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【花が嗤って絵に映す】
prologue _アムールプロープル ミュゼ_
ガレット_食パンに焼いたベーコンと卵をのせ、野菜を挟んで紙にくるまる朝食を立って食べながら嬉しそうに美術品を飾る男を見ていた。
黒髪の美女が胸より下で腕を組み、横を向いている女性...“モナ・リザ”の《《贋作》》だ。
正式には、“微笑まないモナ・リザ”だったか。まぁ、なんでもいい。結局のところ贋作に過ぎない。
その絵画に映る仏頂面を嘲笑うように口の中でバターの香るパンを飲み込んだ。
それが終わった頃に男が振り向いて、偉そうに注意をした。
「だから、美術館内での飲食は禁止だって。マナーが悪いよ、君」
「マナーなんて破る為にあるんだよ。いちいち気にしてたら、人生が生きづらいもんさ」
「だとしてもね...淑女としての嗜みってものが_」
「ああ、はいはい。なってない、って言うんだろ?良いじゃないか、男勝りな女ってのも」
適当にありがた~いお説教とやらをかわして、ガレットが入っていた紙を丸めてポケットへ入れると足に強い痛みが走った。
足の方を確認すると、かかとに靴ずれがある。アンラッキー...アンハッピーってやつだ。
ここにある美術品を見たらハッピーになれるとか、そんな迷信みたいな話を世間様は信じるようで、昼間は来客が絶えない。
アムールプロープル ミュゼ。簡単に言えば、自惚れ屋美術館。その美術館には変な話がある。
美術品に魅いられたら、“アンハッピー”になると同時に“魔法”を得る。
そんな今の分からない空想物語を「はい、そうですか」と信じるタマじゃないが、実際にその現象は起きていた。
魔法とやらは使ったことがないものの、近頃やけに小さな不幸が相次いでいた。
用事へ間に合わずに寝過ごしたり、靴紐がほどけやすかったりと大したものじゃないがとにかく気分を害することが多い。
例えば、恋人とのデート中なんかに財布を忘れたとか...そんなの格好がつかない。
まぁ、そんなこんなでこのアンハッピーってやつに日常的に迷惑を被られてるわけだ。
「ああ、早速アンハッピーが起こってるじゃないか。まぁ...マナーを守らないんだから、これはナイスだね」
「...そこに飾ってる贋作にペンキでもぶちまけてやろうか?」
「そんなことしてみろ、夜の警備で異変が酷くなって死にかけるぞ」
「そりゃ凄い。美術品にも心があるんだな。...お前に魔法を付与するって情けはないようだが」
「...改めて要らないと思うよ、美術館を手放すのは少々心苦しいが...」
「そんなら、館長を続ければいいだろ」
「いや、もう歳でね...今年で確か...あぁ...68歳になる」
「そんなにお歳を召されてたのか、アムール」
「レーヴさんだ。敬えよ、リル」
「何を今更...あと省略すんな、リュミエールだ」
「そんならリュミか?」
「...勝手にしろ!」
アムール・レーヴ。今日で辞めるアムールプロープルミュゼの館長及び、ただの友人。
何かの美術品にコイツも魅いられただの言ってたが、何の美術品かは覚えていない。
勝手に魅いったくせにコイツの美術品は魔法も与えずにアンハッピーにしまくってるわけだ。
趣味の悪い美術品だが、機嫌を損ねられて夜の警備で異変を起こされまくっては困るので、何も言わないが例の趣味悪美術品が何か思い出したら、イケてる落書きくらいはしてやるつもりだ。
しかし、この美術館は美術品も変なもんで、人を勝手に魅いったり、夜に異変を起こしたりする。
例えば床を水浸しとか、変な奴を呼び寄せるとか...そういう変なこと、所謂ところの異変は魔法とやらで大体対処できる。
武器でも異変を全部壊して対処できるが、効率が些か悪いし、そもそも美術館は火気厳禁かつ美術品を壊すことはダメだ。武器で美術品をうっかり壊してしまった、となったら次の館長が何を言うか分かったもんじゃない。そんなことなら、魔法の方がいい。
おまけで美術品が魅いることに関しては、単に美術品が昼間にきた来客を勝手に気に入って、魔法を付与する。その代償として、小さな不幸になる状況のアンハッピーまでも付与する。
そのおかげでアンハッピーになった人らがアムールプロープル ミュゼへ話を通し、美術品が気に入った人間を傍に置けば大丈夫なのではないか、と浅はかな考えが出た。
考えの行き着いた結論は、ひとまず主に魔法を使える奴を中心に警備員として雇用し、館長も新しく雇用するという話になった。
その過程で美術品の詳細が分かるといいな、という嫉妬深い美術品のお世話係にアンハッピーな自分も含め色んな奴らが警備員として雇用された。
雇用されたと言ってもアンハッピーになる原因の調査と夜になったら警備と名目の美術品の世話をするだけだ。世話だって軽く見回って美術品の異変に対処するだけ。
気に入った人間が異変発生というお遊びでかまってくれるのだから、美術品だって文句はないだろう。そのままアンハッピーな現象が終わればいいが。
淡い期待を抱きながら48年という勤めに幕を下ろそうとするアムールを見た。
飾った美術品の装飾が服に引っ掛かったのか何やらもたついている。
最後の最後でも、アンハッピーなことに変わりはないようだ。
「...美術館、出れるといいな」
もたついた背中に言葉を投げた。アムールがふと、振り向いて、
「なんだ、出してくれないわけないだろう?」
「いや...ここって、ほら、美術品が勝手に魅いってくるだろ。
しかも、アンハッピーとかいう呪い付きで。結構嫉妬深かったり独占が強めだったりする気がするんだよ。だから、出られなく異変を起こしてもおかしくはないなと」
「...ないよ、僕は信じてるからさ...“モンクール”だから、ね」
美術品が魅いった対象に対して言うモンクールと名前の言葉。
なんとなく、それが信頼の証のようにも感じられる。
時間が過ぎる中で解放されたような元館長が羨ましく感じられた。
壁にかけられた時計は次の雇用主と仲間が到着するまで、残り、数時間を切っていた。