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鉄路行き行きて。(三話 会敵)
実在した歴史、兵器の類を基にしていますが、実際にあったものではございません。また、専門用語が多数使われています。できる限り解説は致しますが、ご了承ください。
夜、全速で揺れる車内でツヤツヤの白米が野戦用の飯盒に入れられて供された。何年ぶりだろうか。農作物の多くとれる満州だが、供されるのは通常は麦飯、玄米だった。
「マジかよ・・・・・。」
驚きつつ、今にも開けそうな勢いで田代軍曹が飯盒を持っていると、長坂上等兵が反応した。
「皆で開けるんですよ・・・・皆で・・・・・」
長坂がよだれ垂らしてやがる。コイツが一番最初にあけそうな予感。だが、気持ちは分かる。開けてないのに甘い匂いが漂ってるんだもん。ここに漬物が有ったら・・・。
バン!!
後ろの車両からこっちへの移動用の扉を強く開ける音がした。何事かと皆、視線をそっちへ向けると、
「火砲車乙の連中!!おかず忘れてるぞ!!」
彼らの手にあったのは漬物に酒。
「おい、これ俺のだぞ!!」
「取んなよ取んなよ・・・・」
「こんなの速いもん勝ちじゃあ!!」
煙草と同じ争奪戦勃発。俺が中に入っていなし、平等に分配した。だって、早く食べたいもん。分配が終わると、飯盒をワクワクして分隊員で一斉に開けた。白米は美味そうな特有の匂いのする湯気を立たせ、純白の米粒は今まで見たもので最も美しかった。漬物も塩が利いている。酒は焼酎だろうか。皆、ぐびぐび飲んでいる。飯盒は舌で嘗め尽くし、米粒は一つも残さなかった。
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翌日であった。
ゆらゆら揺れながら外を眺めていた。空は曇っており、雨雲もいくつか見えた。上空の風が強いらしく、雲の流れが速い。そんなことをぼんやり考えていた時である。
ウゥゥン・・・・・
少し高めの静かなエンジン音が耳に入った。音的に水冷発動機っぽいな。
「聞き慣れない発動機の音ですね・・・・。」
満州侵攻を受けて奉天の連中が航空隊でも飛ばしたのか?と思ったが、違った。
「まずいな。」
田代軍曹がこの音に瞬時に反応して立った。
「おいでか。」
島田少尉が続く。その時である。
『敵機襲来!!これは訓練ではない!!繰り返す、これは訓練ではない!!各員戦闘配置に着け!!』
一両目の警戒車へつながる伝声管から響いた。一瞬の静けさの後、皆の目の色が変わった。直ちに俺はドアを閉め、火砲車乙のやや後方にある砲塔の内部に梯子を上って入る。俺は砲座に座り、仰角いっぱい向けた。
「敵機、一時の方向!!距離一万三千!!単機の模様!!」
上部にある測量儀から送られた情報を長坂上等兵が読み上げると、俺は砲を旋回させ、その方向に砲口を向ける。見えた。爆装した機体!!だが、対空砲弾がここにはないので照準を向けるのは意味はなく、何となくやっただけであった。だが、五両目の火砲車丙の背負い式配置の八八式七糎高射砲は対空砲弾を所持しており、対空戦闘可能である。撃つ・・・のか?
『射撃を禁ずる!!繰り返す!!射撃を禁止する!!』
指揮車からの指示が伝声管を伝って聞えてきた。
「何故撃たないんですか?!こっちの測距は正確です!!やるなら今です!!」
それを聞いた長坂上等兵が切羽詰まったように島田少尉に詰め寄った。確かに疑問だ。敵が撃たないとも限らんし。
「撃つなって言われたら撃てないぞ。軍隊において、指示は絶対だ。多分だが、まだ敵機は攻撃態勢に入っていない。多分だが、この曇り空じゃ目標を発見できなかったんだろう。攻撃されなきゃそれが一番望ましい。撃っちまったら砲火でバレるだろ?」
島田少尉はそんな長坂上等兵をいなす。長坂上等兵は何か言いたげであったがいなされてしまった。その後戦闘配置を継続したが、上空を周回したっだけで雲に消えた。
緊張感が残る中、俺は何となく扉を開けて外を眺めた。夕日を反射して光る金色の大地がそこにはあった。満州開拓団が切り開いた畑だろうか。パラパラ漫画の様に次々に変わる景色。見慣れた故郷とは違う景色。何と美しい景色だろう。だが、この列車は確実に戦場へ向かっている。さっきの敵機襲来もそうだが、今、俺達は戦場へ身を投げようとしているのだ。
「何か、安心しますよね・・・・田畑の景色を眺めていると・・・・。」
振り向くとそこには長坂上等兵がいた。
「長坂・・・・。何で『撃て』って詰め寄ったんだ?」
「フフフ・・・・ハハハ・・・・」
「何笑ってんだ?」
笑い顔から急に顔をしぼめた。
「いや、やっぱり聞くんですねって。少し、昔の話をしましょう。俺の家族の経営する工場で働いていた少年がいたんですよ・・・。最初に合った時はこっちを睨んできましたよ。当たり前です。彼はその工場で父親が労災で死んだんです。家族を奪った工場で働かされる屈辱ですよ。でもですよ、子供は子供でした。すっかり仲良くなって、学校で自分が習ったことを彼が休んでいる特に教えていました。彼は学校へ行けてなかったんです。でも、彼は五歳ほど年上でですね、安い給金目当てに予備役に入っていまして・・・・・」
「ノモンハンで死んだのか・・・。」
「だがら露助は一人でも多く地獄に葬ろうって個人的な恨みですよ。」
「そっか。」
後ろから急に押され、誰かに肩を組まれた。
「・・・って島田少尉?!」
「何小声で喋ってんだ?!仲間外れは許さんぞ?!」
「か、関係ない話ですよ!!」
「何か聞かせろー!!」
今日も、うちの分隊は平常運転です。
恨み、怒り、悲しみ、そして復讐。あらゆる思いが交差するとき、そこは既に戦場だった。