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鏡に向かって愚の礫
鮭昼
創作タグはフィクションの意
人によってかなり不快になる表現があります 精神の危険を感じたら逃げてください
暗いので明かりもみんなで用意してください
**鏡に向かって愚の礫**
「昔さ、優しいおじさんが居たんだよ。そう、おじさん。お兄さんじゃなくてね。ちょっとぽっちゃりしてて、子どもに優しい。君も見たら絶対わかると思う。
小学生くらいかな。そんな人がその頃住んでた街の公園によく居てさあ、遊んでくれたんだよね。
そう、ぼく親と仲良くなくてさ、前に話したと思うけど。だから休日とかは気まずくて一日ずっと公園に閉じこもってた。そんなもんだからご飯食べてなくて、いやそれ以外もお菓子しか食べてなかったけど、とにかくお腹すかしてて。それでベンチ座って寂しいなあお腹すいたなあってメソついてたら声かけてくれたのね、例のおじさんがさ。
おじさんほんと優しい人だったよ。どうしたのって言われて腹の空洞訴えたらパン屋でパン買ってきてくれてさあ。ぼくがクロワッサン好きなのたぶんこれが原因。親があんまり自分のこと好きじゃないかも、ぼくもみんなみたいにパパママと遊びたいよってキショい拗らせた今のネットに溢れてる弱音吐いたらさ、じゃあ遊んであげるよってブランコ押してくれて。しかも次来たときはボール持っててキャッチボールもしてくれた。それ以外も。居ない日は悲しかったけど、親のおかげで仕事ってものを知ってたから駄々をこねたりはしなかったよ。一人でブランコ漕いでセンチメンタルに浸ってた。
あ、言ってなかったっけ。初めて会ってパン貰ってからほとんど毎日居たんだよね、そのおじさん。いや普通に流れでわかるか、これ。はは、ごめんね、バカで。
それで初めて無償の愛ってこんなのかなって感覚だけで思いかけてたんだけど、まあ有償だったよ。食い逃げは許されないっぽい。
まあ別にそんな物騒な話じゃないけどね。途中から気づいたんだけど、おじさん、ぼくに何かする度に頭を撫でてくるの。最初はぼくが寂しいって言ったからだと思ってたんだけど、いつだったか『なんでやさしくしてくれるの』って聞いたときに返された言葉がその答えだった。君が撫でさせてくれるからだよ、とかなんとかだった気がする。
今どう思った? ぼくは何も思わなかった。子どもが好きな人なんだなあとしか。将来なんかネットに曲の考察書きそうな奴だったら、ああこの人は自分の子どもを何かで亡くしててそれを重ねてるんだろうなとか思うんだろうね。ウケる。そんなこんなでその時は適当に納得して終わったの。嫌じゃなかったし、撫でられたことなんてなかったから。
でもそうだあ。どんどんグレードアップしてったよ。ちょっと高そうなチョコをくれるようになって、ちょっと洒落たお洋服をくれるようになって、遊びのレパートリーに『くすぐり』が増えたりした。そうやっておじさんが触れる位置は頭から下に下がってった。あ、今のつまんないネット小説みたいだね。
別に、嫌じゃなかったよ。ただの遊びとか、世の親子はみんなこうしてるんだとかそうとしか考えてなかったし、むしろ嬉しかったよ。さっきも言ったけど母さんも父さんもぼくのこと無視するんだもん。
そうやってひとしきりトイレの裏でぼくの頬やら腹を撫でたある日の帰り、おじさんは車に轢かれて死んだ。
おじさんと別れて滑り台してたらなんか騒ぎ声とか悲鳴聞こえて、見に行ってみたら血溜まりが見えた。ギリギリ人とかで隠れて脳内がポッカキット化するのは防げた。特に何も思わなかった。
そんな早すぎる厨二を発症していたぼくに残されたのは、その日に貰った小綺麗な服と、ついさっきまで直に感じていた肌の温もりの残穢だけ。この服は綺麗な青だなあとか、今日着てきた服もこれと同じブランドなのかなあ袋が同じだしとか、とっとと目を逸らしてそういうどうでもいいことを考えながら家に帰った。次の日も公園に行って、おじさんに貰ったボールを使って遊んだ。何も変わらなかった。キャッチボールの相手が木とか壁になったくらい。
いや、それと公園への道端で噂話を聞くようにもなったか。もちろんおじさんのね。芸能人の浮気話に食い付きそうなママさん達が話してた。そこでぼくはおじさんが別の街の住人だということ、その街では子どもに怪しい目を向けてるってことで辺りの母親たちにマークされていたこと、よくわからなかったけど、おじさんはちょっと偉い立場らしいということを聞いた。
もうわかってると思うけど、つまり、ぼくはいいカモだったの。で、ぼくは思った。あの街そんな遠くないのになんで誰も知らなかったんだよとか、それくらいじゃ警察は動かないのかなとか。さすがに近くに親が居るんだから触れなかったんだろうな、だからそうじゃない醜いアヒルの子を探して、ぼくを見つけんだろうね。
このことは大した話じゃないの。これがトラウマで人が苦手になったりしたとかそんなエピソードはない。人に触られるが嫌なのは相手が嫌なだけだし。
ただ、ぼくじゃなくても良かった、ぼくの代わりはいくらでも居るってことに気付かないで唯一だと満たされた気になってた自分が死ぬほど気持ち悪くてムカつくだけ。だから、なんもないからね」
そういって麦茶の入ったグラスを揺するのを見て、ああやっと話終わったかと思った。肘をついてこの動作をするのは一区切りついた合図。それがわかるくらいには共に過ごしていると思う。思うだけだが。言い訳するように早口で話していたかもしれないし、虚勢を張るようにゆっくりと話していたかもしれない。茶色のラインが下がっているのか氷がその面積を減らしているのか記憶がないから照合のしようもない。
お前が鏡を叩き壊して手がポッカキット化していたのはそのせいか、無理して飲めやしないコーヒーを飲んでいるのはそのせいか言おうか迷ったが、迷うだけそれはもう意味がないと思い直す。そんな無駄な話をするためだけにおれを起こしたのかと聞けば、ごめん寂しかったのと返された。
ムカつくタイトルですが、これしかピッタリなのは思いつきませんでした!
今作のお気に入りにワード大賞は ポッカキット化 です。やったー
読んでいただきありがとうございました