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六
(作業員の謎の失踪ねぇ…)
廊下を歩きながらざくろは考えこんでいた。
侑の言うとおり、今までここから失踪者が出たことはなかった。それに工場の統括人である幹部にすら詳しい情報が掴めないとなると。
(何かあるってのは、ほぼ確実だろうな)
「やぁ。調子はどうだい、ざくろくん」
「ぅおっ…なんだ、響韵かぁ」
いつの間にか廊下の曲がり角から、手を後ろに組んだ一人の男が、ざくろの方を覗いてにっこりと笑っていた。
彼は城崎響韵。すらりとした身体に襟付きシャツを纏い、キャラメル色のコートを羽織っている。このコートは亡くなった恋人のものだという話だ。首と手首には包帯が巻かれていて目を引く。マイペースで自由奔放な性格だが、正真正銘幹部の一人である。
「君が考え事だなんて珍しいね?何かあったのかい?」
「…お前、失踪の件聞いてないのかぁ?」
「ああ、聞いているよ。何の問題もなかった作業員の突然の失踪、だろ?」
「ああ…」
まるで先程の侑との会話を聞いていたかのような答えに、ざくろは曖昧に頷いた。響韵は基本フレンドリーだが、どこか底の知れないところがある。相手の人となりを把握するのが得意なざくろから見ても、響韵という男は掴みどころがなかった。
「これから俺も調べてみようと思ってるけどよぉ、お前の方で何か分かってることとかあったら共有してくれよなぁ」
「そうだねぇ」
響韵は少し考えるように口をつぐむと、声量を少し落として言った。
「これは俺の仮説なんだが…
工場Uには、幹部の更に上の人間がいると思っている」
「何だと?」
ざくろは思わず響韵の顔を凝視した。彼が冗談を言っていると思ったのだ。そこには幾らかそうであってほしいという希望も含まれていた。しかし響韵はどこまでも真剣な顔で続ける。
「今回の件、俺たちに情報が掴めないというところが鍵だと思うのだよ。君や侑くんも当然考えていることだと思うけれど、最高組織の幹部にも事態の全容が分からないなんておかしいじゃないか。俺も独自に調べはしたのだがね、何者かが情報統制を行っているように感じたんだ。あと一歩というところで、掴めない」
「情報統制って…誰がそんなことを?」
「そこまでは分からない。しかし工場Uが、俺たちも知らない大きな何かを隠していることは、ほぼ事実であると思う」
ざくろは唖然として立ち尽くしていた。幹部も知らない何かがある?俄かには信じられない話だったが、この不可解な現象に対して辻褄は合うような気がした。
「…とにかく、俺も調べてみるから。お前も調べ続けてくれよぉ?」
胸にきざした嫌な思いを振り払うように、ざくろはつとめて明るくそう言った。
「もちろん」
響韵は微笑んで頷き、歩いていった。ざくろも急ぎ足で自室へと向かった。