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ある、満月の日のことだった。
素敵な企画を考えてくださった方(リンクも)
『みるる。様』
https://tanpen.net/event/61d426fa-2005-428e-a670-1b1af4ff9e6d/
本編字数
『6111字』
ある、満月の日のことだった。
一人の女性が空を見上げていると、何処からか鳴き声が聞こえてきた。
辺りを見渡すと、一匹の兎が罠に掛かっていた。
「大丈夫かい?」
ただ縄に捕らわれていただけなので、女性は腰の太刀を抜いて切ってあげた。
「ほら、早くお逃げ」
自由に動けるようになった兎は飛び跳ねて喜ぶ。
そして一礼してから森の中へと姿を消した。
女性は兎とは逆方向の森に姿を消すのだった。
それから、約一月後。
道に点々とある血痕は、竹林の奥へと続いていた。
「……くそっ」
女性は脇腹を押さえながら、空を見上げた。
高い高い竹の葉の、さらに奥。
雲で隠れてしまっているせいか、月のない夜だった。
「ここが墓場か……」
苦しそうな声が竹林に吸い込まれて消えた。
誰にも届いていないと思われたその声。
「大丈夫?」
「……何者だ」
ひょこ、と効果音がつきそうな感じで竹から表れた影。
紺色に兎の刺繍が施された着物の少女がそこに立っていた。
女性は子供と分かった瞬間、手に持っていた太刀を地面へと置く。
「怪我してるの?」
トコトコと歩み寄ってきた少女は、血で染まった女性の着物を見ながら言った。
右の脇腹が何かに破られたようになっており、怪我をしているのはその部分だった。
今も止まることなく、血は地面に広がっていく。
「此処は危ない。君は逃げた方がいい」
「どうして? 怪我をしてる貴女を置いていけないよ」
女性は悩んだ。
今すぐにでも少女をこの場から離れさせたいが、動く様子はない。
この瞬間にも《《奴》》は。
早く少女を離れさせないといけない。
そう考えると、焦ってしまう。
「……お母さんは駄目って言ってたけど」
そう少女が呟いたかと思うと、女性は光に包まれていた。
痛みがどんどん引いていく。
霊術かと思ったが、この感じは明らかに妖術だ。
つまり、この少女は──|妖怪《敵》。
「痛いの痛いの飛んでけ」
「何故、私を助けた」
「怪我してるヒトを放っておけないから」
妖怪が全部悪いわけじゃない。
いつの日か、自分が言っていた台詞を女性は思い出していた。
「それに、お姉さんはあの時──」
少女の言葉を遮ったのは獣の叫び声と、竹がどんどん折られていく音。
小刻みに少女は震えた。
今まで聞いたことのない大きな音に、自分とは比べ物にならない妖力。
怖くないわけがなかった。
「……君、名前は」
「い、|因幡《イナバ》」
「良い名前だね」
さて、と女性は立ち上がる。
そして優しく少女──因幡の頭を撫でた。
「私は退治屋だから妖怪退治が仕事だ。でも、君には助けられた恩がある」
だから退治しない。
女性は地面に置いていた太刀を腰に|佩《は》く。
「妖怪と人間は仲良くできると思うか?」
突然の問いに因幡は戸惑う。
しかし、すぐに満面の笑みを浮かべながら言った。
「仲良くなれるよ! 絶対に!」
「……その返事が聞けて良かった」
女性は沢山の息を肺に取り込む。
足に力を込め、霊力で地面に陣を描いた。
次の瞬間、女性が天高く飛ぶ。
「……凄い」
因幡はそう呟くことしか出来なかった。
退治屋だと言っていたのに身体能力上昇という補助霊術が使えたことに。
そして、大きな九尾の狐に立ち向かう女性の勇気に。
心の底から凄いと思い、尊敬した。
九尾が歩いてきた竹は全て倒されている。
流石は五大妖怪と呼ばれるだけあるか、と女性は感心していた。
「妾に喰い殺される気になったか?」
そんなわけないでしょ、と女性は竹の上に立ちながら言った。
正確には竹の上に障壁を置いているので、足場はしっかりしている。
「君を退治する、と言いたいところだけど考えが変わった」
「……どういうことだ」
「殺さないってことだよ」
女性がそう言った瞬間のことだった。
九尾を囲むように幾つもの弾幕が出現する。
しかし、見かけ倒しのもので殺傷能力は全くない。
「見習い風情が、この妾をナメやがって」
その事に気がついた九尾は一言だけ吐き捨て、吼えた。
咆哮は竹を揺らし、ざわざわと竹林が焦っているように聞こえる。
先程まであった雲も咆哮で一つもなくなっていた。
ふと、女性は足元を見た。
地上では因幡が頭を抱えてしゃがみこんでいる。
まだ逃げていなかったことに驚きながらも、女性は霊術を使う。
「君は指一本傷つけさせないよ」
因幡の周りに、結界が張られる。
自身を吹き飛ばしそうなほどの風がいきなり止んだので、因幡は驚く。
「かかってきな」
煽る女性を喰らおうと、九尾はその大きな口を開く。
しかし女性はすぐに飛んで避けたので、足元にあった竹の割られる音が竹林に響き渡る。
そのまま辺りに出現したままの弾幕を足場にしながら、女性は曲芸師のように宙を舞った。
満月に照らされた女性は、まるで天女のようだった。
弾幕から弾幕に飛び移る時を見計らって、九尾がその鋭い爪を女性へ向ける。
因幡に治して貰った怪我は、あの爪が脇腹をかすったからだった。
巨大な体からは想像が出来ないほどの速度。
そして、女性の持っている太刀の何倍も鋭利だ。
しかし油断していた先程とは違い、今はもう先に──。
「《《視えているよ》》、君の行動」
即座に展開した障壁が、九尾の爪を止める。
巫女の使える霊術の一つである『未来視』はその名の通り数秒先の未来を視ることが出来た。
隙の生まれた九尾に向けられたのは、殺意の込められていない弾幕。
女性の行動は、どれも九尾に煽りにしかならない。
「ふざけるなぁ!」
その時、九尾の妖力が一ヶ所に集中し始めた。
果物ほどの大きさだった弾幕はどんどん大きくなっていく。
深く暗い赤は、いつの間にか月とそう変わらない大きさになっていた。
「……これは」
流石に防げそうにないな、と女性は冷や汗を流す。
どうしたらいいのか、分からない。
女性はとりあえず障壁を展開してみたが、あまり意味はなさそうだった。
自身のことも守れそうにないし、辺り一帯吹き飛ぶだろう。
これが五大妖怪が一人、九尾の本気。
見習いの退治屋が相手して良い敵ではなかった。
後悔した女性からは、乾いた笑いが零れる。
薙ぎ倒された竹林で、視界が広がった。
九尾が妖力を溜めている。
多分、あの退治屋さんは防げない。
僕を守ってくれているこの結界もすぐに破れちゃう。
「……僕に力があったら」
|月兎《ゲット》。
それが僕の種族の名前。
ご先祖様は月から地球にやって来た、ってお母さんが言ってた。
僕達は正確には妖怪に分類されないらしい。
詳しいことは、忘れちゃったな。
「僕の『痛いの痛いの飛んでけ』は怪我を治すことしか出来ない。でも……」
パリン、という音で僕は顔を上げた。
どうしてか分からないけど、結界が無くなってる。
「逃げるよ!」
いつの間にか目の前にいた退治屋さんは、そう言って僕の手を引いた。
何度も転びそうになりながら、僕達は走っていく。
振り返ってみると、九尾はどんどん遠くなっていた。
でも、確かに目が合った。
『逃がさぬ』
息が一瞬だけ止まった気がした。
このままじゃ退治屋さんも僕も死んじゃう。
「退治屋さん、『封印』は出来ないの?」
「生憎と、霊力が足りない。それにあれほどの妖術は、私の全霊力を使ってもギリギリかな」
「……なら」
自分の奥底にある《《それ》》に呼び掛ける。
「僕のを使って、退治屋さん」
「君は、一体何者?」
先程は妖術で私を助けてくれたから、てっきり妖怪なのかと思っていた。
妖力を感じなかったのは妖怪として強いから。
なのに、彼は私に《《霊力を分けてくれている》》。
「……。」
ふと、思い出した。
昔聞いた、妖怪と駆け落ちした巫女の話。
「──半人半妖か」
「退治屋さん、僕のこと知ってたんだ」
笑みを浮かべた彼は、少し残念そうだった。
「お母さんは妖怪にも、退治屋さんにも僕の正体を話しちゃ駄目って言ってた。殺されちゃうから」
確かに、その通りだろう。
妖力も霊力も持っているということは、どちらの敵になる可能性もある。
そもそも、どちらにも受け入れられないと思うけど。
「──!」
もう、時間がない。
考えるのは後だ。
今はただ、九尾の妖術を封印することだけを考えないと。
私は深呼吸をして霊力を練る。
「一応、離れないで」
「……うん」
霊力はまだ余裕があるらしく、結構離れてしまったので来た道を戻る。
私が手を引いていたから分からなかったけど、因幡の方が断然早い。
流石は|人間《ヒト》より身体能力が高いだけある。
お陰で私は封印の為の準備を進めることが出来た。
気がつくと、もう九尾の足元まで来ている。
どうやら九尾は今、指一つ動けない状態らしい。
「完成形が分からないとはいえ、あまり時間は掛けていられないか」
私は急いで陣を描き始める。
少しでも間違えれば描き直さなければならない面倒なものだが、とても強力な封印。
扱いきれるか分からない。
でも、私がやらないといけないんだ。
「描けた!」
妖術を囲むように施された幾つもの陣。
次に必要なのは、封印を発動させる為の強大な霊力。
因幡から流れてくる霊力は私に扱いきれないほどの量だ。
でも、どんどん使っていくから心身に悪影響はない。
焦りからか、霊力の扱いが雑になっていく。
「封印……っ」
幾つもの陣が妖術に貼り付いていく。
そのまま押し潰されていき──やがて何事もなかったかのように消えた。
「せ、成功したの……? 本当に……?」
息が上がっている。
ここまで大掛かりな霊術は、普通一人で行うものではない。
集中が続かないのもあるけど、一番の理由は霊力不足だ。
元より巫女として霊術を使う際の集中力に長け、退治屋として霊力の大量使用になれていた私。
そして、因幡の協力があったから出来たことだった。
「見習い、風情がぁ……」
「妖力はもう尽きてるのに、なんで──!」
「妾は五大妖怪が一人、九尾だぞ。この程度、同じく五大妖怪の彼奴らとの戯れに比べれば何ともない」
さぁ、第二戦を始めようじゃないか。
妖力が無くなったことで尾が一本になり、|人間《ヒト》の形になることで体力などの消耗を抑える九尾。
その瞳には諦めなどなかった。
私は、目を丸くして驚くことしか出来ない。
お互いもう霊力や妖力、そして体力も気力も余裕はない筈だ。
そして立っているのも辛い筈なのに、この妖怪は──。
「……分かった」
「退治屋さん!?」
私は近くにあった竹を支えに立ち上がる。
そして腰に佩いてあった太刀を抜いた。
銀色の刀身が月光に照らされて輝く。
今にも倒れそうな自身の体に鞭を打ち、歪む視界のなか相手を捉える。
これが最後の戦い。
「我が太刀が君の首を刎ねるや、君の爪が我が身切り裂くや。」
「お主の太刀が妾の首を刎ねるや、妾の爪がお主の身切り裂くや。」
「「いざ、尋常に──」」
妾は仰向けになりながら竹林にいた。
風で竹が揺れて音を出している。
「何故、殺さない」
掠れた声で妾は言う。
「妾はお主ら人間に忌み嫌われる妖怪の中でも五大妖怪の一人、九尾だぞ。妾が殺すことこそ、人の世の為に命を懸ける霊術使いの仕事ではないのか」
「確かに君の言うとおりだよ。|私達《退治屋》の仕事は妖怪を退治すること。でも言ったでしょ?」
|人間《ヒト》は妾の近くに膝をついて顔を覗き込んできた。
身体さえ動けばその喉を喰い千切るか、爪で掻き切っている。
「君を殺さない。あくまで私の退治はまた悪さをしないように躾をするだけだから」
「そんな甘い考えで良いと、本当に思っているのか?」
「あぁ、思っているとも。だって妖怪と人間は仲良くできると思うからね」
彼がその証拠さ、と|人間《ヒト》は笑っていた。
視線の先には幼子が一人、妾を見て少しばかり怯えている。
彼奴、|人間《ヒト》ではないのか。
ふと思い出したのは|彼奴《元五大妖怪》のこと。
人間と駆け落ちしたことで妖怪からも、人間からも命を狙われるようになった彼奴の子か。
それは証拠になって当然だ。
「残念ながら、私は見習いの身で神社を持っていない。だから10年ぐらいゆっくりと休んで、妖力もそこそこ回復したら出直しておいで」
「お主、それまでに死ぬとは思わないのか」
思わないね、と|人間《ヒト》は満月を見て笑う。
「数年後、君と再会した未来が視えたからさ」
妾も笑ってしまった。
こんなことに『未来視』を使うことはもちろん、また会えることが嬉しくて堪らない。
長生きしていると楽しみなど仲間との|戯れ《殺し合い》にぐらいしかないんだが──。
「良い暇潰しが約束されたな」
さて、と立ち去ろうとする|人間《ヒト》。
思わず妾は声を掛けた。
「見習い。お主、名は何と言う?」
「……また会った時に教えてあげるよ」
「ケチな奴じゃ」
妾は|人間《ヒト》と違うからのぅ。
「妾の名は|雅《ミヤビ》じゃ。よーく覚えとけ、|人間《ヒト》よ」
忘れたら許さない、とも付け足しておくことにした。
「もう行っちゃうの?」
因幡は寂しそうに訊ねる。
旅の途中だから、と女性は残念そうに笑みを浮かべた。
一晩、竹林の中にある因幡の家で睡眠を取った女性。
妖術で因幡が回復ので傷一つ残っていない。
しかも、怪我をする前よりも元気になったので、旅も早く進むことだろう。
「君のお陰で沢山の人を救えそうだよ、因幡」
「それは良いことだけど……」
黙り込んでしまった因幡に、女性はそっと頭を撫でて言う。
「この旅が──霊術使いの試練が終わったら、私は戻ってくる。だから待っていてくれるかい?」
「本当にまた来てくれるの?」
「あぁ、もちろん」
その瞬間、因幡の表情が何段階が明るくなった。
さて、と女性は忘れ物がないかもう一度確認をした。
「多分ここにはもう戻ってこれないから気を付けてね」
「分かった」
この竹林は、ある霊術の影響で因幡以外はすぐに外へ出てしまう。
九尾のように竹を踏み潰していくのは流石に対象外だが。
ある霊術と表現したが、正確には亡き因幡の母親が遺したものだった。
半人半妖の彼女を受け入れるものがいる筈がない。
そう決めつけていた因幡の母が、娘を守るために張った一種の結界。
でも、因幡を受け入れる者はいた。
女性はもちろん、雅も受け入れている。
「ねぇ、退治屋さん」
「ん?」
「私にも名前は教えてもらえないの?」
少し瞠目してから、女性は笑う。
雅に教えなかったのはただの厭がらせ。
「私の名前は|叶《カナ》だよ」
ある、満月の日のことだった。
私は一匹の兎を助けた。
ある、満月の日のことだった。
僕はあの時助けてくれた退治屋さんを助けた。
ある、満月の日のことだった。
妾は数年ぶりに彼奴らに再会した。
だがそれは、また別の物語で語ることにしよう。
ということで、後書きです
いやぁ、久しぶりに小説を書いたのでどう書いていたか、何て覚えていないわけで
見比べてみると、少し書き方が違いますね
まぁ、これも個性というわけで
それでは自主企画に触れていきましょうか
みるるさん企画の自主企画、という点では二回目ですね
前回は部門?が決まっていて頑張った覚えがあります
次に小説に触れていきます
「ある、満月の日のことだった。」ということでお月様に関係する物語にしようと思ってました
お月様→兎
はい、単純ですね
どうして妖怪になったのかは私にも分かりません
さて、お気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、「共に生きていく」という作品と繋がっております
一応この小説だけでも大丈夫なようにはしたつもりですが、どうしでしょうか
時系列的には、この小説の方が昔ですね
まぁ、繋がってるとは言いましたが正確には繋がってないんですけど
ややこしくてすみません
えっと、「あったかもしれない世界」程度で考えてもらえると嬉しいです
───
改めまして、今回はみるるさんの自主企画に参加させていただきました
まだ募集期間だと思うので、良かったら参加してみてはいかがでしょうか
私は他の参加者様の小説を読みに行こうと思います
一応の為の設定?
https://tanpen.net/novel/02847e10-b065-43fa-8c9c-2e6bee96834a/