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空が笑った日
レンがいなくなって、一ヶ月が経った。 あいつの席は、今も花瓶が置かれたまま、ぽっかりと穴が空いたみたいに静まり返っている。 「……お前、本当に勝手だよな」 放課後の部室。俺は一人で、レンと共有していたロッカーの前に立っていた。 あいつはいつだって明るくて、悩みなんてなさそうで、俺が落ち込んでいる時は「まあ、なんとかなるって!」と強引に笑わせてくれた。 なのに。 自分は一人で、あんなに静かに消えちまうなんて。
本当は、あいつが一番苦しかったんじゃないか。 親友なんて名乗っていながら、俺はあいつの「本当の顔」を一度も見せてもらえなかったんじゃないか。 その後悔が、毎日俺の胸を灰色に塗り潰していく。
その時だった。 ふと窓の外を見ると、夕暮れ時のはずなのに、空が変な色をしていた。 最初は火事かと思った。でも、違う。 「なんだよ、あれ……」 俺は吸い寄せられるように屋上へと駆け上がった。 空一面が、見たこともないような極彩色に染まっていた。 燃えるようなオレンジ、深い菫色、そして透き通るような黄金色。 まるで、誰かが空をキャンバスにして、思いっきり絵の具をぶちまけたみたいな光景だ。 そして、風に乗って、ふっと声が聞こえた気がした。 『――ありがとう。でも、本当はもっと、生きたかった』 それは、間違いなくレンの声だった。 いつもみたいに無理して作った元気な声じゃない。震えていて、泣きそうで、でも、最高に「本当」の声。 「……バカヤロウ。だったら、そう言えよ」 俺の目から、堰を切ったように涙が溢れた。 空を見ると、光が文字のように揺れている。 あいつは一人じゃなかった。光の横には、もう一つの柔らかな輝きが寄り添っているように見えた。 レン、お前、誰かと一緒にいるのか。 一人じゃなく、誰かにちゃんと「本音」を言えたのか。 そう思った瞬間、肩の荷がふっと軽くなった気がした。 空を埋め尽くした光は、最後にひときわ眩しく輝いて、星屑みたいに夜の街へ溶けていった。 あとに残ったのは、ただの静かな夜空だったけれど、俺の心の中の灰色は、いつの間にか消えていた。 「……じゃあな、レン。またいつか、あっちで会おうぜ」 俺は、あいつに届くように、夜空に向かって思い切り手を振った。