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暗号解読(1)
この小説の『暗狩 四折』は廃人聖女シリーズの『暗狩 四折』とは別人です。
ご容赦ください。
(正確に言うとパラレルワールドです)
Webライターを始めて半年ほど経つが、こんな奇妙な謎は初めて見る。
私は海岸をぶらぶらしながら、つい昨日知った『謎』について考えていた。
「……うん?」
私のポケットから、着信音が鳴る。
「はい、もしもし?」
「姉ちゃんまた何か調べてる?」
弟の翔太だ。相変わらず勘が鋭い奴。
「別にいいじゃない。今日は休みの日なんだし」
「まあそうだけどさぁ……本当、よく毎日毎日推理ばっかりできるね」
「だって楽しいもん」
電話先からため息が聞こえた。
「で、今回は何を調べてるの?」
「えっと、『トモヤロイド』って人知ってる?」
「……聞いたことはあるような」
翔太は言葉にならない唸り声をあげる。
「去年話題になった作曲家よ。ネットで『新進気鋭』って言われてなかった?」
「あぁ。あの人ね!」
私は声を小さくして、周りの人に聞こえないように言った。
「あの人、行方不明らしいの」
「えぇ!?」
まぁそりゃ驚くか。
「落ち着いて翔太。とりあえず深呼吸でもして!」
「え、あっ、スゥー……ハァー……」
数秒後、翔太はひとまず正気に戻った。
「で、姉ちゃんはその人の捜索を頼まれたわけ?」
「あーいや、捜索は『あなたはしなくていい』って言われたんだけど」
「ん?どゆこと姉ちゃん?」
私はポケットから一枚の紙を取り出した。
そこには、意味不明な数字の羅列があった。
「『トモヤロイド』さんは、失踪前に暗号を残したの」
「……暗号?」
「私は捜索というよりは、暗号解読要員として呼ばれたってわけ」
「ふーん。なんで呼ばれたの?姉ちゃんはただの中学生なのに」
「知らない?私、意外と有名人なのよ?」
私は胸を張ってそう答えた。
「ふーん。ま、がんばってー」
そう言うと、翔太は電話を切った。
「しっかし、本当に不気味な暗号ね」
私の目に『4987344777143887586785577844004』という巨大な数字が映る。
正直言って、この数字だけで謎を解けるとは思えない。
「……ま、そんなんで折れていいような謎じゃないけどね」
悲しきかな、すでに私はこの暗号に魅了されていた。
私は海岸のベンチに座って、チャットアプリを開く。
そこには、『トモヤロイド』さん捜索部隊のチャットルームがあった。
◇◇◇
『You:暗号解読、いまのところ進捗ないです』
『肺:そうですか……、あの、ゆっくりでいいですからね?』
『You:わかりました』
『I愛アイ:がんばれー。四折さん』
捜索部隊のメンバーは私含めて10人ほど。
その中には、MV作成や情報交換で頻繁に『トモヤロイド』さんと会っていた人もいる。
「……しっかし、私物の画像とか私たちに見せていいのかしら」
まぁ、ひょっとしたら命の危機に瀕しているかもしれないし、仕方ないか。
私物の写真でひときわ目を引くのは、『トモヤロイド』さんが作曲に使っていたPCだろう。
テンキーの最下層には『0』と『00』、そして『Enter』の三つのキーがあり、いかにも業務用といった雰囲気を醸し出している。
弘法筆を選ばずという事だろうか。
「……他には大したものはなし、か」
私はベンチに横たわって、空を見上げて頭を回す。
特にこれといった暗号の仕組みは思いつかない。
「音楽、作曲、動画サイト……新進気鋭」
彼に関する言葉を並べてみても、特にこれと言った思いつきはない。
「……とりま、曲聞いてみるか」
スマートフォンのボタンを押して、画面を光らせる。
イヤホンを持ってきていてよかった。
「えーっと、これか」
私は一つのサムネイルをタップした。
その曲のタイトルは―――『夜中eye』。
◇◇◇
「結構いいじゃない」
ズンと心に響く、素晴らしい曲だった。
スタンディングオベーションの一つでもしたい気分だ。
「……あ」
曲を聴くのに熱中しすぎた。
手がかりを探さなきゃいけないのに。
私は動画をリプレイし、その画面に意識を集中させる。
MV、曲のメロディ、歌詞。どこに手がかりがあるかはわからない。
「ん、うん?」
MVの中に含まれる、不思議な画像。
少年が大人にライフルを向けており、液晶越しに緊張感が伝わってくる。
「……どゆこと?」
MVには他にも、戦争や紛争の悲惨さを伝える写真が多く使われていた。
「えーっと、歌詞歌詞」
確か、MVの『概要欄』という場所に歌詞は載っているはず。
あんまり動画サイト見ないからよくわかんないな。
「……なるほどね」
一回目の視聴でもその『片鱗』は見えたが……どうやら、こういう曲らしい。
『トモヤロイド』さんの実体験だろうか。
だとしたら、失踪した理由にも仮説ができる。
世界中で戦争に悩む国、地域は山ほどある。
もし『トモヤロイド』さんがそういった場所を気にかけているなら。
昨今の国際情勢にしびれを切らして、自分で戦乱に巻き込まれに行った。
そういう仮説も立てられる。
「だとすると、この暗号はなんのために?」
その問題が、私の頭に重くのしかかる。
第一、私は暗号解読を頼まれたんだ。
失踪の動機を調べるのは他の人に任せよう。
そう思い、私は概要欄を閉じようとした。
「なに、これ?」
概要欄の上にあった、ある文言。
わざわざ鍵括弧で強調された『作曲に三和音のガラケーを使いました』という文は、いかにも重要そうに見えた。
「三和音のガラケー?」
ガラケーで和音と言えば、着メロ。
そんな雰囲気は感じなかったが、本人が使用しているというなら使用しているんだろう。
「だけど、それとなんの関係が?」
この数字の羅列と、ガラケーに特に関係を見いだせない。
私はひとまず、他の曲とその概要欄も見ることにした。
「PHS、ポケベル、MD……」
私が産まれるより前の時代を飾った物達が、概要欄に並ぶ。
どういうことだ?『トモヤロイド』さんは何を……
「あ!」
そうだ。思いついた。
数字の羅列だけで文章を送る方法、一つだけあるじゃないか。
「……だとすると、これは」
私はその紙を握りしめながら、スマートフォンを再び触り始めた。