「”おめでとうございます”…?」
「いいや、もっと酷い。」
おや、ちょうど彼女が来たね。
ふふ、適度にすごい形相をしているね。
折角の美少女が台無しだよ。
「誰の…所為だと…」
「喉ガラガラだよ」
「手前のせいだよ。この放浪者。」
「あーどっかで聞いたようなセリフ」
「百億の名画にも勝るぜ(w)(cv谷山紀章)」
「あー!やめて!声マネしないで!上手すぎて反吐が出る!」
「余計にのど痛くなった」
当たり前でしょう。
---
普side
「あの、結局なんて言われたんです…?」
んー…公共の電波には流せないようなこと、とだけ言っておこうか。
「〇でかくしていいならー『この○○○○の○○○○○○で○○○○○○○○な○○○○!○○○○○野郎が○○○○○○○○、○○○○○○○○!!!』ってところかな」
「え…」
そんなに引かないであげてよー
一寸機嫌が悪かっただけなんだから。
「そうだよ。彼女がガチギレしたらこんなものじゃないよ。地球の反対側まで追いかけてきてでも本気で殴りに来るから」
「え……」
---
アマネside
「太宰さん…武装探偵社の…いわゆる探偵の方達はやっぱり皆さん異能力者なんですよね?」
「そう。警察でも歯が立たない敵を倒す武装集団だ」
「やっぱり僕は探偵社には入れません」
え、どうして?君も立派な異能力者なのに。
「確かに…虎に変身するのは異能力ですが…僕はその異能力を全く制御できません。ただ無自覚に変身してしまうだけで…自分の意思で虎になる事はできないんです。だから僕が入っても何の役にも立てないと思います」
「ありがたいお話しですが、すいません」
「これからどうするつもりだい?」
「なんとか僕にできる仕事を探してみようと思います」
…そ。
「君ができそうな仕事に心当たりがある。よければ斡旋してあげられるが」
やけに真剣な顔の太宰。
「本当ですか!?よろしくお願いします!」
…なんか寒気がする。変なことに巻き込まれそうな予感。
「…僕もう帰る」
「えーなんでー?というか今日アマネ仕事だよね」
「在宅ワークする」
「いやそんな制度ないよ…。てか今日外の仕事あったよねー」
「…谷崎にでも投げる。」
「サーイテー」
……。
「もうっ!行きゃあいいんだろ!行けば!」
にやにやと笑う太宰。気色悪…
---
「で、これから向かうのは、その仕事を紹介してくれる保証人さんの所だよ」
「その仕事って…」
「着いてからのお楽しみ。ま、ちょっとした試験はあるかも」
「えっ!試験!?」
「敦君、字書ける?」
「一応…読み書きくらいは…」
「なら大丈夫だよ!」
僕は…なぜここにいるのか。
今日は家で寝たかったのに…(仕事は?)
仕事くらい家でできる…
「私に任せておけば万事大丈夫!なぜなら私は太宰!社の信頼と民草の崇敬を一身に浴す男だから」
「こんな所におったか太宰!この包帯無駄遣い装置がァ!」
「はあ~~!く…国木田くん…今の呼び名…やるじゃないか…」
「普~…この後の流れの予測はつく?」
「もち。できるだけ関わらないことね」
「何が社の信頼を一身に浴す男だ!お前が浴びてるのは文句と呪いと苦情の電話だ!」
「え~私がいつ苦情なんて受けたのさ~」
「8月某日入電。“お宅の社員さんが、海岸の漁業網に引っかかってるんだけど、引き取ってくんない?” 9月某日入電。“うちの畑に変な人が埋まっとったんだが、そちらの同僚さんかのう?”某月某日入電。“うちの飲み代のツケちゃんと払ってくださいね。半年分です”」
なんてこった…国木田さんが…
「そんなバカな!国木田君がこんなにモノマネが上手いなんてぇ!」
「貴様ァ!人を愚弄するのも大概にしろ!」
「あ、そうだ!太宰のバカを相手にして一分も無駄にしてしまった。探偵社に急ぐぞ!」
「何で?」
「緊急事態だ!爆弾魔が人質を取って探偵社に立てこもった」
---
「嫌だ…もう嫌だ…社長はどこだ…早く社長を出せ!…でないと!爆弾で皆吹き飛ンで死ンじゃうよ?」
「敦君の今の心情を中てて見せようか。役に立ちそうにないから帰りたい、だろう?」
「その通りです…帰らせて…」
「ウチは色んな所から恨みを買うからねぇ…」
「無視ですか」
「それにあれ、高性能爆薬だよ。犯人の言う通りあれが爆発したら、このフロアくらい吹き飛ぶね。んー…爆弾に何か覆い被せればある程度は爆風を抑えられるかもしれないが…この状況じゃねぇ…女性を人質に取るとは卑劣な!」
お前は女好きなだけだろ。
「あの女の子は?」
「彼女はナオミ。バイトの事務員だよ」
「方法は一つ!」
太宰と国木田さんが向かい合って構えている。
何する気?
普はさっきからずっとあきれたようにふらふらしている。
「じゃんけん」
あいこ
あいこ
あいこ
あ、国木田さん負けた。
「おい、落ち着け少年」
「来るな!社長以外に用はない!妙な素振りを見せたら吹き飛ばすよ!」
「…わかった」
「知ってるぞ。あンたは国木田だ。僕を油断させてあの嫌味な異能力を使うつもりだろう!?そうは行かないぞ!机の上で四つん這いになり、両手を見える所に置け!」
「あァ?!」
「い…言う通りにしないと…みんな道連れだぞ!」
「まずいな…探偵社に私怨を持つだけあって奴は社員の顔と名前を把握している。これでは社員の私が行っても彼を刺激するだけだ」
「さて、どうしたものか」
なんかいやな予感がするな。
「あ~つ~し~く~ん♪」
「嫌です」
「まだ何も言ってないよ?」
「言われなくてもわかります」
「じゃあー普ちゃん…」
「いやよ」
「聞いてくれ敦君。社員ではなく、犯人に面が割れていないのは君だけだ」
「でも…僕が行っても何もできませんよ」
「大丈夫。少しの間、犯人の気を逸らしてくれればいい。あとは我々がやるから」
「そうだな~相手の意表を突く様なダメ人間の演技でもして、気を引くというのはどうだろう」
「はい、小道具」
「信用したまえ。この程度の揉め事、我々武装探偵社にとっては朝飯前だよ敦君」
「や…ややややめなさーい!こ…こんなことして何になるぅ…きっと親御さんも泣いているよ」
ふむ。
「なかなか面白いねー」
そうだね。
「何だ!アンタ!」
「ご…ごめんなさい」
「新聞配達の人が何の用だ」
この時点でいろいろ察せるよね。かわいそう。
「い、いくら憎いからって人質とか爆弾とかよくないよ…生きていればきっといい事がある」
「いい事って?」
「……………ちゃ…茶漬けが食える!茶漬けを腹いっぱい食える!天井がある所で寝られる!寝て起きたら朝が来る!」
んー…確かに?
「でも…爆発したら君にも僕にも朝は来ない…なぜなら死んじゃうから…」
「そんな事わかってる!」
「ええええー!?」
「いやぁ~やめた方がいいと思うけどなぁ~だって死んじゃったら…死んじゃうんだよぉ?辛くても生きてる人だって…ほら!例えば僕!家族も友達もいなくて…孤児院さえ追い出され、行く場所も生きる希望もない…その上虎に変身しちゃうし…あーそうですよ!確かに僕はあなたの言う通りとりたてて長所もなく誰が見ても社会のゴミだけど、それでもヤケにならずに生きてるんだァ!」
十分ヤケ起こしてると思うけどねぇ。
「いいぞ敦君…演技を超えた素晴らしいダメ人間ぶりだ」
お前はどういう意見を言ってんだ。
「だからそんな爆弾なんか捨てて!一緒に仕事探そ!ね!」
「いや…僕別に仕事を探してるわけでは…」
「…今だ国木田君!」
「異能力!」
『独歩吟客』
「ワイヤーガン」
「一丁あがり~はいはい皆さんお疲れ様~」
「何が“一丁あがり”だ!“今だ”とか“確保”とか口で言ってるだけで、全然働いてないではないか!」
「それはしょうがないよ。だって国木田君は」
じゃんけんで負けたんだから。
「アマネ…」
「まーまー事件は解決したのだから、細かい事はいいじゃないか。あんまり神経質になりすぎると、シワが増えて老化が急速に進むそうだよ?」
「ハッ!それは本当か!」
「ほら、メモメモ!」
「しんけいしつすぎると…ろうかがきゅうそく」
「ウソだけど」
「どわああああ!貴様!人を愚弄するのもいい加減にせんか!」
っ!
「お前もな!」
「な、」
「バカなマネしやがって!」
いってぇなぁ手前…?あとで覚えておけよ…?
---
敦side
「あと30秒で爆発!?どうする!?」
〈爆弾に何か覆い被せればるある程度は抑えられるだろうけど〉
「何か被せるもの!」
「何かないか!」
「…敦君」
(あれ?僕は何をやってるんだ…)
「莫迦!」
遠くで聞こえた声がやけに脳内に響いた。
---
アマネside
「やれやれ…バカとは思っていたが、これほどとは…」
「ごめんね~大丈夫だった?」
「谷崎~…?」
「ヒェッ あ、アマネさン…」
「ふふ…先刻は世話になったなァ?なぁ谷崎?いい度胸だな」
「あ、え、あ…」
「…お兄様大丈夫ですか…?」
「バイトさんもグルって事ですか…」
「小僧、恨むなら太宰を恨め。さもなくば仕事斡旋人を間違えた己を恨め」
「って事はこれって…」
「言っただろ?ちょっとした試験があるって」
「つまり入社試験?」
「その通りだ。」
「…社長」
「社長??!」
「そこの太宰めが“有能な若者がいる”と言うゆえ。その魂の真贋試させて貰った」
「君を社員に推薦したのだけれど、いかんせん君は区の災害指定猛獣だ。保護すべきか否か社内で揉めてね」
「だが太宰が言ったのだ」
〈社長、社長はもしここに世界一強い異能力者が現れたら雇いますか?〉
〈その事が探偵社員たる根拠とは成り得ない〉
〈だから私は彼を推すんです〉
「それで社長、どのようなご判断を」
「太宰に一任する」
「お任せください」
「ちょっと待ってください太宰さん!それじゃ僕に紹介する仕事って…」
「…えらく自信無さげだったが合格だそうだよ」
「武装探偵社にようこそ、中島敦君」
「こんな無茶で物騒な職場、僕には無理ですよ!」
「皆を助ける為に爆弾に覆い被さるなんて、中々できる事じゃない。君なら大丈夫だ」
「でも…」
太宰の視線がこっちに向く。何?僕がこれから彼に起こる悲劇を話すのか?
「はぁ…でもまぁ君が断るなら無理強いはできない…しかしそうなると僕は君の今後が心配でならないね。まずは社員寮を引き払い…それから君のようにこれといった特技もない友達もない知り合いもないといった人間が仕事を探すにはこの土地は向かないからねぇ…。それに忘れた?君はお尋ね者の『人食い虎』なわけだけど」
「あ、…」
「それが知れれば…どんな仕事も善くてクビ、最悪軍警にでも突き出されて射殺かなぁ」
「射殺??!」
「まぁ~?この探偵社なら話は別だが」
「じゃ、そういうことで~」
最後だけ話をまとめるな、太宰。
「そんな…」
はぁい普だよ。
厭ー太宰はどの世界でも無茶を言うのね。
ん?口調が変わった?きのせいじゃないかな?
あ、アマネ?!まって落ち着け谷崎死んじゃう!
…しかたないね。
次回。蜂蜜色の髪の乙女は蜂蜜ほど甘くない
落ち込むなって敦君。70万くらいここで一年働けば稼げるよ!
もっとも、もっとコスパのいい仕事は知ってるけどね…