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ep.16 ヒーローはどこに
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--- 【現在時刻 10:52:43】 ---
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side 横田 達磨(よこた たつま) 現在地 6F
もう、もう我慢ならない。
もうこれ以上、僕の目の前で人を死なせてなるものか。
こんな赤くて気持ち悪い色も匂いも、懲り懲りだ。
今だって、むごたらしい叫び声がまた歪な匂いを撒き散らすところだ。
絶対にゲームマスターを見つけて、全部聞き出して、この地獄を一刻も早く終わらせてやる。絶対に。
トラップなんて知るものか。人混みを搔き分ける。掻き分ける。どう思われたって構うものか。突き進む。
そう進んでいると、案外すんなりと向こうに鮮やかな金髪が見えた。
今まで感じた何よりもドロリとして赤い怒りが、心の奥の奥底から沸々と湧き上がる。腹を、腕を、脳を満たしてゆく。
絶対に許さない。もうすぐ。もうすぐあいつに、底知れぬ怒りのゴールに手が届く。
自然と手が伸びる。肩を掴む。引き寄せる。
「もう、もう逃がさねぇぞ!ふざけんじゃねぇ、ゲームマスター!!」
憎きその顔に固く握った言葉を、、、
「ゲーム、、、!? な、なに急に!?」
しまった。
火照っていた体が、まるで魂を抜かれるかのように急激に冷えてゆく。体がこわばる。
確かに今目の前にいるこいつは金髪だけれど、カラフルなメッシュがない。色もいくらか薄い。パーカーの色が違う。瞳の赤色もあいつのと全く違って上品に、健気に澄んでいる。
人違いだ。
僕は無謀で赤い怒りにそそのかされて、とんでもないことをしてしまった。
どうしよう。何の罪もない人に恐怖を植え付けるなんて、あいつと同じじゃないか。なんてことをしてしまったんだろう。
ああ、どう謝れば、どう償えば、俺は何をすれば、、、
「あ、やっちゃったって思ってます? 大丈夫っすよ、大丈夫。まずは落ち着きましょ? 」
跳ねていた心臓が少しずつ、少しずつ静かになってゆく。
「改めて、ごめんなさい。本当に。」
「いやいや、しょうがないじゃないすか。皆半狂乱なんだし。、、、さっきもこういう事あったから、こういうの多くなるように仕組んでるんじゃないっすかね」
さっきもこういう事があった、、、? まぁそれはいいとして、改めて辺りの人々の顔が恐怖で歪められかけていることに気づいた。やはり僕も視野が狭くなっていたみたいだ。
が、それとこれは別。あいつには、ゲームマスターには伝えるべきことをきちんと伝えなくては。でもそれで死んだらどうする? 誰かにまた危害を加えたらどうする? 怒りに呑まれていた方が良かったのだろうか、と思うほどに苦しい迷いが駆け抜けてゆく。
「、、、なんか、悩んでますー? もしよかったら、力貸しますよ」
と、さっきの青年が僕の顔を覗き込む。
屈託のない、きらめくような笑顔。苦しさを優しさに変えられる、そんな力の持ち主。
笑顔からそんな気がする。
少し恥ずかしいし無責任だけど、この人となら大丈夫そうだ。そう感じた。
「ごめんね、、、僕人探ししてるんだけど、手伝ってもらっていい?」
「もっちろん!あ、俺は|赤星《せきぼし》キラです!!」
「横田達磨。よろしく、ありがとう。」
待ってろよ、ゲームマスター。
もうお前の手のひらに乗り続ける程の馬鹿じゃない。
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side 藪蛇 実(やぶた みこと) 現在地 6F
守るべきものを抱えて降りる6階は、俺にはだいぶ明るい雰囲気がしていた。血生臭い匂いとそれにショックを受ける奴らが蚊帳の外に感じるくらいだ。俺にはあんな出来事、どうってことない。そんな心持ち。
何故かは分からないけれど、俺らなら、俺ならいけるんじゃないか? カーペットの継ぎ目は尋常じゃない数あるんだから、大股で走れば何とかなるんじゃないか? そう思わずにはいられない。
というか、きっとそうだ。遠坂も俺の事を頼ってるんだから、俺がまずやってやらねーといけないよな。
ウジウジしてたら何も進まない。それこそ台無し、全部おさらば。
まず飛び込んでみて、大丈夫そうだったら進めばいい。危なそうだったらそれはそれで何とかして進めばいい。
昔踏み出せなかった遠坂に、今からでもそれを気づいてもらわなきゃ。
「遠坂!このフロア、大股で走れば何とかなるんじゃね? 行くぞ行くぞ!」
振り返って、ぐっと手を引いた。
、、、その向こうにある手は、動かない。
遠坂がやけに怪訝なまなざしでこっちを見ている。体調でも悪いのだろうか。だとしたら大変だ。
「は? 何言ってんの、、、? 危なすぎるでしょ流石に」
まなざしの数倍怪訝な声。
「信じらんない。少なくとも二人でいる時にするムーブじゃなくない?」
続けざまにこれでもかと呆れる遠坂の声は、高校時代の思い出よりずっとずっと怪訝で奥にこもっていた。
「、、、はぁ? そっちこそどういうつもりだよ」
落ち着こうと自分を制するより前に、ぽんぽんと言葉が飛び出す。
「俺のそばについてれば大丈夫だって。そもそも遠坂お前、頼ってるからねって言ったじゃないかよ」
「そんなこと一言も言ってない、怖い、って言っただけ。理想と現実の区別もつかないの!?」
そこまで言ってふと、遠坂が口を止めてため息をついた。、、蠅にとどめを刺そうとするような目の色で。
「あのさ、実は鈍いからはっきり言わせてもらうけど、いっつもわたしの事、、、皆の事、見下してかかってるよね? わたし、そんなに馬鹿? それだったら結構、って話なんだけど。あなたが人助けだと思ってること、全部「自分の格上げ」に見えちゃってるんだよ。」
黙って聞いていれば、何てこと言うんだ!遠坂は本当に大丈夫か?
そんなのあるわけない。俺はいつでも皆のために。
、、、そう言い出そうとしたけれど、喉が動かない。
何で? 俺はただみんなが幸せならいい。笑ってりゃいい。それで、俺も楽しい。それだけ。それだけのはず、なのに。
何で言葉が出ないんだよ。
何でこんなにイラついてんだよ。
今俺はそもそも何に向かってこんなに意地になってんだ? いやそりゃ、目の前のみんなの楽しさだろ。でも現に今俺はイラついてる。何に? 他人に? 何で?
何だよ、これ。
「間違ってないよ。当然さ。人のために動いてあげてる、それは間違いないんでしょ?」
不意にそんな言葉が、不自然なほど鮮明に浮かぶ。確かに、確かにそうだ。
そもそも何で遠坂は今あんな事を言った? 場違いにもほどがある。せっかく良いアイデアを思い付いたのに。台無しだ。何てことするんだ。俺は一生懸命お前の事考えて動いてやってんのに。
そう、俺はいつでもみんなのことを考えて動いてる。動いてやってる。
それに何てこと言いやがるんだ。
ホント、みんな俺がいないとダメだなあ。
「んなわけねぇだろ、ひがみも程々にしないと誰も助けてくれなくなるぞ? ほら、行くぞ。」
やっぱり引く手には抵抗があったけれど、少しすると納得したのか何なのか、すっと動くようになった。
絶対に、俺がハッピーエンドまで連れてってやる。
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side 佐久里 幸吉(さくり ゆきち) 現在地 6F
まずい事になった。
やけに広々しっかりとした床全部が、ロシアンルーレットまがいのぐらぐらした凶器へと成り代わっている。
うかつに動けない。進めない。
、、、そんなじめじめとした気持ちに濡らされている事に、少し驚いた。
いつもだったら。こんなに湿った考え方はする価値も無い、と、さっさと前を向いて目の前のパズルを解きに行っていたはず。
それができないのは、命の危険が絡んでいるから?
それとも、焦りすぎ?
さっきの失敗で自信を無くした?
どれも正解のように見えるし、どれも違うような気がする。
考えれば考える程に、更にじめじめじとじとと気分が水気を含んでゆくのが少し辛くて、無理やり意識を現実の方に引っ張り出した。
そういえばさっきから|爛雅《らんが》さんがうずくまって、ぶつぶつと何かを呟いている。
と思えば、ばっとおもむろに顔をこちらに向け、何か話したいことを見つけた子供のような目でこちらとフロアを見つめる。
「な、なんです? 何かありました?」
そうおずおずと聞くと、彼は
「あ~~、えっと、、、」
と急に声をすぼませ、あちこちをせわしなく見まわし始めた。まるで「声を掛けたはいいが、どうやって話すかは考えていなかった」とでも言うみたいに。
、、、やっぱり彼は面白い。
「これ、あの、フロアのタイル、、、な、なんとか、できちゃうかもしれませんっ」
そうやっとのことで文をひねり出した爛雅さんのそぶりは、親の買い物袋を持とうとするような期待に満ち溢れていた。
--- 【生存人数 237/300人】 ---
--- 【現在時刻 11:06:20 タイムオーバーまであと 12:55:40】 ---
<お知らせ>
「桜木 優斗」君を応募して下さった海音様と連絡が取れ、かつキャラクターのプロフィールの保存が完了したため、「桜木 優斗」君のメインキャラクターとしての参加を20話までのどこかから追加いたします。
各位、何度もお騒がせしてしまい誠に申し訳ありませんでした。
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