#39　迷宮𝟏

「俺はね、昔から煌が大嫌いなんだ＿＿＿」 1人の青年、悠餓はそう言った。 「琇は、馬鹿すぎて哀れになってくるよ」 紫雲が見たことのないような悠餓の笑顔。 「悠餓＿＿＿＿＿＿＿＿＿覚えてろ。お前が病気で死ぬ前に、俺が必ずお前を殺す」 と紫雲は言ったとさ 「できるものならやってみなよ。実際は俺よりも実力が低い、"偽の裏社会のトップ"くん」 と悠餓は言ったとさ 心の迷宮が、永遠に繰り出される --- 『さて＿＿＿悠餓をどう処罰しようか』 本当の裏切り者に気づいた螺翠は1人、そのようなことを考えていた。 『悠餓がこっちを裏切ったのはわかったが、背後には誰がいる＿＿＿？なぜ悠餓はあんなにも大事にしていた黒雪をあんなに怪我させた＿＿＿？』 ただ、完璧な真相へとは辿り着けていない。長い年月一緒にいた仲間だ。多少、信じたい気持ちも残っているのだろう。 「申し訳ないが、しばらく姿を消す」 メンバーにそう告げてから螺翠は屋敷を出る。悠餓を探すために＿＿＿＿＿＿ --- 「孌朱、そっちの具合はどうだい？」 相変わらず、特別任務に行くと言って屋敷を出てきた孌朱は、とある人との待ち合わせ場所で、そう声をかけられる。 「全く＿＿＿まだ待ち合わせの30分前じゃないか。何分前に来てるんだよ」 孌朱は乾いた笑いを浮かべながら、目の前にいる青年に笑いかける。 「順調だよ。計画通りに進んでる。多分、螺翠のことだし、既にある程度は行動を始めてるかな＿＿＿？」 近くのカフェに入り、コーヒーを飲みながら孌朱はそう言った。 「で、どうするんだい？悠餓の為なら、紫雲を捨てても構わないよ」 孌朱はそう残酷なことを言ってにっこり笑った。 「屑洟＿＿＿＿＿＿＿＿＿いや、俺の義理の弟の奏くん？」 にっこりと笑った孌朱は、恐ろしい秘密を抱えている。 屑洟との義理の兄弟ということ。 そして＿＿＿＿＿＿＿＿＿ 実際は驚愕耦側の人間だということ＿＿＿＿＿＿ 「孌兄さん、奏兄さん＿＿＿なんで、こんな早くにいるんですか？まだ待ち合わせの15分前ですよ」 呆れたような悠餓の声が聞こえると同時に、2人は素から見せてるであろう満面の笑顔を浮かべる。 3人の集まりの名前は『祐練荘』 色龍弥よりも、失楽園よりも、驚愕耦よりも先に出来た裏の裏のチーム。 その名前を知るものは、3人以外で誰もいない --- 「単刀直入に言おうか。悠餓は敵だ」 失楽園の集まりで、螺翠は全員にそう告げる。その言葉に、螺翠以外の全員の顔に緊張が走った。 「悠餓が、裏切り者のわけがない」 一番最初に口を開いたのは、孌朱だった。滅多に浮かべない殺意のこもった笑顔を浮かべている。 「俺は一応、お前も怪しんでいる。最近の別任務とは何をやっているんだい？君が悠餓と一緒に失楽園を裏切ってる可能性だって、十分にあるんだ」 「何を証拠にそんなことを言うんだか。螺翠も雑魚になったね」 2人の争いを聞いていた檸檬は、急に立ち上がる。 「悠餓くんは、裏切りなんてするはずがない‼︎ありえない！」 檸檬の後に、紫雲ものんびりと口を開く。 「自分も、悠餓と孌朱は信じたいね。けど、螺翠がそう言うのも珍しいから、ある程度は､､､ね」 陽主は穏やかな笑みを浮かべながら、呟く。 「僕は螺翠くんを信じるよ＿＿＿」 氷夜は、感情のこもっていない冷たい目で孌朱を見ながら呟いた。 「俺は悠餓を信用しているが、孌朱は信用していない」 短くそう告げると何事もなかったかのように無言になる。そして全員の視線は、まだ今日一度も言葉を発してない雲珠のもとに動く。雲珠は穏やかな雰囲気を消し去り、鋭い目で孌朱を睨みつけた。 「ねぇ、孌朱。なんで君はこないだ、屑洟と会っていたのかな＿＿＿？特別任務があるとか言った日に、君が会っていたのはどっからどう見ても屑洟だったけど。どういうつもりかなぁ？」 探るような視線を雲珠が孌朱に向けると同時に、全員が孌朱を睨みつける。 「今のは、どういうことだい？」 極力穏やかに告げる陽主の目には、完全に殺意がこもっていた。孌朱は諦めたように微笑む。 「困ったなぁ＿＿＿渾身の注意はしていたのに。雲珠も一気に腕が上がったね。流石だよ」 孌朱が放った言葉に、否定の言葉はない。つまり、認めたのだ。屑洟と会っていたということを。その瞬間、容赦なく発砲音が響く。孌朱の顔のスレスレを鉛が通る。螺翠が、発泡したのだ。 「紫雲。俺は少なくとも、君のことも愛してたよ」 「おいっ＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿」 孌朱のその言葉と同時に、屋敷一面に炎が上がる。その中で孌朱は焦る様子もなく、堂々と立っていた。 「さぁ＿＿＿どうなるんだろうね。このまま焼かれて死ぬのか。逃げ出すことは出来てもその後煙を吸い込んだことによる一酸化炭素中毒で死ぬのか。驚愕耦に殺されて死ぬのか。俺に殺されるのか。楽しみだね？」 不気味な笑みを浮かべながら孌朱は身を翻し去っていく。その姿を、紫雲はただただ呆然と見つめていた。孌朱は途中で足を止めると、振り返ることなく声を出す。 「紫雲、君はこんな所では死なないだろう？いつか、俺が、君を苦しませずに殺してあげる」 その声には、弟を思う兄のような感情がこもっていた。けれど、言葉はあまりにも残酷だった。 「孌＿＿＿俺h＿＿＿をz＿＿＿＿＿てi＿！」 紫雲の言葉は、燃え盛る炎によってかき消される。 思えば最初からおかしかった。 なぜ悠餓が、昔から紫雲との距離を少しとっていたのか。 なぜ孌朱が、昔から悠餓と一緒にいる時間が多かったのか。 なぜ屑洟が、昔紫雲に"あんなこと"を言ったのか。 もっと早く気づくべきだった数々のことに、紫雲はただただ炎が大きくなるのを呆然と見つめている。逃げようとはしていなかった。 「紫雲！早く＿＿＿」 螺翠に手を引かれるがままに屋敷を出る。 「ハハ＿＿＿＿＿＿＿＿＿」 外に出た紫雲が、残った失楽園のメンバーの前で笑い声を溢す。 「ハハハッ＿＿＿＿＿＿フフ＿＿＿ハハッ」 不気味に笑う紫雲を、みんなは呆然と見つめていた。 大好きだった煌が大怪我をおい、 一番信用していた、一番尊敬していた悠餓に裏切られ、 兄のように思っていた孌朱にも裏切られ、屋敷に火をつけられ、 嫌っている屑洟にばかり味方が増えていく。 紫雲が抱いた感情はただの笑いだった＿＿＿