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第三話:曖昧な距離、二人の秘密
第3話:「曖昧な距離、ふたりの秘密」
放課後、空が急に暗くなった。昼間まであんなに晴れていたのに、雲が重く覆いかぶさって、ざあっと音を立てて雨が降り出した。
「うそ……傘、持ってきてない……」
昇降口で立ち尽くす。朝、天気予報は「晴れ」と言っていた。
私はそれを信じて、傘を持ってこなかった。
スマホを見ると、雨雲レーダーは真っ赤。しばらく止みそうもない。
どうしようかと考えていたそのとき――
「白石?」
振り向くと、そこにいたのは宮坂くんだった。
制服の袖に、もう雨のしずくがいくつか落ちている。
「……傘、忘れた?」
「うん」
「じゃあ……」
そう言って、彼は自分のバッグを探り、折りたたみ傘を取り出した。
だけど、そのサイズはどう見ても“1人用”。
「……狭いけど、一緒に入る?」
その言葉に、心臓が跳ねた。
「え、でも……濡れちゃうよ」
「大丈夫、どうせ家すぐだし。俺が濡れる方がマシ」
優しいのか、無防備なのか。
それとも、これも“みんなに向けた優しさ”なのか。
でもその時の私は、それでもいいと思ってしまった。
「……じゃあ、お願い、してもいい?」
「うん」
二人で小さな傘に入る。
肩が少しだけ触れて、歩くたびにその距離が揺れる。
雨音が、傘を叩いてリズムを刻んでいた。
言葉はあまり交わさなかったけれど、不思議と気まずさはなかった。
「……なんか、変な感じだね」
私がそう言うと、彼は少し笑った。
「うん。でも、悪くない」
その言葉に、また心臓が跳ねた。
――これは、期待してもいいの?
宮坂くんの家は、学校から5分もかからない。
玄関前に着いたとき、彼はふと立ち止まった。
「白石、ちょっとだけ寄ってく? 雨、もう少し強くなりそうだし」
「えっ……家に、ってこと?」
「うん。親、まだ帰ってこないし、勉強でもしてれば時間つぶせるかなって」
私は戸惑った。でも、首を縦にふった。
「……じゃあ、少しだけ」
彼の部屋は、意外とシンプルだった。
机の上には英語の参考書と、読みかけの小説。
ベッドの上には、無造作に置かれたギター。
「これ……弾けるの?」
「うん、趣味。中学のときから少しだけ」
そう言って、彼は少しだけコードを鳴らしてみせた。
やわらかい音。普段の宮坂くんとは、また違う空気を纏っている。
「……意外。こんなにちゃんと弾けるなんて」
「白石には、なんでも“意外”って言われるな」
「だって、宮坂くんって……いつも、ちょっと謎だから」
そう言った私に、彼はふっと表情をゆるめた。
「じゃあ、秘密ひとつ、教えてあげよっか」
「え?」
「実は俺、高1のとき、白石のことちょっと気になってたんだ」
――一瞬、時間が止まった気がした。
「……嘘、でしょ」
「……かもね」
そう言って彼は笑った。
その笑顔が本当なのか、嘘なのか、私にはまだわからない。
でも、私はその“曖昧さ”に、救われた気がした。
雨は、まだ止まない。
この気持ちも、まだ終わらせたくない。
私は心の中で、もう一度そっとつぶやいた。
――好きだよ、宮坂くん。
(第3話・了)
✅ 次回予告(第4話)
「すれ違いの文化祭準備」
文化祭の準備が本格化し、クラス全体が浮き足立つ中。白石と宮坂の距離がまた少しだけ近づく……はずだった。だけど、現れた“彼女”の存在が、ふたりの関係にひそかな影を落とし始める――。
お楽しみに!