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嫌いな彼と
その夜、ふたりは静かな言い合いをした。
言葉をぶつけ合ったというより、
悠馬が、初めて真正面から、久我の心を覗こうとした――そんな夜だった。
「久我……最近、俺に何か隠してるよな?」
夜の部屋。
テーブルに置いたマグカップからは、湯気がもう上がっていなかった。
久我は、視線を合わせなかった。
「隠してるって、何を?」
「そういうところ。
そうやって、いつも少し笑ってごまかすところ……俺、ずっと気づかないフリしてたけどさ」
少しの沈黙のあと、悠馬は続けた。
「高橋と一緒にいたの、あれ……わざとだろ」
その言葉に、久我の指先がぴくりと震えた。
――バレてたんだ。
「……見てたのか」
「うん。あのときも、そして今も……ずっとお前のこと、見てるよ」
「……別に、何もしてねぇし。ただ話してただけだし」
「でも、“見せた”だろ? 俺に。ああやって、他の男と笑ってるとこ。
……試したかったんだろ、俺のこと」
久我はもう、笑えなかった。
悠馬の声は責めていなかった。
むしろ、優しすぎるくらいだった。
だからこそ、痛かった。
なぜか、自然と涙が浮かんでいた。
「……俺さ、怖かったんだよ」
低く震える声が、喉の奥から零れた。
「お前が隣にいて、ちゃんと“好きだ”って言ってくれて、毎日がすげぇ幸せで……
だからさ、“いつか終わるんじゃないか”って、そればっか考えてた」
久我の肩が、こらえきれずに震えた。
「前みたいにさ、俺が想って、でも返してもらえなくて……置いてかれるのが、また来るんじゃねぇかって。
……だったら最初から、自分で壊した方がマシだって、思った」
ぼろぼろと、涙がこぼれる。
「バカだろ。……好きなくせに、不安すぎて、傷つけることばっかして……」
悠馬は、静かに久我のそばに膝をついた。
そして、涙で濡れた頬に手を添えて、まっすぐに見つめた。
「バカじゃねぇよ。怖がるのは、愛してるからだろ」
その言葉に、久我は崩れるように、悠馬の胸に顔を埋めた。
「……好きだ。好きで仕方ねぇんだよ。だから、全部が怖かった」
悠馬は、その背中を黙って抱きしめた。
傷だらけの言葉も、弱さも、全部。
今夜くらいは、全部抱き締めてやりたかった。
その夜、ふたりは何も求めなかった。
ただ心をさらけ出して、同じ布団の中、静かに寄り添った。
もう、言葉はいらなかった。
“信じたい”と“信じてほしい”が、ようやく交差した夜だった。