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約束
その思いは往々にして在る。在ってはならないその思いが心に影を落として消えてくれないのだ。
聖人君子と呼ばれるたびに、胸の奥で何かが腐る音がした。私は善行を積んだ覚えはない。ただ、誰かが泣いていれば隣に座り、差し出された手を振り払えなかっただけだ。それだけのことが、いつしか奇跡と呼ばれ、救済と囁かれ、神の代弁者のように祀り上げられた。人は勝手だ。勝手に縋り、勝手に理想を押し付け、そして私を「穢れなき者」に仕立て上げる。だが私は知っている。私の胸の奥に渦巻く、救われぬ欲望を。あの人と、
薬束紡ぎ。二人で地獄に落ちたいと願うこと。互いの破滅を肯定し、堕ちる未来を縫い合わせる行為。約束よりも甘く、約束よりも強く、そして猛毒のように魂を侵す。人々はそれを悪と呼ぶ。依存だと、堕落だと、神への冒涜だと。けれど私にとって、それは唯一の救いだった。
あの人はもう、死んでいる。白布に包まれ、冷えきった指先は蝋のようで、呼びかけても瞬きひとつ返さない。それでも私は、その亡骸の傍らに膝をついた。
「あなたと、逝きたい」
神の名も、救いの言葉も、祈りも捨てた。私は善なる者であることをやめた。あなたのいない黄泉の国など、私には地獄よりも耐えがたい。
薬束紡ぎは、本来生者同士で紡ぐものだ。魂と魂を絡め、堕落を共有する儀。死者と行うなど、狂気の沙汰。禁忌の中でも最も忌むべきもの。それでも構わなかった。あなたは生前、私を神のように見なかった。奇跡を望まなかった。ただ、隣に座り、同じ高さで息をしてくれた。それだけでよかったのだ。崇拝は孤独だ。信仰は隔絶だ。誰も私の手を取らない。誰も私を地面へ引きずり下ろしてはくれない。あなたは違った。私の弱さを見て、笑った。
「堕ちたいのなら、一緒に堕ちよう」
あの日の言葉が、今も耳に残っている。だから私は紡ぐ。冷たい指を握り、額を寄せ、声なき声で誓う。共に地獄へ、と。それは愛ではないのかもしれない。救いでもないのかもしれない。だが確かに、胸の奥の痛みを和らげる。甘美で、危険で、抗えない。
薬束紡ぎは毒だ。一度口にすれば、もう清廉な祈りでは満たされない。だが同時に、それは安らぎでもある。神に祈ることをやめ、人であることを選ぶ。堕ちる未来を肯定することで、初めて息ができる。私は聖人君子ではない。ただの人間だ。誰かと同じ罰を受けたかっただけの。もし神がいるのなら、きっと嘲笑うだろう。救われるべき者が、自ら奈落を選ぶ愚かさを。それでもいい。あなたと落ちる地獄なら、そこはきっと孤独ではない。人々は明日も私を崇めるだろう。奇跡を求め、善を期待し、清らかな言葉を待つだろう。だが私の内側では、すでに薬束は固く結ばれている。甘く、深く、解けない結び目。神に背を向けたその瞬間、私はようやく人になれたのだ。あなたと共に、堕ちる愚かな人間に。