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呪術俳優
フィリー
深夜2時、封鎖された渋谷駅。
数百人のエキストラが逃げ惑う中、メインキャストたちは極限の緊張感の中にいた。
「おい、悠仁! 次のカット、宿儺に切り替わるからカラーコンタクト準備して!」
「了解です! 30秒で変えます!」
虎杖悠仁は、泥と血の特殊メイクをしたまま、鏡も見ずに赤いカラコンを装着する。彼が顔を上げた瞬間、現場の空気がピリリと変わった。それまでの「明るい若手」の顔から、両面宿儺という「絶対強者」の表情へ。
「……さて、どこから壊そうか」
低い声が響くと、モニターを見ていたスタッフから思わず「おぉ……」と声が漏れる。
一方、駅のホームのセットでは、五条悟が、監督と激しく議論していた。
「監督、ここはあえて目隠しを外した後の『瞬き』を入れない方がいい。最強の余裕を見せたいんだ」
「なるほど。じゃあ五条さん、この0.2秒の領域展開シーン、100台のカメラで一斉に撮るから。一発勝負だよ」
「OK。最高の『無量空処』をあげるよ」
本番の合図。
五条が指を組んだ瞬間、周囲の照明が一斉に青白く発光し、特効(スモークと紙吹雪)が舞う。その中心で、五条は微動だにせず、ただ美しく、冷徹な視線をカメラに叩きつけた。
「……はい、カット! 素晴らしい!」
監督の叫びと同時に、五条は「あーっ、目乾いた! 目薬! 誰か目薬持ってきて!」といつものお調子者に戻り、現場を和ませる。
その頃、地下の別セットでは、釘崎野薔薇と真人が格闘シーンの真っ最中だった。
「真人さん、そこ! もっと遠慮なく殴ってください! 私も本気でいきますから!」
「釘崎さん、ストイックすぎだよ……。俺、明日からファンに嫌われる役作りしてるのに、これ以上は心が痛むって!」
真人が苦笑いしながら放った「無為転変」の手。
そこに、特殊メイクチームが手際よく「顔が崩れるシリコンパーツ」を貼り付けていく。
「……完璧。これ、明日の朝刊の1面飾っちゃうかもね」
釘崎は、崩れた自分の顔をスマホで撮って、グループLINEに送る。
そこには、獄門疆(ごくもんきょう)の中から「誰か暇な人、しりとりしよう」と書き込んでいる五条からのメッセージが溜まっていた。
地獄のような展開が続く劇中とは裏腹に、俳優たちは「最高に面白い作品を作っている」という熱量だけで、朝焼けの渋谷を駆け抜けていった。
「……以上をもちまして、七海建人、オールアップです!」
スタッフの大きな声が響き、拍手が沸き起こる。
ボロボロのスーツに血糊をべっとりとつけた七海役の俳優は、差し出された花束を受け取ると、ふっと役柄通りの穏やかな微笑みを浮かべた。
「……疲れましたね。でも、この現場は悪くなかった。あとは頼みますよ、虎杖君」
その言葉に、ずっと横で控えていた虎杖悠仁の目から、一気に涙が溢れ出した。劇中では絶望の淵に立たされるシーンが続いていたが、オフになってもその感情が止まらない。
「七海さん……! ありがとうございました! 俺、最後までやり切りますから……!」
「はいはい、鼻水を拭きなさい。君の顔、今すごいことになってますよ」
七海は笑いながら、虎杖の背中を優しく叩いた。続いて、衝撃の退場シーンを撮り終えた
釘崎野薔薇も、メイクを半分落とした姿で現れた。
「あーあ、私の美貌が台無し。でも、最高にカッコいい最期だったでしょ?」
彼女も強がって笑っているが、瞳は潤んでいる。伏黒が黙って差し出したタオルを引ったくり、「あんたたち、私がいないからって手抜いたら許さないからね!」と叫んで、最後は皆と抱き合った。
そして、ついに五条悟が、封印シーンの全カットを終了した。
彼は目隠しを頭に上げ、赤くなった目で現場を見渡した。
「……正直さ、この役を引き受ける時、最強すぎて面白くないかなって思ったんだ。でも、みんなが本気でぶつかってきてくれたから、僕も『最強』でいられた」
五条は、泣きじゃくる1年生たちの頭を一人ずつ撫でて回る。
「楽しかったよ。じゃあ、僕は一足先に、獄門疆(楽屋)で寝てるから。皆、頑張ってね」
最後の一人がクランクアップし、朝焼けが渋谷のセットを照らす。
「……終わったんだな」
伏黒恵がぽつりと呟く。隣では虎杖がまだ泣き止まずに、「もう一回、みんなで高専の食堂のシーン撮りてぇよ……」と漏らしていた。
セットが解体され、血塗れの渋谷が元の街に戻っていく中、彼らは役者として一回り大きくなった背中で、次の現場(死滅回游)へと歩き出した。
「かんぱーい!」
都内ホテルの貸切会場。劇中では全員ボロボロだったキャストたちが、今日は最高におしゃれな私服で集結した。
五条:目隠しがないとただの超絶イケメン。「獄門疆の中、マジで暇すぎてWi-Fi繋いでずっとYouTube見てたわ」と裏話を暴露。
釘崎:左目が無事な姿で登場。「退場シーンの後、SNSで『野薔薇ロス』がトレンド入りしてニヤニヤしちゃった」と上機嫌。
七海:やっぱり定時で帰ろうとして、虎杖役に「まだデザート出てないっすよ!」と引き止められている。スクリーンに流れるNG集では、宿儺が真面目な顔でセリフを噛んで「あ、ごめんテイク2で」と照れる姿や、漏瑚の頭の火口からお茶が出てくるハプニング映像が流れ、会場は大爆笑に包まれた。
【後編:死滅回游・新キャスト初顔合わせ】
打ち上げから数週間後。今度は新章の台本読み合わせのために、新しい顔ぶれがスタジオに集まった。
「……えっと、今日から参加します、鹿紫雲一(かしも はじめ)です。よろしくお願いします」
ちょっと尖った髪型をセットした新進気鋭の俳優が挨拶すると、現場に緊張が走る。そこに現れたのは、海外ロケから帰国したばかりの乙骨憂太役だ。
「鹿紫雲くん、よろしくね。君のアクション、VTRで見たけど凄かったよ」
乙骨役が爽やかに握手を求めると、鹿紫雲役は「……本物の特級だ」と少し圧倒された様子。
さらに、「術式:超人(コメディアン)」を演じる高羽史彦が登場。
「えー、僕の術式はスベればスベるほど強いんで、皆さん今日から僕を無視してくださいね!」
と挨拶し、会場を微妙な空気(=最高の役作り)にして拍手を浴びる。
「よーし、新メンバーも揃ったことだし!」
座長となった虎杖が、少し大人びた表情で皆を見渡す。
「死滅回游、また全員で命削って、最高のエンターテインメントにしようぜ!」
隣で伏黒が「……また徹夜ロケが始まるな」と溜息をつくが、その口元は少しだけ笑っていた。