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5話 雑談
「こんにちは。あの、覚えてますか?傘を……」
「もちろん覚えてます。その節はどうも、お世話になりました。良ければお礼になにかご馳走させていただいても?」
「えっ?ぁあ!い、いいですよ、そんな大げさな!ただ傘を貸しただけですし……。」
「いえ、ぜひお礼させてください。むしろこのぐらいしかできないのが、心苦しいですが。」
「……わかりました。そこまで言うなら、お言葉に甘えさせていただきますけど……。」
正直に言うのならば、速やかにお帰り願いたい。だが、お久しぶりですねではさようなら、なんていささか紳士さに欠ける。さりげなさを意識して、僕が座っていた横の席に彼女に座ってもらった。
「―――!……フフッ」
突然、彼女は僕のベチャベチャトーストとオモンジジュースを見て笑った。
「?……なにか?」
と僕が聞くと、彼女は慌てながら、こう言った。
「コーヒー、苦手なのかなって思って。」
「そうですけど……何故ご存知なんです?」
「大体の人ってフレンチトーストってコーヒーと一緒に食べるじゃないですか。ちょうど私達と同い年ぐらいの人って。でも、オレンジジュースを頼んだってことはコー
ヒーとか苦手なのかなぁ、もしそうだとしたら可愛いなぁって思っ……あ!」
そこまで言って彼女は耳まで赤くしながら「違うんです!可愛いっていうのは、その、違くて!」と言い訳を述べる。そんな彼女に僕は「気にしてないので大丈夫ですよ、安心してください。」とできる限り優しく微笑んでみた。
「どうしても、コーヒーと紅茶だけは苦手で……。子ども舌ってやつなんだと思います。良さが全くわからないんですよね……。」
独り言ちるように僕は言った。
「私も昔はよくわからなかったんですけど、大人になって試しに飲んでみようって思って。で、飲んでみたら、美味しく感じたんですよね。なんか……大人って不思議で
すね。あ、でも、お酒は全然飲めないんですよ。苦くて苦くて……。甘めのも飲んでみたんですけど半分くらい飲んだところで具合悪くなっちゃって。」
それから、僕と彼女の会話は進んだ。好きな食べ物、音楽、映画、苦手な動物、物、店、等々。そして彼女は、全く妹とは似ていなかった。当たり前といえば当たり前かもしれない。いくら容姿がそっくりとはいえ、同一人物ではないのだ。妹と似ている部分がほとんどだと、僕は勘違いしていたようだ。彼女は容姿以外何も似ていない、言い方は悪いが、そこらへんの通行人と同じ、妹とはまた違う人生を生きている、普通の人なのだ。決して、妹の生まれ変わりなどではない。残念だと思ってしまう一方で、少しほっとしている自分が居た。彼女と話しているうちに、雨の勢いは弱まっていた。