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熱のおかげ
花火
柱になったのだから、冨岡さんとの稽古もなくなるだろう。そうすると、なかなか会えなくなるのか。とその事に少ししのぶが、悲しくなると、いつも通りのように、冨岡さんは来た。なんのようだろう?
「冨岡さん、こんにちは。もう稽古は必要ありませんよ。私は柱ですから」
「手合わせ願いたい」
その手には木刀が二本。なるほど、なりたての柱の実力を見極めるために、手合わせしたいのか。その事に内心怒りながら、笑みを取り繕いながら道場へといく。
いつもどおりに誰もいない道場に二人か入っていく。
「いつでもこい」
「なら遠慮なく」
「蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ」
空高く跳躍し、蝶が舞うように滑空めいた身軽な動きで翻弄した後、並の相手では全く反応できない速度で相手を複数回突き刺す。この手合わせは、しのぶの突きが一度でも当たれば勝ちとなる。これで当たってくれるとうれしいのだけど。
「水の呼吸 肆ノ型 打ち潮」
ちっ思わず舌打ちが出そうになる。複数回の突きを打ち潮のように連続攻撃で対処した。だが、めげずに次の技を繰り出す。
「蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き」
強烈な踏み込みにより一瞬で相手との距離を詰め、蜂の毒針の如く相手を刺し貫く技。数で押して駄目なら質で。
「水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き」
普通突きを突きでかえすか?しかし、単純な力勝負では、勝ち目がない。一旦後方へ飛び距離をとる。
「蟲の呼吸 虻咬ノ舞 切裂の誘い」
虻のような俊敏な動きで相手の周りを回転しながら波状攻撃を放つ。こうなったら、連続で畳み込む。
「蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角」
目にも止まらぬ速度で六連撃の連続突きを放つ。翻弄してからの畳み込み。我ながらいい作戦だと思うのだが。
「水の呼吸 参ノ型 流流舞い」
水が流れるように舞いながら相手を攻撃する。本当にこの人は私の攻撃をすべて受け流す。そのことに苛立ちをおぼえる。さすが、水柱手数のおおさと、それを見極める判断力。水は何にでもなれる。その事を体現しているような男だ。次の突きで仕留める。
「蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞 百足蛇腹」
四方八方にうねる百足のような動きと地面を抉る程の力強い踏み込みによる爆発的な速度で相手を撹乱した後、その隙を狙い深く沈みこんでから相手の懐を穿ち、刀を突く。これを防がれてはもう打つ手がない。
「水の呼吸 拾壱ノ型 凪」
静かな凪の状態から相手の攻撃を受け流す、冨岡さんが生み出した。冨岡さんだけの技。それにより、しのぶの奥義の技まで防いでしまった。
「参りました」
「どうだった」
「水の呼吸と違い手数の少なさを感じました。さすが、水の呼吸は手数が多くて臨機応変に対応できますね」
「……水は何にでもなれる」
「それと柱になれたからと、浮かれすぎていたかもしれません。柱のなかでも、上澄みにならないと」
「とらわれるな。重要は、姉の仇だろ」
「そうですね。でも冨岡さんはすごいですね。さすが、最も使い手の多い水の呼吸のそれも、歴代最高峰といわれる水柱ですね」
「……柱になるのなら、他のものを守れるようになれ。お前ならなれる」
今日の手合わせはこれで終わりらしい。どっと疲れがくる。なんなのよあの人。私の呼吸をすべて防いで。
柱になるということは、冨岡さんのいう通りなのだ。私が柱。柱としての自覚を持ち、姉の仇をとるのだ。
それから、今まで以上に頑張ることにした。毒の調合を調整したり患者の面倒を見たりと今までどおりに見えるが、これに加え、柱の業務。疲れを見せないようにしている。
「しのぶ様、休んでくださいね!」
「ありがとう。アオイでも、大丈夫です。アオイも休んでくださいね」
「しのぶ様……」
「アオイ、今日は合同任務があります。アオイ、蝶屋敷を頼みますよ」
「はい!わかりました」
「便りになりますねアオイは。それでは、任務へいってきます」
「いってらっしゃいませ!」
今宵は、冨岡さんとの合同任務だ。正直冨岡さんとの合同任務は疲れる。なんせ、自分の考えを少ない言葉で説明し、必要な情報をださない。他のものとするならめんどくさいだろう。
そんな冨岡さんに合わせられるのは、今のところ私だけだ。なるほど、貧乏くじを引いてしまったということだ。
「冨岡さん、こんばんは。今宵は、月が綺麗ですね。」
「いくぞ」
この人は自分の口下手さを理解しているのだろうか。無言の時間が続く。私が話しかけても一言返せばいい方だ。幸い今宵の鬼は、早く出てきた。下弦だ。ちょうどいい柱としての腕試しだ。
「蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ」
それで、鬼と灰となっていく。あまりにも呆気ない。前よりも格段に実力が上がっている。鬼の目撃情報はもうないから警備へいこう。
「冨岡さん、ありがとうございました。それでは、私は警備へ……」
体が、ふらりとふらつく。まずい、倒れてしまう。近くに木はない。最近確かに疲れていたが、ここまでとは。アオイが気を使うはずだ。私は柱なのに。
さっと、誰かに抱かれる。あぁ、またあなたに助けられてしまう。でも、この人の腕のなかは、とても気持ちがいい。そして、意識を手放すのだった。
「……うん?ここは」
すっかりと、寝てしまっていたようだ。柱なのになんということだろうか。蝶屋敷ではないようだ。と、なると藤の家紋か。
「胡蝶、起きたか」
「っ、冨岡さんすみません。柱なのに」
「体調管理くらいしろ。」
その通りなのだが。もう少しかける言葉があるのではないだろうか。ふと、自分の隊服が、浴衣となっている。誰が、着替えさせたのだろう?まさか冨岡さんが!
「藤の家紋の人たちが着替えさせた」
「驚きました!そうですよね」
「嫁入り前の娘を着替えさせない。それと、すまないな」
「なにがですか?」
「抱いてしまった」
「……冨岡さん言葉を選んだ方がいいですよ」
本当にこの人は。というかこの人に嫁入り前のとかの価値観があったんだ。その事が衝撃だ。
とりあえず起き上がって、報告書を書かないと。
「報告書なら書いた」
「そうですか。すみません本来なら私なのに」
報告書は、基本的には鬼をたおした方が書くのだが。
「今日は休め」
「ですが、警備が」
「昨日と同じように、俺がする」
だから、やすめと。この人は本当に報告書から警備まで、どこかでこの貸し返さなければならない。
「ありがとうございます」
「熱があるらしい」
「そう、ですか」
「俺は帰る」
そっか。柱は、多忙だから一緒にはいてくれないか。頭でわかっていても熱に浮かされているのか。いってしまった
「一緒にいてくれませんか」
何も言わずに、ベットの近くにある椅子に座る。
「お前は本当の柱だから、少しぐらい息抜きと、回りを頼れ」
説教だが、どこかその説教が嬉しかった。今日は熱に浮かされているから。だから、何をしても許されるだろう。明日には忘れてますように。そう願いながら、彼の手を握る。その事は怒らずに、ずっとそばにいてくれた。
起きたときには彼はいなかったが、置き手紙を残していた。
『頼れ』
もう、また言葉のたらなさ。
熱はもう下がっていており、藤の家紋をでた。恐らく彼のいった通り、警備は肩代わりしてくれる。久しぶりに、蝶屋敷のみんなとご飯でも食べようかなと思いながら帰路についた。