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20240519
五句ごく。
**迎え梅雨借りたノートに滲む文字**
梅雨の朝、傘をさしていたが、教室でカバンの中を見たら教科書やノートが濡れてしまった。自分のノートであれば「あーあ」と諦めがついたりできるが、その雨の犠牲に友達から借りたノートもあった。
写し終わって返そうと思ったのに、どう返せばよいのか……借りた手前濡れたまま返すのは忍びないし、かといって乾いてから渡すのも。
そういったハプニングに複雑な作者の心境が「滲む文字」に表れている。
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**虹の下クレヨンの箱踊り出す**
雨上がりの空に虹がかかり、子供があっと空を指さす。
虹は瞬間的なもので、長く出現しない。子供はその虹をスケッチをしようと描く。
急がないといけない。あの色を使おうか、この色か。いやこの色だ。そうやって弁当箱の中からおかずを選ぶように、クレヨンの箱から色を探しだしている。その無造作な手によって、飛び出るように、動き出すようになって、子供と一緒にテンションが高くなってしまう。
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**鉛筆に黒ずむ袖や|晩夏光《ばんかこう》**
勉強をし過ぎると、小指側の手の横がシャー芯の黒鉛で黒くなる。
特に受験勉強であればその黒ずみは濃くなるだろう。手のみであれば、休憩時間に手洗いをすれば落ちる。しかし、その黒は服の袖にまで及ぼし、そこに夏の晩になりゆく陽ざしが加わる。それは黒鉛の黒だけではなく、光による影の黒さも加味される。夏は一番昼が長いが、これから年末にかけて闇が加速する。その予兆も感じさせる。
※実際は鉛筆よりシャー芯だと思うが、季語の関係があるのかその辺はしょうがないと思われ。鉛筆が夏の季語。
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**|密《ひそ》やかに鉛筆登るてんと虫**
テントウムシが鉛筆を登っている。
それだけの句だが、「密やかに」の描写で様々なシチュエーションが想像できる。
例えば小学生のいる部屋。主はトイレから帰ってきて、夏休みの宿題の置かれた勉強机に戻ってきたら、テントウムシがいた。丸いペン入れに色とりどりの蛍光ペンや赤ペンなどが入っている。そのうちの一本の鉛筆に止まって、少しずつ登っている。
赤と黒の斑点模様から、採点の赤と鉛筆の黒を想像させ、先の尖った頂点を目指している。その一匹の挑戦を見守るように、小さな部屋の主はじっと見守っているのだ。
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**初夏のひかりのインク硝子ペン**
文房具店に行って、硝子ペンを見かけた。
硝子ペンは通常のペンとは違い、インクが充填されていない。購入後にインクを吸い込んで、使用するのである。
それまでインクを吸わない硝子ペンは、何が入っているのか。使用される直前までは、何の文房具……何の|器《うつわ》なのだろう。
硝子ペンの神秘な色合いは、もしかしたら「ひかりでできたインク」が入っていたのではないか。と思えてしまう。
使用直前で液体を吸い込んで一方、どこかに消えてしまう。その残滓がインクに混ざって、硝子ペンの先から描かれているのではないか。