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3.日常
コンコンコンと、扉を叩く控えめな音が聞こえる。今さっきまで何の夢を見てたか忘れてしまった。思い出そうとすると記憶がぐちゃぐちゃになる。僕はそんなに記憶力がないのか。
「‥はい?」
扉の向こうにあるであろう人に声をかける。
「あ、アレルです!」
「どうしたのアレルくん。今‥2時だよ?」
「それが‥シェリアさんは夜ご飯を食べてなかったですよね。やっぱり何か食べなきゃだと思うんです!だからですね、あの‥」
「焦らなくていいよ〜!」
「あ‥えっと、だから今からでも一緒にご飯どうですか?って聞きに来まして‥」
確かに寝る前は腹が減っていなかった。だが今は少し‥いや、かなり減っているような気がする。昼に食べたきりだったからだろう。
「うん、今行くね!」
「ま、待ってます!」
廊下を軽く走る音が遠ざかっていき、扉の前からアレルくんがいなくなった事を認識した後準備を始めた。取り敢えずシャツを脱ぎ、部屋着(と言うらしい)を着る。その後は髪を軽く梳かして外へ出た。廊下は暖房がついていなく、しかも夜中なのでとても寒い。上着を持ってくればよかったと少しだけ‥とても思った。
リビングの扉を開ければ空腹を煽るような香り。この香りに覚えがあったがなんだったか‥
「‥ラーメン?」
「‥正解、その通り。」
レルヴィがキッチンから三つ目のラーメンを持ってきて机の上にそっと置いた。
「さぁさ、シェリアさんも食べましょう!」
アレルくんが待ちきれないと言うような表情で席に座っていた。レルヴィも同じように席は座ったので、僕も座ることにした。
皆普段の手間のかかった服とは違い、ラフな服を着ていて少し珍しい。夜に集まる事はあまりないからだろう。
「いただきまーす! / ‥いただき、ます。」
テンションの違う挨拶が聞こえた後、僕もワンテンポ遅れて食べ始める。
「いただきます。」
湯気が出ていて今出来上がったばかりのようだ。麺を一口食べてみると、麺がモチモチで味もしっかりついていて美味しかった。
「これは何処のラーメンかな?」
「‥インスタント、ラーメン。」
「ゴフッ‥インスタントラーメン!?」
驚いたせいで謎に吹き出してしまった。インスタントラーメンって初めて食べるな‥記憶にある中だと。
「美味しいですよね、ラーメン!私も結構好きです!」
「うん、美味しい‥!夜中にラーメンは駄目な事感があるな‥」
ズルズルと麺を啜る音だけが常夜灯の部屋にあり、喋り声は段々となくなっていった。
「‥ご馳走様でした!」
アレルくんのお皿はいつの間にか空っぽになっており、満足と言いたげな顔をしていた。
「‥ご馳走、様でした。」
レルヴィのお皿の中も空っぽ。
‥ん?
「待って食べ終わってないの僕だけ!?」
焦る、焦るよ。だって一番腹減ってそうなのに食べ終わってないだなんて!!一人残ってるなんて!!なんか嫌じゃん!!
「‥焦る必要、ない。」
「|ふぇほふぁんふぁふぃふぁふぁん!!《でもなんか嫌じゃん!!》」
「食べ終わってから喋ってください!!」
アレルくんに怒られてしまった。
「だってゴホッ‥う゛ゲホッ‥」
慌てて一気に沢山口に入れたら変なところに麺が入った。苦しい‥
「‥馬鹿?」
「ゴホッ‥それ失礼だからねレルヴィ!!」
やっとの思いで(?完食した。美味しいけど最後の方あんま味わかんなかったな。
「‥また、こうやって夜にラーメン食べたいですね。」
「‥その時は、また作ってあげる。」
「やった〜!!」
「ふふっ‥アレルくんってば、そんなに美味しかったの?」
「いえ!いや、美味しかったのは本当なんですけど、‥この世界じゃ、明日なんて当たり前に来るものじゃないから、って言うかなんと言うか‥こう言う日常的なの嬉しいなぁって。」
その言葉に段々と勢いが無くなっていき、表情も暗くなっていった。ヴィスにいつ寄生されるかわからない職業の為、明日がそう簡単に訪れるものではない事を皆知っている。
「まぁ‥僕らが日常を送るって難しいよね。」
皆分からない事だらけだしさ。
そう言うと二人が僕を見つめた。「貴方のことも何も知らない」と言いたげな瞳だ。
僕も知らない事を二人が知ってるわけがないことはわかっているはずだが、それでも聞きたいのだろう。記憶がなくなった理由も、24より過去の話は本当に何も覚えてないのだ。
「そんな目しないでよ‥しょうがないじゃないか、何もわからないんだから。」
分かってたらこんな組織作ってないよ。
「‥私、早めに寝る。‥おやすみ。」
「あ‥お、おやすみなさい!」
「‥おやすみ、また明日。」
「‥」
「‥僕、食器片しとくからアレルくん寝てていいよ!」
「え、で、でも‥」
「僕、さっき寝ちゃってたからあんま眠くないんだ〜‥って事で、一睡もしてないアレルくんは早めに寝てください!」
「‥分かりました。おやすみなさい!」
アレルくんが扉を閉めると、暗い部屋に一人きりになる。孤独だ。
‥記憶を全てを思い出す方法は一つだけある。けれど、代償が必要だから避けてる。まだ代償を払うには早すぎる気がした。
ただ、この日々を手放したくないだけなんだ。
その為ならこの手を汚す事だって躊躇わない。
人を騙す事に、何の感情も湧かない。
食器を洗いながら、取り戻した記憶の中に良くない事があったらどうするのかを考えてみる。
そのまま伝えるのか、伏せておくのか。
出来るだけ皆を傷つけない方を選びたいな。
明日もまた、皆と笑い合って過ごせるかな。
明日もまた、日常を過ごしていられるのかな。