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偶像
春空を見て昔を思い出す。
昔といっても数年前の出来事だ。
その出来事が僕にとっての分岐点だった。あの日、どうするべきだったのかはわからないが、君と君の義妹を助けれたから悪くはない。
けど、そのせいで僕は物語を書く意欲が失せた。やる気がない。やる気なら桜と共に散った。
そんなことを考えていても月日は流れる。いや、考えなくても月日は流れる。月日が流れ景色も変わる。
その情景を描きたい。描きたくてしかたない。けど、描けない。描きたいけど描けないんだ。
そんな中ふと空を見上げると夏雲が浮かんでいた。それを見ると文字が浮かび上がる。物語を書きたくて仕方ないから。それでも形にはならない。
だって、だって...
「全部、偶像だ。偶像なんだ。
この言葉の全てが偽物だ。
偶像しかない。偽物しかない。そういうものしか生み出せない」
生み出しても僕には何の利益もない。
生活のためなんだ、感動するなら金をくれ。
そう自分に言い聞かせる。
「笑えない、笑えないんだよ。
何一つ楽しくないんだよ」
もう、何が楽しいのかすらわからない。
『親愛なるあなたへ』
そう僕は書き綴る。
「親愛なるあなたへ、か」
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秋風に押され街を歩いた。体に力が入らないから。浮遊感が止まらない。
俺なんかより落ち葉の方がよっぽど綺麗だ。
枯れてもなお生きる、そんな落ち葉の方が綺麗だ。
もう、僕なんかが生きてなんにもならない。
冬になると風が強まった。冬晴れの風が心地いい。
短い昼の間に消えたい。死にたいじゃなくて消えたい。
「吐きそうなくらいにさ、溢れてしまうんだ」
描きたい言葉、情景、人物。そういったものが溢れてしまう。
この体がしょうもなく創作を欲してる。描きたくて仕方ないんだ。
だけど、偶像だ。
描いたとてそれは偶像、僕の妄想でしかない。そんなものに価値はない。だって僕の全部に価値がないから。
『本当に救われました』
はは、何言ってんだか。こんなんに救われるわけないだろ。馬鹿みたい。
もう笑っちゃうぜ。笑っちゃう?
まだそんな感情が僕に残っているのか。
僕の人生の値踏みは終わったんだよ。
『親愛なるあなたへ』
その言葉が目に映る。ついこの前もらったファンレターに書いてあった言葉。
「親愛なる、か。馬鹿みたい」
僕はその手紙を破った。
その言葉を見ると苦しいから。苦しくて仕方ないから。
朝目が覚めたら過去に戻って、綺麗な線路を辿れたのなら、目が潰れるほどの衒う花火が見たい。あの日、君と見たあの花火を。
脳味噌を全部抉るみたいに何もかも全部壊してくれ。壊してくれないと僕を保てないから。塵になるまで壊してくれ。
塵になれたのなら僕を抱きしめてくれ。僕が生きたいと思うほど強く。
偶像さ、偶像さ。
何一つ救えないんだよ。救うことなんてできない。
僕みたいになんてなるなよ?ただ恥を知るだけなんだから。
違いない。違いないぜ、なぁ?
人を救うことなんてできない。
人生はあなたしか変えられない。自分でしか変えられない。
だろう?
「全部、偶像だ。偶像だ!」
でも心地よくて仕方ないのさ。物語を描くのが心地いい。だから描きたいんだ。批判とかされても気にしない。描きたいから僕は描くんだ。
父みたいにはなりたくけど僕は父と同じような道を辿っている。
春も夏も秋も冬も描いた。生み出したいから。生み出したくて、描きたくて仕方ないから。
生み出したい、生み出したいよ。
人生の値踏みが終わっても涎が止まらないよ。
「誰かを救いたい、とかどうでもいいんだよ。描きたいから描くんだ。そんなことなんて考えない」
救いたいのは自分自身だ。自分を救いたいんだ。自分を愛せないから。
誰か愛してくれよ。愛してくれよ。
生み出しても孤独が止まらない。誰にも愛されないから。
『親愛なるあなたへ』
僕は君に宛ててその言葉を書く。僕は君を愛しているから。
「あなたを救うのはあなたしかできない。
それは僕ではない」