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居なくなった後に
こちらはルーナ視点です。
本編のネタバレにならないように気をつけながら、神殿のいざこざをかいてみましたが、文字数をオーバーしたので後半はカットしちゃいました。
ルーナは閉まった扉を見つめた。
精一杯浮かべていた笑顔が壊れて、また泣き崩れた。
「ルーナ、貴女は神殿の上級巫女になるのです」
母にそう言われた時、ルーナはわけが分からなかった。
昨日まで、傍系王族の公爵家に嫁げと言っていたではないか。物心ついたときから、そのための教育を受けてきたのではないのか。そもそも、神殿に行けば結婚さえできない。急に何を言うのだろうか。
「待ってください、お母様、それは……」
ルーナが口を開いた途端、キッと父がルーナを睨んだ。なんだこの聞き分けの悪い子は。そんな声が聞こえた気がした。
喉まで出かかった言葉を、飲み込んだ。
父と母に褒められるために、ずっと努力してきた。ルーナを駒としか思っていない両親に認められたくて、ずっと頑張ってきた。
その思いが、壊れた瞬間だった。
家族に失望したルーナは、もう両親に抗うこともなかった。兄がいるから跡継ぎにも困らないだろうし、あとは出ていくだけだ。
公爵家の城には、ルーナを心から大切に思ってくれる人など一人も居ない。誰も信じられなくなって、神殿に入るまでの間、口数も減った。
もういい。言われるがままに、周りの望みのままに生きればいい。
そう思ってやって来た神殿で——アクアに会った。
3つ下の彼女は、艶のある露草色の髪に、深いブルーの目。まつ毛は長くて、色白。儚げな見た目のアクアに、ルーナは見惚れた。生まれて初めて、誰かを美しいと思った。
話してみると穏やかで真っ直ぐな人で、こんなに綺麗な心の持ち主は居ないと本気で思った。城の侍女たちと違って、義務でも給料でもなく、ただただルーナに仕えてくれる人だった。
ルーナはそんなアクアが好きだった。
今なら胸を張って言える。父よりも、母よりも、アクアが一番大切な人だと。
アクアは水の使い手かもしれないと思ったのはつい最近だ。湯浴みの支度をしているところを覗いた時、不思議だと思ったのだ。浴槽の湯がアクアに従っているみたいだった。
でもそれは「もしかしたら」という話で、ついさっき本当にそうだと分かったときには、驚いた。
ルーナがアクアに会うことは、おそらく二度と無い。神殿の中心に居るルーナと、神殿から離れたいアクア。もう追手と逃亡者のような関係だ。見つけたとしても、声をかけてはならない。
会いたい。
話したい。
一緒に過ごしたい――。
涙が溢れる。
会えないのなら、女神達の御加護があることを祈るだけだ。
(リング……)
アクアに持たせた、お守り用のリング。小さい頃からルーナがずっとつけていたリング。
(あれがいつか役に立てば良いのだけれど)
肌身離さず持っていれば、アクアを守ってくれるはずだ。
そう思うと、ちょっとだけ前向きになれた。
貴族は人前で泣いてはならない。ハンカチで涙を拭ってから、足音をたてずに部屋に戻った。
朝、少ししか寝ていないルーナを侍女が起こしに来た。寝不足だけれど何食わぬ顔をして起き上がると、侍女が言った。
「ルーナ様、大変なのです。外が水に満ちているのです」
4日も水が干上がっていたのだから大騒ぎだろう。ルーナは驚いた顔をしてみせた。窓に駆け寄って、信じられないと言う。わざとだ。
「まぁ……一体どうしたのかしら? 中央神殿の神具が戻ってきたのかしら」
「本当に不思議ですね」
笑顔で同調する侍女が作り笑いをしているのは、すぐに分かった。アクアなら作り笑いなんてしないだろうに、と思うと気分が沈んだ。
侍女がゆっくりと口を開いた。
「それから……申し上げにくいのですが……アクア様がいらっしゃらなくて」
いらっしゃらないという言葉には、失踪したという意味がある。貴族言葉だ。
ルーナは呆れ顔をしてみせる。
「居ないはずがないわ。アクアはそんな人ではないもの」
「承知いたしました。もう少しきちんと探してまいります」
変なことを言わないでと遠回しに言うと、侍女は謝った。この侍女は元々他の巫女の側仕えで、ルーナに仕える気など無い。
神殿中……街中が大騒ぎの中、ルーナはショックを受けたふりでベッドにこもっていた。実際、ショックだ。アクアが居ない寂しさから完全に立ち直るのは、もっと先だろう。
きっと今頃神殿長が中央に手紙を出し、水が戻った原因を解明していることだろう。巫女たちは神に感謝の舞を捧げることになるだろうが、行く気はさらさら無い。
次に侍女がやってきたのは午後の休憩の時間だった。淡い水色のカーテンがよけられる。ルーナは起き上がった。
侍女たちが言う。
「ルーナ様、お気持ちは分かりますが、どこにも……」
「神殿長に連絡なさってはいかがですか? すぐに見つかるかと存じます」
(神殿長に……? きっと大事になってしまうわよね?)
まずい。侍女たちは「水を満たした犯人はアクア」と思っているのだ。
必死でひねり出した時間稼ぎの台詞は滅茶苦茶だった。侍女が失踪したと言ったらルーナの実家の威厳に関わるとか、公爵家の名に泥を塗るようなことをしたら大変だとかわけのわからないことを言って、他言しないよう侍女たちにきつく言っておいた。これであと数日は大丈夫だろう。
(アクアが無事なら……それで良いわ)
ルーナの家ってめちゃくちゃですね。
ルーナの公爵家についてはまたいつか出てくるはずです......出します!