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法廷にてアリアは嘘を愛す。 第三話
プロローグ&第一話見てね
証拠は、語る。
何があったかではない、**そこで起きていたことだ**
久城玲は、事件資料を机に広げたまま、長い間動かなかった。
被害者――男性、三十五歳。死亡推定時刻、午後十時から十一時。
死因は刺創。凶器は現場近くの路地で発見されたナイフ。
そこには、はっきりとアリアの指紋が残っていた。
「……綺麗すぎる」
玲は小さく呟いた。
指紋、血痕、目撃証言。
すべてが一直線にアリアへと収束している。
普通なら、それで終わりだ。
だが――
「“揃いすぎている”」
書類を一枚めくる。
目撃者の証言調書。
現場付近で、被害者と口論しているアリアを見たという内容。
時間も、状況も、証言はほぼ一致していた。
まるで示し合わせたかのように。
「……いや」
玲はペン先で紙を軽く叩いた。
「“示し合わせた”んじゃない」
視線が鋭くなる。
「“そう見えるようにされた”」
***
同時刻。拘置所。
アリアは、面会室の椅子に座りながら、何もない空間を見つめていた。
「証拠は、嘘をつきません」
ぽつりと呟く。
「でも__人は、証拠に嘘をつかせることができる」
彼女は自分の指先を見下ろす。
「簡単なんです。ほんの少し順番を変えるだけでいい」
――過去。
夜の路地。
まだ温かい血。倒れている男。
アリアは、その場に“あとから”立っていた。
「……遅かったですね」
誰かに向けた言葉。
だが返事はない。
彼女はしゃがみ込み、ナイフを拾い上げた。
躊躇はなかった。
そして――
「ここからが、大事」
微笑む。
ナイフを持ち替え、ゆっくりと握り直す。
わざと、指紋が残るように。
「これで、“最初から持っていた”ことになる」
***
「凶器の発見時刻は?」
翌日。
玲は鑑識担当の職員に問いかけていた。
「午後十一時四十分です」
「死亡推定時刻より後か」
「はい。ただし大きな矛盾は――」
「ある」
玲は遮った。
「血の乾き方だ」
職員が眉をひそめる。
「……どういう意味です?」
「報告書では、“血痕は半乾きの状態”とある」
書類を指で示す。
「だが、この気温と湿度で、その時間差なら――完全に乾いていてもおかしくない」
沈黙。
「つまり」
玲の声が低くなる。
「ナイフは“後から置かれた”可能性がある」
職員の顔色が変わった。
「そんな……しかし指紋は――」
「残る」
玲は即答する。
「後からでも、意図的に触れればいいだけだ」
空気が変わる。
それは、“証拠が揺らぐ瞬間”の匂いだった。
***
再び、面会室。
「あなた、気づきましたね」
アリアは楽しそうに言った。
玲は無言で彼女を見る。
「ナイフのこと」
沈黙が答えになる。
「嬉しいです」
彼女は微笑む。
「そこが最初の“綻び”ですから」
「……なぜだ」
玲が初めて、低く問いかけた。
「なぜそんなことをした」
アリアは少しだけ考える素振りを見せてから、答えた。
「美しくしたかったから」
「意味が分からないな」
「分かりますよ」
即答。
「あなたも同じだから」
玲の眉がわずかに動く。
「あなた、“汚い真実”が嫌いでしょう?」
その言葉に、ほんの一瞬だけ――玲の視線が揺れた。
「誰がやったか分からない。動機も曖昧。証拠も中途半端」
アリアは静かに言う。
「そんな事件、耐えられないでしょう?」
沈黙。
「だから私は、整えたんです」
彼女はまっすぐ玲を見る。
「“あなたたちが納得できる形”に」
玲はゆっくりと息を吐いた。
「……違うな」
「違いますか?」
「俺は納得したいんじゃない」
視線を外さずに言う。
わずかな間。
「――真実を知りたいだけだ」
その言葉に。
アリアの笑みが、初めて――ほんの少しだけ歪んだ。
「それは」
小さく、囁くように。
「一番、残酷な望みですよ」
面会終了のブザーが鳴る。
係員が扉を叩く音。
玲は立ち上がる。
「次は」
短く言った。
「“誰のための嘘か”を聞く」
アリアは答えない。
ただ、微笑んでいた。
――その沈黙こそが、何より雄弁だった。
愛してるかは知りませんが。