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……どうか笑っていてね…
窓の外では、冬の訪れを告げる冷たい雨が絶え間なく降り続いていた。
灰色の空から滴り落ちる水は、街の色彩を奪い、すべてを湿った沈黙へと塗り替えていく。
須直(すなお)は、病室のベッドの傍らで、ただ静かに羽花(うか)の手を握っていた。
その手は、かつての彼女が誇りとしていた温もりを失い、まるで薄氷のように冷え切っている。
「ねえ、須直くん……」
微かな声が、湿った空気の中に溶けた。
羽花はゆっくりと瞼を持ち上げた。
その瞳には、かつての輝きはなく、ただ遠くを見つめるような虚ろな光だけが宿っている。
彼女の顔色は青白く、まるで今にも消えてしまいそうな蝋燭の火のように儚い。
「……ここにいるよ、羽花。ずっとそばにいるから」
須直は声を震わせながら答えた。
彼の目からは、止まることのない涙が溢れ出し、頬を伝って枕に吸い込まれていく。
彼は彼女の手を取り、自分の熱を分け与えようと必死に力を込めた。
しかし、その力さえも届かないほど、彼女の命は砂時計の最後の一粒のように零れ落ちていた。
二人の物語は、数年前の眩しい春の日に始まった。
学校の屋上で、羽花が笑いながら彼に差し出したのは、半分溶けかけたアイスクリームだった。
「ねえ、須直くん。世界はこんなにも甘くて、美しいものばかりだよ」と彼女は言った。その時の彼女の笑顔を、須直は今でも鮮明に覚えている。
しかし、運命は残酷なまでの公平さを欠いていた。
突然訪れた病魔は、羽花の色彩を奪い去り、彼女から「明日」という概念を一つずつ剥ぎ取っていった。
治療の過程で失われるものばかりの日々の中で、二人はただ手を取り合い、互いの存在を確認し合うことしかできなかった。
羽花は弱々しく微笑み、須直の顔を見つめた。
「私……ずっと、こうして君といたかった。病気にならなくてよかった。だって、そうならもっと長く、一緒に歩けたから」
その言葉が、須直の胸を鋭く突き刺した。
彼は嗚咽を漏らしながら、彼女の手に額を押し当てた。
「そんなこと言わないでくれ……。君がいなければ、俺の世界には色がなくなるんだ。君と一緒に見た景色も、一緒に食べた食事も、全部思い出の中でだけにするなんて、耐えられない」
羽花は細い指先で、彼の頬に伝う涙を拭おうとした。
しかし、その動作すらも途中で力尽き、再び静止する。
「いいの……須直くん。私はね、君と出会えただけで、十分幸せだったよ。私の記憶の中にあるのは、全部君のこと。だから、私がいなくなっても、どうか……」
彼女の声は次第に細くなり、最後の一節はほとんど聞き取れないほどに消え入った。
「……笑っていてね」
その瞬間、羽花の指先から力が抜けた。
握っていた手から温もりが消え、代わりに冷たい静寂が二人を包み込んだ。
須直は叫ぼうとしたが、声にならなかった。
喉の奥でせり上がる絶望と悲しみが、彼の声を奪い去った。
彼はただ、動かなくなった彼女の体を抱きしめ、降り続く雨の音に混じって慟哭した。
窓の外では、冬の雨が止むことはなかった。
部屋の中には、二人の間に流れた愛の記憶と、取り残された一人の男の涙だけが漂っていた。
世界から色が消えた瞬間、須直は悟った。
彼女がいなくなった後の世界で、自分はどうやって明日を生きればいいのかを。
彼はただ、冷たくなった彼女の手を握りしめ、永遠に終わらない冬の静寂の中に沈んでいった。